過去編1
「まず何故私が『オーディン』を撃墜するに至ったを話すには、以前のナノマシン強化パイロット計画である『セイズ』プロジェクトについてお話する必要があるかと思います。」
以前に概要を聞いただけで詳細については知らない。最後は不幸な事故によりヴァレリーは漂流し、計画は凍結されたと聞いている。
「キム少尉やフリードリヒ大尉が関わっていたプロジェクトだね。」
「はい。その通りです。」
ヴァレリーは大きく頷いた。
「他にもテオ博士とアリサ中尉も技術士官として関わっていました。プロジェクトのリーダーはクスタヴィ特任大尉と言う方で私やサンドラの生みの親に当たります。」
聞きなれた名前ばかりだったが、ついに知らない人が出てきた。
「プロジェクトの責任者は今回と同じドーソン准将でした。ドーソン准将が以前イメージ・フィードバック・システムの効率化理論を完成させた天才が居ると言っていたのを覚えていらっしゃいますでしょうか?」
一応聞き覚えはある。
「んー?あー。その『セイズ』プロジェクトの立案者って言われてた人か?」
「はい。そうです。」
なんとか思い出すことができた。
「その方が理論を完成させ、部下だったテオ博士にナノマシン調整装置を開発させました。」
今回のプロジェクトにもつながる重要人物はテオ博士の上司だったらしい。
「ドーソン准将とクスタヴィ特任大尉はスペース・トルーパーの実証実験機の開発のためにアリサ中尉を引き抜いてきたそうです。」
やはりアリサ中尉は引き抜きを掛けられるほど優秀だったんだな。
「そして建造されたのが『ヘーニル』、『ローズル』と『オーディン』?」
「はい。その通りです。そしてそれぞれに戦略AIとナノマシン調整機能を付与された私たちが作られました。」
「『ヘーニル』がヴァレリーで『ローズル』がサンドラだね。」
ヴァレリーは頷くと話を続けた。
「『オーディン』にはアーシュラと言うコードネームが付与された戦略AIが居ました。彼女が一番最初に起動したので私たちの教官役でした。」
なるほど。『オーディン』の詳細情報にあった専用ガイノイドはアーシュラの事を指していると思われる。そして『オーディン』が『トルトゥーガ』で売られている以上『トルトゥーガ』に居る可能性は高い。買えないにしても見るぐらいはできないだろうか。
「それぞれの機体に対して被験者パイロットも割り当てられました。『ローズル』がキム少尉。私はバーナード少尉と言う方です。」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ『オーディン』はフリードリヒ大尉って事か?」
俺は混乱した。フリードリヒ大尉が撃墜されたってことになる。
「はい。担当としてはその通りです。ただ私が撃墜した時に乗っていたのは別の人物です。」
「別の人物?」
「その私が撃墜時に乗っていた人物はクスタヴィ特任大尉です。」
余計に混乱した。
「プロジェクトのリーダーが?そもそも技術士官なのに操縦ができたってことか?」
「順にお話します。まず何故クスタヴィ特任大尉が『オーディン』に乗っていたかと言いますと、『オーディン』を強奪し亡命を計ったのです。」
「全然順番に聞こえないな。いきなり話がぶっ飛び過ぎだ。亡命の動機は?」
「動機は『セイズ』プロジェクトが順調とは言い難い状況だったことです。フリードリヒ大尉とキム少尉は多少の効果はありましたが、理論値からは程遠い結果しか出ませんでした。唯一効果があるとされたのがバーナード少尉でした。調査の結果わかったことはナノマシンの調整は手術後10年を経過すると効果が劇的に下がってしまうことでした。」
それは以前ヴァレリーが言っていたことだ。俺がヴァレリーと共に『ヘーニル』に乗ったのも手術後の期間が短かったからだ。
「その結果、『セイズ』プロジェクトは凍結が決定しました。」
「プロジェクトの凍結が動機だと?」
「はい。クスタヴィ特任大尉は戦闘中にそう言っていました。プロジェクト最後になる実機テストで彼は『オーディン』強奪を実行しました。」
「大事件じゃないか。」
「クスタヴィ特任大尉は周到に準備を進めていました。まず我々は彼がイメージ・フィードバック手術を受けていたことを知りませんでした。」
「士官学校に行っていたとか?」
ヴァレリーは頭を横に振って否定した。
「いえ、そのような記録はありませんでした。恐らくナノマシンの調整が手術後10年以内であるとわかった後に、手術を受けたものと思われます。更に推測ですが手術後にシミュレーターでの訓練とアーシュラからのナノマシン調整を受けてたとも思われます。」
自らを被験体としたのか。
「何故そこまでする必要があったんだろう。」
「プロジェクトは必ず成功するという確信があったのだと思います。しかし凍結してしまった。奇しくも自分が手術を受けて力を得たことで一層その思いを強くしたのだと思います。彼は他国でのプロジェクト継続を模索していたようです。」
「なんだって?!」
「その結果、強奪したその足で<サークル>防衛隊を相手に性能のデモンストレーションを実施します。」
開いた口が塞がらない。プロジェクト継続のために手段をまったく選ばない。なんと言う執念だろうか。
「推測ですが人民軍が該当<サークル>周辺に艦隊を展開させていました。売り込み先は人民軍だと思われます。」
次々に衝撃的な事実が出てくる。US軍の仮想敵はずっと人民軍だった。敵に情報を売り渡してまで実験を継続しようとしたと言う事だ。ヴァレリーは沈痛な面持ちで話を続けた。
「『オーディン』の強奪で現場は混乱していましたが、『ヘーニル』と『ローズル』は『オーディン』を追跡することになりました。しかし人民軍は展開していて、更に『オーディン』は<サークル>防衛隊と戦闘状態となり、ルナ・ラグランジュ・ポイント4付近は混沌とした状態になりました。」
最後の一言を聞いた時、一瞬俺の思考が止まった。そこは俺が以前家族と住んでいた場所だ。全てが繋がった気がした。
「それはいつの話?」
ヴァレリーは伏せていた瞳をぎゅっと閉じると目を見開いてこちらを見た。
「5年前のルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件です。」
俺は頭が真っ白になった。それだけではない目の前が真っ白になって行く。心臓は早鐘のように動いているのに血の気が引いて行くのがわかった。
あぁ、そうか。全てが繋がった。だからヴァレリーがつらそうは表情をしていたのだ。彼女は俺の過去を知っている。
思考もまとまらず俺の目はヴァレリーを映していない。見えるのは真っ白な何かだ。ただこれだけは理解した。
ヴァレリーはあの忌まわしい事件、ルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件、つまり俺の両親の死に関わっているのだと。




