宙賊達の楽園編9
「それで話と言うのはなんだ?」
会議後、俺はフリードリヒ大尉を呼びとめ、この小さな会議室に入った。俺とフリードリヒ大尉の他にはヴァレリーが同席しているだけだ。
「大尉が知っているルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件の顛末を教えて下さい。」
「お前に関係あるのか?興味本位なら止めておけ。」
大尉は少し憮然とした表情で言った。
「俺は事件当時ルナ・ラグランジュ・ポイント4に暮らしていました。俺の実の両親は事件で他界しています。」
きっと俺の表情を表すと無だろう。声の抑揚も平坦だったと思う。逆にフリードリヒ大尉は苦虫を噛み潰したような表情になった。
大尉はぼさぼさの髪を掻き毟ったあと腕組みをして深い溜息をついた。
「誰からどこまで聞いた?」
俺は相変わらず抑揚のない声で答えた。
「ヴァレリーから、『セイズ』プロジェクトの成り立ちから『ヘーニル』が『オーディン』と相打ちになるところまでです。」
フリードリヒ大尉は俺をギロリと睨むと
「もう話すところはないじゃないか。」
と言った。
「いいえ。ヴァレリーはそれから漂流しています。その後の話を教えて下さい。」
フリードリヒ大尉は少し考え込んでから口を開いた。
「俺が知っていることはそれほど多くないぞ。」
「それで構いません。お願いします。」
「わかった。」
フリードリヒ大尉は意を決して話始めた。
「プロジェクトリーダーと『オーディン』を失い、『ヘーニル』も回収が困難となった『セイズ』プロジェクトは即座に中止に追い込まれた。」
当然と言えば当然の処置だ。
「軍は事故の隠蔽工作に奔走し大変だったようだ。ドーソン准将も主流派から外れた。俺たちも当然左遷でいろんなところに飛ばされた。『バルバロッサ』に来たのもその頃だ。」
大尉は飛ばされて『バルバロッサ』に来たのか。キム少尉も飛ばされてルナ・ラグランジュ・ポイント2で防衛隊に居たのだろうか。
「俺が知っているのはここまでだ。『セイズ』プロジェクトに関わったものは多かれ少なかれ何かしらの傷を負った。」
経歴だけではなく心を痛めた人も居たと信じたい。結局フリードリヒ大尉の話は想定の範疇であった。
「委細はわかりました。大尉はクスタヴィ特任大尉はどうしてあんな行動に出たと思いますか?想像で構いません。教えて下さい。」
フリードリヒ大尉はまた溜息を一つ吐いてから答えた。
「クスタヴィは思慮深い奴だった。だが目的のためには手段を選ばないところもあった。恐らくどうしても『セイズ』プロジェクトを完遂させたかったのだろう。俺にはそこまでの価値はないとないと思うが奴に取っては違ったようだ。」
思慮深い性格だったのか。俺の印象とも合致する。ただ結論はヴァレリーと同じく、プロジェクトのための暴走ということか。大尉は価値がないと言ったが、その到達点が不老不死であるならどう思うだろうか。『セイズ』プロジェクトの価値は皆が思っているよりももっと大きかったのではないだろうか。
「わかりました。ありがとうございます。」
「終わりでいいのか?」
フリードリヒ大尉は拍子抜けしたような表情で言った。
「大体は想像通りでしたが、ヴァレリーの話の裏を取る必要がありましたので。」
「そうか。」
フリードリヒ大尉は納得したようだった。もっと苛烈に責められると思ったのだろうか。少し表情が和らいだ。
「さて。じゃあヴァレリーに質問だ。ヴァレリーは『セイズ』プロジェクトの最終目的をクスタヴィ特任大尉から聞いていたか?」
「?最終目的ですか?パイロットのナノマシン品質の均一化のことですか?」
「違う。」
俺は即座に否定した。フリードリヒ大尉の表情が曇る。恐らく大尉もそれが目的だと思っている。
「質問を変えよう。進行度レベルについて知っているか?」
「はい。進行度レベル1はナノマシンが特化された目的に対してのみ効果がある状態です。例えばスペース・トルーパーのパイロットの場合はパイロット能力の向上です。」
「レベル2は?」
どうやらヴァレリーは知っているようだ。先を促す。
「はい。ナノマシンの強化により特化した目的以外にも効果が出ている状態です。日常生活での知覚の強化や身体能力の向上などです。」
「強化が進むとそんな事が起こるのか?」
フリードリヒ大尉が口を挟んできた。
「はい。ヴィルヘルムはそう言っていました。じゃあヴァレリー。レベル3は?」
「知りません。レベル2の兆候が出た場合には即座に連絡せよとクスタヴィ特任大尉から言われていました。」
ヴァレリーはレベル3を知らないらしい。レベル2の兆候が出た時点で連絡せよと言う事はクスタヴィ特任大尉は、レベル2以上も作る気がなかったと言う事だろうか。
確かにそのまま進行して行けば若返り効果が出てしまう。それは困った事態を引き起こしただろう。おぼろげながらクスタヴィ特任大尉は自分の不老不死が目的であったことが見えてきた。
俺は少し考えてフリードリヒ大尉にヴィルヘルムのことを話すことにした。信じて貰えるか賭けだが仕方がない。
「大尉。俺はヴィルヘルムからレベル3について教えられました。レベル3になると若返るそうです。」
「若返るだと?」
「はい。ヴィルヘルムはナノマシンの調整進行度がレベル3になったおかげで自分は若返ったと言っていました。」
「そんなことができるとは信じられないが・・・。そもそもヴィルヘルムは何故そんなに進んでいるんだ?」
フリードリヒ大尉の表情は非常に懐疑的だ。俺も信じられなかったので気持ちはわかる。
「俺が会ったヴィルヘルムは20代に見える容姿でした。」
「整形やサイバネティック化ではないのか?」
大尉は至極当然の疑問をぶつける。整形はまだしも全身のサイバネティック化はそれこそ会頭職には不要だろう。
「可能性はありますが、俺には見抜けませんでした。そのぐらい自然です。」
「そうか。」
「ヴィルヘルムはこのことをクスタヴィ特任大尉から聞いたと言っていました。つまりクスタヴィ特任大尉は若返りないしはその先のレベルにあるという不老不死になるために『セイズ』プロジェクトを進めたかったのではないでしょうか。」
フリードリヒ大尉は驚いた表情になった。
「まさか。そんなこと…。」
「でもそれならクスタヴィ特任大尉が『セイズ』プロジェクトに固執した理由になりませんか。」
「確かに筋は通っているように思えるが…。荒唐無稽すぎないか?」
「俺はクスタヴィ特任大尉と会った事はありません。だから俺よりも近しいお2人に聞きたいです。どう考えますか?」
フリードリヒ大尉を見たが視線を下にして考えているようだ。次に俺はヴァレリーを見た。するとヴァレリーは意思ある瞳でこちらを見据えてこう言った。
「クスタヴィ特任大尉ならありえると思います。」
話はこれで終わった。俺の思いとヴィルヘルムについて皆には共有できない情報を伝えた。あとはフリードリヒ大尉が判断するだろう。
2日後、ドーソン准将より返電があり、俺とフリードリヒ大尉はヴィルヘルムの情報を渡す代わりに『トルトゥーガ』での便宜を図って貰えるよう交渉に行くこととなった。




