宙賊達の楽園編5
「俺をどこに連れて行く気だ?」
「私のマスターが貴方に会いたいと言っているの。マスターのところへ案内するわ。」
目の前の美女は蠱惑的な笑みで答えた。銀髪の髪は肩に掛かるほどの長さでヴァレリーやサンドラよりは少し長い印象だ。肌は透けるような白さで白磁を思わせる。これで目の色が赤ければアルビノにも見えるが眼の色は少し暗く紫色だ。目は切れ長で童顔のヴァレリーやサンドラよりは年上に思える。ただ20代半ばと言うラインは崩していない。
どこかヴァレリーたちに似ていると言うところも含めて、彼女がアーシュラだろう。製作者であるクスタヴィ特任大尉は本当に良い趣味をしている。
「君のマスターと言うことは、クスタヴィ特任大尉と会わせてくれるのかい?」
彼女は表情ひとつ変えずに
「いえ。今のマスターはクスタヴィ様ではないわ。」
この答えで俺はアーシュラであることを確信した。が今のマスターはクスタヴィ特任大尉ではないと言った。俺はてっきりクスタヴィ特任大尉は『オーディン』と共に回収され、『トルトゥーガ』に潜伏しているものと思っていたのだがそうではないようだ。
「じゃあ君のマスターは誰なんだい?」
「それは会ってから紹介するわ。」
今は教えてくれないらしい。ならば別の質問をしよう。
「クスタヴィ特任大尉は生きているのかい?」
「さぁ?最後に会ったのはもう何年も前だもの。今は生きているかは知らないわ。」
上手くはぐらかされた。
「生きているとしたらどこに?」
浮かべていた笑みの種類がどこか嘲るようなものから興味深いものを見つけたような笑みに変わった。
「何故貴方はそんなにクスタヴィ様に興味があるの?」
「彼は俺の仇でね。見つけたら俺の手で殺したいのさ。」
本当は殺したいまでは思っていないが、永久に苦しみながら生きながらえて欲しいとは思っている。とりあえずアーシュラの反応を見るために強めの言葉を使ってみた。
「そう。なら教えてあげるわ。生きているとすればユーラシア人民共和国連邦よ。亡命したから。」
はぐらかした割にはあっさり教えてくれた。当初の予定通りユーラシア連邦へ亡命していたのか。
「そうか。ありがとう。」
「お礼に貴方のことを教えて欲しいな。」
今度は艶のある笑みに変わり、アーシュラは俺にしなだれかかってきた。ガイノイドは普通の人間より重いはずなのにほとんど重さを感じなかった。俺はアーシュラを押し返し出来る限りの距離を開けて身構えた。
「あら。つれないわね。」
艶っぽい笑みを崩さずアーシュラは言った。『トルトゥーガ』での気の緩みは生死に直結することを嫌と言うほど味わったばかりだ。
そんな話をしている間にエレカーは支線に入ったようだ。目的地が近いのだろう。スピードも徐々に落ちていった。ほどなくエレカーが停車して俺側の扉が開いた。俺は渋々エレカーを降りた。どうやら建物の地下に直結されている停車場のようだ。かなり大きな建物のようだが、俺たちの他に人影はなく建物のエントランス部分に灯りが点いていた。
「こっちよ。」
そう言うとアーシュラはその灯りの方へ歩いていった。建物の扉は閉まっていたが、アーシュラがコンソールを操作すると扉が開いた。
「どうぞ。入って。」
俺は建物の中に足を踏み入れた。そこは高そうな調度品がおいてあるエレベーターホールだった。アーシュラはエレベーターの扉を開けて俺に中に入るように促した。
エレベーターが動き出すとかなりの速さで上昇していった。扉が開いた先は廊下になっていた。
「着いたわよ。降りて。」
俺はアーシュラに従ってエレベーターを降りた。高級そうな内装で、俺のパイロットスーツ姿は非常に浮いているだろう。逆にアーシュラはその美貌ゆえにこの場所が非常に似合っていた。一本道の廊下を歩くと直ぐに扉が見えた。
アーシュラが扉を開けるとそこは執務室のようだった。大きなデスクとソファーが置いてある。執務室では一人の青年が端末片手に仕事をしていた。青年はこちらに気づくと端末を机に置いてこちらにやってきた。
「やぁ、初めまして。なんと呼べばいいかな?」
「トニーと呼んでくれ。」
俺は咄嗟に兄貴分の名前を使わせて貰った。埋め合わせに今度会ったときはコーヒーでも奢ろう。
「ようこそ。トニー。私のことはヴィルヘルムと呼んでくれ。」
青年は満面の笑みで歓迎の意を表した。年の頃は20代に見える。浅黒い肌の癖っ毛で俺より少し背が高い程度だ。年若く見えるが、『トルトゥーガ』でこれだけ立派なオフィスを構えているのだからそれなりの実力者なのだろう。
「まぁ掛けてくれ。」
そう言うとヴィルヘルムは、応接用のソファーに腰を下ろした。俺が座るのを躊躇していると
「ここでは疑り深いことは美徳だが、何も仕掛けてはないよ。安心して座ってくれ給え。」
と言った。俺は仕方なくソファーに腰を下ろした。出来るだけ浅く座り、直ぐにでも動き出せる体勢だ。ヴィルヘルムは感心した様子だったが、気安い態度で話しかけてきた。
「ヘルメットを取って顔を見せてくれないかね?」
「断る。」
「なら飲み物はどうだ?」
「結構だ。俺をここに連れてきた用件が知りたい。」
俺の拒絶にもヴィルヘルムは余裕の笑みを崩さず答えた。
「なるほど。単刀直入に言うと仲間である君が気になったのさ。」
「仲間?何の仲間だ?」
俺と彼との接点はとても無さそうに見える。ヴィルヘルムは笑みを湛えたまま身を乗り出してきた。
「君もナノマシンのおかげで人ならざる身だろう。私もそうなんだよ。」




