過去編2
5年前のその日は特に何のイベントもない日だった。普通に朝起きて普通に学校に行き、放課後には友達と遊びに行く。取り立てる事もない日常。そのはずだった。
友達と遊んでいるとすさまじい音量の警報が鳴った。1年に1度の避難訓練で聞く警報を聞いた俺たちは現実感がなくただただ呆然と立ちすくむだけだった。
しかし周囲の人間たちは悲鳴を上げながら逃げ惑い始めた。そこで俺たちも我に帰り避難しなければならないと思い立った。
「シェルターに行こう。」
俺は避難訓練通りの行動を友達に言った。しかし友達は
「家族が心配だから自宅の側のシェルターに行く。」
と言い出した。避難訓練通りだと最寄のシェルターに避難することになっている。だが友達の気持ちもわかったので
「じゃあ別々に行動しよう。」
とそこで友達と別れた。友達は自宅へ向かい、俺は近所のシェルターに向かった。俺と友達は2度と会う事はなかった。
最寄のシェルターへ行くとシェルターの近所に住んでいた母方の祖母が居た。見知った人間が居たことで俺はずいぶんと落ち着くことができた。
避難して祖母と居ると大きな振動が襲った。シェルター内は非常灯に切り替わり、否が応でも不安を掻き立てた。
あとで解ったことだが正体不明のスペース・トルーパーから攻撃を受け、<シリンダー>が破損した振動だった。結局この事故で<シリンダー>の住人の約3割が死亡し、その中に俺の両親が居た。俺は両親を失った。
これが俺が知るルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件だ。
「グレン!グレン!」
ヴァレリーの呼びかけで意識が戻ってきた。俺は気絶していたのだろうか。
「ヴァレリー。」
「グレン!よかった。意識が戻りましたね。」
やはり意識を失っていたようだ。
「あぁ、大丈夫だ。」
「休憩しましょうか。」
俺は頭を振り意識を覚醒させるように努めた。
「いや大丈夫。それより続きが聞きたい。」
これは俺が望んでいた事だ。正体不明のスペース・トルーパーとは何者だったのか。何故両親は理不尽な死に方をしたのか。その理由をずっと探していた。これは千載一遇のチャンスなのだ。
「わかりました。人民軍は『ローズル』が牽制を行い、『ヘーニル』が『オーディン』を追うことになりました。」
話によると『オーディン』に搭乗していたクスタヴィ特任大尉はナノマシン強化がかなりのレベルで進んでいる状態だったと思われる。一方『ローズル』は結果が伸びていないキム少尉であり、結果が出ているとされた『ヘーニル』のバーナード少尉しか対抗し得なかった可能性はあった。つまりこの組み合わせがベストであると思える。
「『ヘーニル』が追いついた宙域はルナ・ラグランジュ・ポイント4近辺でした。『オーディン』はすでに守備隊を壊滅させていました。」
「スクランブルの守備隊でも10機は居た筈だ。強すぎないか?」
「はい。こちらの想定を超えていました。正直『オーディン』が守備隊の相手をしていなければ勝てなかったかもしれません。」
ヴァレリーをしてこれだけ言わしめるのだから相当のレベルであったと思われる。
「不利を悟った『オーディン』は<シリンダー>を盾にしての戦闘を選択しました。そこで事故が発生してしまいました。」
ヴァレリーの表情は本当につらそうだ。そう言った状況であの事件は発生したのか。
「バーナード少尉は何とか『オーディン』を<シリンダー>から引き離し、撃墜することができました。しかし『ヘーニル』は推進剤が尽きてしまい、救助にきた『ローズル』もほぼ推進剤がない状態でした。私たちの機体の性質上、他の部隊に回収させるわけにも行かず、『ヘーニル』を<シリンダー>から遠ざける航路を取らせることとバーナード少尉を回収することが精一杯でした。」
そしてヴァレリーは漂流することになったと言う訳か。
「そうか。ヴァレリーは俺の仇だったんだな。」
もう意識ははっきりしている。視力も戻ってきていた。ヴァレリーの綺麗な顔が見える。ただその表情は苦痛に歪んでいるように見えた。
「グレンの両親が亡くなったのは『オーディン』のミサイルが<シリンダー>に命中したことが原因だと思われます。」
ヴァレリーは搾り出すように答えた。でも俺にはわかっていた。別に『ヘーニル』の弾であろうが、『オーディン』のミサイルであろうが関係ない。ヴァレリーには咎はないのだ。AIに決定権はない。全てはバーナード少尉とスクタヴィ特任大尉に責任がある。両親の死への憤りが八つ当たりとなってヴァレリーに向いてしまった。
「ヴァレリー。一人にしてくれないか。」
「わかりました。」
ヴァレリーは沈痛な面持ちで部屋から出て行った。ヴァレリーが居なくなって急に自分の小ささが恥ずかしくなった。何故あんな事を言ってしまったのか。
しかし何故あんな事件が起こったのかがわかったのは収穫だった。俺たち一般人には正体不明のスペース・トルーパーの仕業とされており、正体はぼやかされていたが恐らく人民軍であると言うアナウンスがされてきた。つまり嘘だったと言う事だ。US軍の立場からすれば脱走兵によるテロであるだなんて口が裂けても居えない内容ではあるが、ドーソン准将やテオ博士など俺の経歴を知っていたであろう人たちは何か教えてくれてもよかったのではないかと思ってしまう。
そんな事は無理だとわかっていながら、何故か胸のモヤモヤは晴れなかった。




