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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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新型量産機編1

 久しぶりの船旅で心は少し躍っている。無重力の感覚も懐かしい。<ルナ>にはわずか1/6Gとは言え常に重力があった。しかしここにはそれがない。

 シリンダーで生活していた頃は、無重力の生活は日常であったが、<ルナ>では逆に無重力であることが珍しかった。月面に居る時は必ず重力が側にあった。重力がないことが懐かしいと感じるとは、1年足らずの間に随分と<ルナ>に馴染んだものである。

 人間は<マンホーム>から<ルナ>、<サークル>と生活の場を次々変えてきたが、その都度適応してきた。そう言った意味では人間は適応能力に優れた種であると言えるかもしれない。ゆくゆくは火星や木星といったところにも版図を広げて行くことだろう。

 俺とヴァレリーは民間の輸送船でルナ・ラグランジュ・ポイント5へ向かっていた。任務はUS軍の秘密工廠にて新型量産機の調整作業を行うためだ。この新型量産機は、ナノマシンを最適化されたパイロットが搭乗するためのもので、その被験者は現在2名しか居ない。つまり調整作業ができる人員が限られおり、その一人である俺は新型機の調整を任されたのだ。

 輸送船には荷物に偽装された『ヘーニル』と人民軍から鹵獲された黒いスペース・トルーパー、コードネーム『スルト』が載せられている。俺はこれを秘密工廠に運ぶ任務も帯びている。輸送船の倅であることが、こんなところで役に立つ日が来るとは思いもしなかった。

 <ルナ>からルナ・ラグランジュ・ポイント5までは約4日で到着する。それまでは休校となっている士官学校の課題をやりながら過ごす予定だ。旅程は出発から既に2日が経ち半分に差し掛かっていた。


 まじめに課題に取り組んでいる午後にそれは起こった。けたたましい警告音が船内に鳴り響く。

「何の警告かな?」

 俺はヴァレリーに尋ねてみた。

「大きな熱源はないので火災ではないようです。」

「そうか。ちょっとブリッジで聞いてくるよ。」

 俺は課題を中断し、部屋にヴァレリーを残してブリッジに向かった。俺が借りている個室からブリッジまではそう遠くない。

「どうしましたか?」

 輸送船の船員は俺が軍関係者であることは知っている。

「識別信号なしの船が近づいてきているんです。」

 確かにレーダーには識別信号なしの船が表示されていた。おそらく宙賊だろう。ただこのままの状態なら逃げ切れそうだ。

「このままの速度と距離ならば逃げ切れそうですね。」

「はい。」

 輸送船は電磁カタパルトから射出されているので、かなりのスピードが出ている。余程の速度が出る船でないと追いつくことは難しい。その時正体不明の船から何かが射出された。攻撃ではないだろう。撃沈しても宙賊に旨みはない。そうなると自ずと正体は絞られる。スペース・トルーパーか船外作業機だ。

 船員は操作盤で前方スクリーンに後方カメラの映像を出した。限界まで拡大するとそこには派手に推進剤を燃焼させながら、高速で接近する小型機が迫っていた。

「あれは・・・。」

 どこかで見覚えがあるそれはグングンとこちらに近づいてくる。以前宙賊に襲われた航路とは随分違う場所なので別の宙賊かもしれない。小型機はその形から船外作業機を改造したものと推測されるので、スペース・トルーパーに比べれば入手難度は断然低い。俺は以前遭遇した宙賊かどうか確認するため船員に話しかけた。

「すいません。あの船外作業機の後方に何か居ませんか。」

 船員はレーダーを確認しながら船外作業機の更に後方をモニターに映してくれた。そこには以前見た通りの白い『マウス』が居た。間違いなく以前襲ってきた宙賊だ。こんな遠い航路にも出没するとは、宙賊は捕まらないようにするため定期的に拠点を変えるのかもしれない。

 

 前回と言い今回と言い同じ宙賊に襲われることに奇妙な縁を感じたが、前回と決定的に違うところがある。それはヴァレリーは居るが『ヘーニル』が偽装されているため出撃できないことだ。

 そうこうしているうちに後方を映していたカメラから小型機が消えた。そして衝撃が走った。俺は吹っ飛ばされないように近くの椅子にしがみついた。小型機は輸送船の前に出て逆噴射を行っている。速度がじわじわ落ちていき追いついたスペース・トルーパーがブリッジに取り付く様が船外のカメラでわかった。


《停船しろ。さもなくばブリッジを吹き飛ばす。》

 船外のカメラに映る白い『マウス』はその銃に替わっている特長的な右腕をブリッジに向けて狙いを定めている。絶対に外さない距離だ。輸送船は停船を余儀なくされた。


 停船した輸送船は左舷にあるハッチを開けて『マウス』と小型機を内部に招き入れた。俺たちはエアロック前で宙賊たちがこちらにやってくるのを待った。エアロックの扉にある表示灯がエアロック内に空気を満たしたことを示した。エアロックが開き宙賊たちが船内に入ってきた。

 俺と船員たちは一斉に敬礼した。エアロックから入ってきた宙賊たちも返礼する。船員たちは宙賊たちに端末を渡してこう言った。

「こちらが今回の補給物資になります。」

 宙賊の一人が端末を受け取り、バイザーを上げて内容を確認している。その顔は髭を生やしていて年齢がいまいちわからない。あまり若くは見えない。

「ご苦労だったな。そっちの坊主がテストパイロットか。」

「はい。グレン候補生です。よろしくお願いします。」

 俺は再度敬礼した。宙賊もとい私掠船部隊の部隊長は、返礼を返しながら俺を胡散臭いものを見るような表情で見ていた。

「若すぎないか?」

「腕は折り紙つきですよ。」

 船員もとい月面基地の補給部隊員は俺のことをそう評した。そうこれは宙賊に偽装している私掠船部隊に民間輸送会社に偽装した軍が補給物資を補給するやりとりなのである。

 回りくどいことをしているようだが、秘密部隊なのでこのようなやりとりが必要なのだ。偽装した民間会社は宙賊に襲われたことにより倒産したことにされる。次の補給はまた別名義で興された民間会社か、名義だけを買われた会社が宙賊に襲われるのである。それ以外にも補給ルートはあるらしいが、軍の関与がバレないよう偽装工作は徹底されている。


「確かに受け取った。」

「あとこちらが新たな作戦要領になります。」

 補給員は新たな端末を部隊長に渡した。部隊長はちらりと端末を見た後、俺を見た。俺のことが書かれているのだろう。部隊長は補給部隊員に向かって

「了解した。」

と返答した。

「これで今回の任務は全て終了です。」

 補給部隊員はほっとした様子だ。やはり神経を使う任務なのだろう。

「俺たちからはこれだ。」

 そう言って部隊長は端末を補給部隊員に渡した。

「確かに受領しました。」

「宜しく頼む。」


「よし、では補給部隊員は標準時14:00までにランチへ搭乗せよ。」

「はっ。」

 補給部隊員たちはそれぞれの準備の為に散っていった。


「俺たちも出発準備をするぞ。」

 部隊長は小型機に乗っていた部隊員にそう言うとブリッジに向かっていった。

「お手伝いします。」

 俺はそう言って部隊長たちについていった。

「輸送船のなんか扱えるのか?」

「はい。実家が輸送業なもので。航宙士の資格も持ってます。」

「ほぉ。じゃあ手伝って貰う。」

 俺たち4人は出発準備を始めた。出発準備が完了する頃、補給部隊員たちも準備が完了しランチへ搭乗していった。ランチはハッチから出て行った。このあと運よく巡回中の軍の船に保護される手はずになっている。

 輸送船のハッチを閉じ、俺たちは秘密工廠へ向かい出発した。


「そう言えば紹介がまだだったな。」

 出発して一段落したところで隊長が俺に話しかけてきた。

「俺は私掠船部隊部隊長のフリードリヒ大尉だ。」

 フリードリヒ大尉は握手のため手を差し出してきた。

「改めまして。グレンです。」

 俺は大尉とがっちり握手した。大尉はその髭面をニヤリとさせてこう言った。

「ようこそ。ルーキー。私掠船部隊『バルバロッサ』へ。」

 俺の新しい任務である新型量産機の調整は、US軍であるその身分を隠しながら人民軍の通商破壊を行う私掠船部隊で実戦を通して行われるのだ。秘密工廠は私掠船部隊の本拠地内にあり、そこでヴァレリーたちとブラッシュアップ作業を進めて行く。

 フリードリヒ大尉は俺の直属の上司となる。あの白い『マウス』のパイロットと一緒に仕事をすることになるとは、本当に人生とはわからないものだ。

「ありがとうございます。若輩ですが役には立ちますよ。」

「期待してるぜ。」

 こうして俺の新たな任務が始まった。

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