新型量産機編9
『ロンバルディア』は無事『コンスタンツ』基地へ帰ってきた。俺たちは早速『アスク』の戦闘記録とその報告書をアリサ中尉に持っていった。報告書については帰りの船の中でヴァレリーと一緒に作成したものだ。
アリサ中尉は、もう1機の『アスク』の調整中だった。出発前に作成していた『スルト』由来のバーニアは既に取り付けられていた。もうひとつの『スルト』由来の推進剤タンクは装甲の下にあり外側からはわからない。恐らく取り付けられていると思われる。
「アリサ中尉。」
俺がアリア中尉を呼ぶが反応はなかった。
「アリサ中尉。」
「ヴァレリー。おかえり。」
ヴァレリーが呼ぶとこちらに振り向いた。俺はもう心が折れそうだよ。俺は全てを悟りヴァレリーに報告書の入った媒体を渡した。
「アリサ中尉。今回の戦闘記録と報告書です。」
「ありがとう。確認しておくよ。」
アリサ中尉はヴァレリーから媒体を受け取った。
「こちらの方はバーニアが変わってますね。」
「あぁ、推進剤タンクも交換してあるよ。こっちは便宜上『アスク2』と呼ぶことにした。」
同型機が2台あって交代で両方を運用するならば呼びは区別できた方がいいだろう。今回俺たちが乗っていた方が『アスク1』だな。
「どれぐらいの性能向上が見込めそうですか。」
「シミュレーション結果はこれだ。」
アリサ中尉が端末を差し出した。俺とヴァレリーは並んで内容を確認した。
「18%向上!?」
「凄いじゃないですか。」
俺とヴァレリーは2人で驚きの声を上げた。
「理論上はね。次の任務で確認してきて欲しい。」
アリサ中尉は懐疑的なようだ。
「わかりました。」
「あと『アスク1』分のパーツも出来ているから、今回のフィードバックも合わせて実装しておくよ。」
「ありがとうございます。」
アリサ中尉はまだまだ作業があるとのことで、俺たちはアリサ中尉の元を辞去した。俺はまた一言も話せなかった。
次の出撃は2日後だ。俺たちに割り当てられた仕事は『アスク2』の稼動確認と『ロンバルディア』への物資搬入の手伝いだ。それ以外は自由時間となっている。俺はヴァレリーに伴われて暇があればアリサ中尉の元へ出かけて行った。だが状況はまだまだ好転しそうになかった。
2日後、次の作戦が開始された。今回はEUの物資輸送船でルナ・ラグランジュ・ポイント5から月面裏への物資だ。
「今回のターゲットには護衛は居ない。『タロース』とタグボートで対応する。」
ブリーフィングルームの前面モニタに航路が表示される。
「航路はこうだ。俺たちは斜め後ろから交差する形となる。」
表示されている航路は、ターゲットの曲線を描く航路に対して斜め後ろから『ロンバルディア』が重なる格好の航路となっていた。
「輸送船を追い抜いて止めるのか。今回の機体にはうってつけだな。」
「そうですね。」
今回は移動速度の性能確認が必要となるので、この任務はありがたい。
今回の出撃は俺とタグボート2機だ。『タロース』が先に出撃するが、質量と推力機関の関係で圧倒的にタグボートが早い。あっと言う間に追い抜かれてしまった。しかし俺も負けじと加速する。効率は上がっているので、少ない推進剤で加速できるはずだ。しかし加速は思うように伸びなかった。むしろ効率が下がっているように感じられた。
「ヴァレリー。機体の状態は。」
機体に不具合があるのかと思いヴァレリーに確認した。
「正常値です。」
しかしヴァレリーからの回答は俺の思いとは裏腹だった。
「加速が思ったほど伸びていない。」
「バーニア形状のせいでしょうか。」
「モニタしておいて。帰ったらアリサ中尉に報告だ。」
「了解しました。」
タグボートはさっさと取り付いて輸送船のスピードを落とさせていた。こちらは予定より遅れて輸送船に取り付く。出来るだけ低い声を作り、加速の停止を輸送船のブリッジに対して要求する。輸送船の加速は止まり、タグボートのおかげで大分速度は緩められた。『ロンバルディア』はもう近くまでやってきている。
『ロンバルディア』は輸送船に横付けし、輸送船内を制圧していった。今回も抵抗らしい抵抗もなく無事制圧が完了した。ほどなく輸送船の乗組員を乗せたランチが放出され、『バルバロッサ』は輸送船を接収した。
さて今回はレポートが大変そうだ。ヴァレリーがモニタしてくれたデータと照らし合わせながら原因を考えておく。アリサ中尉はスペース・トルーパーの開発側からの見地を出すだろう。俺たちができることはパイロット側からの見地だ。問題は多角的に調査し原因を追究しなければ、なかなか真の原因には辿り着けない。
帰還後、早速アリサ中尉の元にやってきた。ヴァレリーがアリサ中尉に声を掛ける。
「アリサ中尉。今回のデータと報告書になります。」
「ありがとう。ヴァレリー。」
アリサ中尉はヴァレリーからデータの入った媒体を受け取ると自分の端末へ転送した。そして結果を見て、表情が曇った。真剣にデータと報告書を読み始める。食い入るように報告書を読み終わったアリサ中尉は顔をあげて言った。
「ヴァレリー。よく纏まっているよ。ありがとう。」
「いえ、それに私だけでなくグレンも一緒に頑張りました。」
ヴァレリーは俺を前に押し出して、アリサ中尉に近づけた。アリサ中尉はこちらをちらりと見たが、さっと視線をヴァレリーに戻した。
「すぐに改良に取り掛かるよ。『アスク2』はそのままになるが次回の『アスク1』には間に合わせてみせる。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
俺たちはアリサ中尉の元を辞去した。
「ヴァレリー。心が折れそうだよ。」
「まだまだ時間が掛りますよ。気をしっかり持って下さい。」
そうか。無視されるのは心にクるものがある。アリサ中尉には早急に俺に慣れて頂きたい。




