邂逅編4
「宇宙空間をかなりの速度自由に飛びまわるねぇ。正直自信がないんだけど。」
「グレンは船外機の操縦経験は?」
「ないね。」
2ヶ月前にイメージフィードバックの手術を受けたのも、新学期から始まる船外作業機のシミュレーションのためだ。まだ操縦経験はない。
「ならば今回は飛ばない方向でいきましょう。」
「え?飛ばなくてもいいの?」
「えぇ。安全策を採って格納口から身を乗り出して射撃で墜とします。」
「了解。助かるよ。」
程なく荷おろし場から空気が抜かれ、格納口が開いた。
「グレンの利き腕はどちらですか?」
「右だね。」
「ならばそのまま格納口から身を乗り出して下さい。」
壁を掴んだまま身体を外に出す。右手には銃器らしきものが握られているのでこれで撃つのだろう。右腕を突き出して銃を構える。
「左目を拡大に使いますね。」
ヴァレリーがそう言うと左目だけの倍率がどんどんと上がっていく。そして遥か彼方にいると思われる機体を捕捉した。2つの光点があるので恐らく2機いるのだろう。機体後方で推進剤を燃やしながらこちらに向かってきている。
「見えるってことは結構近づかれているのか。」
「はい。さっき報告のあった小型機でしょう。足止め要員でしょうか。」
おそらく船外作業機を改造したものだろう。かなり大きな噴射装置がついているのでヴァレリーが言うように輸送船の前に出て足止めするのかもしれない。
「いつでも撃てます。」
ヴァレリーがそう言うと左目に照準が現れた。照準は小型機を枠の中に納めている。なんの心の準備もできていなかったが、俺は腹を決めて右手のトリガーを押し込んだ。直後右腕に軽い反動を感じる。一瞬遅れて俺の左目の中の小型機は弾け飛び、あらぬ方向へ吹っ飛んでいった。
「当たった・・・?」
「命中です。」
俺の左目には次の目標である残った方の小型機が映し出された。また照準の枠内にいる。
「撃てます。」
俺が撃とうとしたその時、小型機は左目から消えた。
「消えた。」
「気付かれました。」
左目が徐々に引きになっていく。小型機はこちらから見て左方向へ迂回しようとしてしているようだ。輸送船は長い形であるので直ぐに死角に入ってしまった。
「外に出るしかないですね。ただ船体から離れないようにしましょう。」
「了解。」
俺は天井側の入り口付近を飛び上がりながら掴んで、左腕の力だけで天井側へ登るイメージを持つ。するとスペース・トルーパーは意を汲んで腕の力だけでなくスラスターで姿勢を制御しながら天井の外側に登っていってくれる。天井に取り付いた俺はゆっくり歩いていくイメージで進む。
『エーリュシオン』はかなりのスピードで進んでいるので、離れてしまうとその場に置いていかれてしまう。スペース・トルーパーも速度は出せるが、先ほど言われた宇宙空間を自由に飛び回るイメージができなければ難しいだろう。俺は船体から離れないよう気を付けながら、後方右舷寄りに移動し小型機を捉えることができた。左目が望遠していき、照準枠内に小型機が納まった。また逃げられてはかなわない。俺はトリガーを引き絞った。先ほどと同じ程度の反動があり、左目に映っていた小型機はまたも弾け飛んでいった。
「命中。」
ヴァレリーが静かに教えてくれる。
「終わり?」
「いえ、もう1機居ますね。これは・・・。スペース・トルーパー!」
宙賊がスペース・トルーパーを所持している。これは当たり前のことではない。何しろ軍にしかないものなので入手が難しい。維持管理にも技術と金が掛かる。だが宙賊としては所持するだけで箔は付くし、なにより戦力としてこれほど頼もしいものはない。
「『マウス』ですね。かなり旧式のスペース・トルーパーです。」
「狙撃でなんとかなるかな?」
「さっきの船外機は足止め用なので小回りを犠牲にしていましたが、『マウス』は小回りが利きます。難しいかもしれません。」
ヴァレリーの雰囲気は固い。ど素人がスペース・トルーパー同士の戦闘を行うのは、やはり分が悪いのだろう。
「そうなるとぶっつけ本番で接近戦?」
「それは避けたいところですが・・・。とりあえず撃ちましょう。」
そう言うや左目に照準が現れ『マウス』を捕捉した。だが銃を構えた瞬間には横にずれていた。
「ロックオンに気付かれてますね。」
「困ったな。」
沈黙。ヴァレリーもどうするか提案に迷っているのだろう。
「できるだけ船には近づけたくない。」
皆を危険には晒したくない。戦闘をするなら船から離れたところがいい。
「俺は飛べる。」
そう思い込んだ。船を蹴って離れる。そして『マウス』目掛けて飛び出した。
無重力に体が浮く感覚はよくわかる。あとは自分にはない推力をあると思い込む。前に進むと考えると機体はそれに応えて前に進んで行く。思いのままに機体が動く。それは新鮮な感動だった。精神が高揚していくのがわかる。宇宙遊泳とは違う格段に速いスピードで移動する。急激に横にスライドしてみたり、渦を書くように飛んでみたり、全てが思いのままにできる。荷重は掛かっているはずなのにそれほど苦にならなかった。遠くで何かが光ったのでとりあえず動く。何かが脇を通り過ぎて行った。どうやら『マウス』が撃った弾のようだ。俺は『エーリュシオン』が射線に入らないように回り込むように移動していく。
「ヴァレリー!近接武器はあるかい?」
「えぇ。プラズマブレードがあります。」
「じゃあ左手に装備。」
「了解。」
腰の辺りに装備されていたそれを引き抜いた。
「牽制で射撃するから照準もよろしく。」
「了解。」
左目に照準が現れる。俺は大きく左から回り込むように『マウス』に向かっていく。
段々と『マウス』の姿がはっきり見えてきた。左右非対称な形をしているが、それは右腕が銃に変わっているからだ。壊れたからなのか、そのように改造したからなのかはわからない。俺の乗っているスペース・トルーパーよりも手足が短くずんぐりした形をしている。塗りなおしているのだろうか旧式の割にはきれいな白色をしていた。互いに射撃で牽制しながら距離を詰めていく。あちらもプラズマブレードを装備してきた。的を絞らせないように無我夢中で機体を動かす。それが上手くフェイントのようになったのだろうか、弾が当たることはなかった。お互いの機体はもうかなり近い距離になった。
「今だ!」
何故だかわからないが、相手の動きが鈍いと感じたので一気に距離を詰めて左腕を振るった。プラズマブレードは射撃しようと銃口を向けた相手の銃身に当たった。銃身は切断された。そのせいだろうか『マウス』の右腕が爆発し横へと吹っ飛んだ。
「グレン。戦果は十分出ました。撤収しましょう。」
「了解。帰還する。」
俺はそのまま『マウス』から離れ、『エーリュシオン』へ追いつくための航路を採った。相手は追ってくる気配もない。俺はなんとか宙賊を退けることができたようだ。
「正直驚きました。」
「何が?」
「訓練もしてない人間が、このような驚異的な動きができることがです。」
「無我夢中でよくわからなかったよ。何故か上手く飛べた。」
「そうですか。グレンには間違いなくパイロット適性がありますね。」
「煽てても何も出ないよ。それよりも早く帰って寝たい。」
「えぇ。そうですね。帰りましょう。」
やはり精神が高揚していたのだろう。徹夜明けの眠気がどっと押し寄せてきた。しかし眠気の中でも皆を助けることができたことが途轍もなく嬉しかった。俺一人では決して無理だった。ヴァレリーのおかげだ。
「ありがとう。ヴァレリー。皆を助けることができたよ。」
「礼には及びませんよ。こちらの方こそ助かりました。ありがとう。グレン。」
ヴァレリーに礼を言われて、少し誇らしい気分になった。
『エーリュシオン』に帰ってきた。荷下ろし場に膝立ちでスペース・トルーパーを置き、ヴァレリーと共にエアロックに向かった。エアロックの外には皆が居た。空気が入るなり、エアロックに殺到してきた。養父に抱きしめられ
「ただいま。」
と言ったところで俺の意識は途切れた。




