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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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士官学校付属高校編15

 黒いスペース・トルーパーに乗っていたパイロットは既に死んでいた。しかしその身体はサイバネティック手術がされており、コックピットに乗っていた姿からも黒いスペース・トルーパーのために改造されているものと推測された。

 事故などによる四肢欠損でのサイバネティック化はそれほど珍しいものではなく、再生医療技術が確立された今でも、それほど下火にはならなかった。アンドロイドの発展は義肢の技術にも大きく影響し、安価で見た目もほぼ元の人体と変わらなくなったためだ。価格や再生するまでの時間などの問題からサイバネティック化を選択する人は一定以上いた。

 ただこのパイロットはそう言った類のサイバネティック化ではなく、スペース・トルーパーのための改造と思われたため、多くの基地の人間は人民軍の人権意識に戦慄した。見た目だけでもわかるほどの改造である。見えないところをどこまで改造されているかを想像すると暗澹たる気持ちになった。

 そして黒いスペース・トルーパーの同型機が敵軍に何機居るかが目下の問題となった。6対1を軽くあしらい、半数を戦闘不能に陥れる戦闘力は脅威以外の何物でもない。俺とクリストフが居なければもっと酷い状況だった可能性もある。最初に俺たちの部隊が見つけたのは不幸中の幸いだったとも思える。黒いスペース・トルーパーの回収部隊も現れなかったことから、US軍としては捨石的に使用しても問題ない数が存在し、その能力を試すための実験だったのではないかと考えていた。


 そして黒いスペース・トルーパーの調査を始める前に、ユーラシア人民共和国連邦は<ルナ>全土の領有を主張し、US軍の即時撤退を求めた。US軍は応じられるわけもなく要求を突っぱね全月面軍を持って月の裏側にある人民軍と雌雄を決することとなった。

 人民軍は北極と南極からの2面方面からUS月面基地に向かって侵攻、US軍も対抗するために北極と南極に軍を派遣した。

 俺とクリストフは月面基地からこの戦いの推移を見守ることにした。俺たちの戦闘参加は見送られた。俺の『ヘーニル』は大破したままだし、『ローズル』も修理が間に合わなかったからだ。多くの月面に住む人たちは唐突に始まったこの戦闘を見守ることしかできなかった。


「クリストフ。どうなると思う?」

「黒いスペース・トルーパーの数次第だね。物量ではこちらが勝ってるはずだよ。」

 黒いスペース・トルーパーも10:1や20:1であれば勝てるだろう。そう考えれば物量に勝るUS軍が有利であることに間違いはない。しかし戦況はクリストフの予想を裏切り、黒いスペース・トルーパーにより泥沼の様相を呈した。思ったほどの数は居なかったようだが、それでもその戦闘力は凄まじく、この戦闘により双方に甚大な被害が出た。デイヴ中尉も戦死し、知り合いのパイロットも多くが亡くなってしまった。人民軍は黒いスペース・トルーパーで圧し勝てると踏んでいたのだろう。だが物量により思ったほどの戦果は上げられなかったようだ。目論見は成功せず、決着がつかなかったことにより<ルナ>は紛争地帯となった。


 <ルナ>が紛争地帯となったため、長い歴史を持つUS宇宙軍仕官学校は<ルナ>から移転することになった。今年度は期末試験なしで修了し、全員が進級する運びとなった。移転先はルナ・ラグランジュ・ポイント3。<マンホーム>を挟んで月の反対側だ。再開は準備期間が必要なため1年空けて再開を予定している。

 

 そして俺たちのプロジェクトも大きな転換点を迎えた。今回の会戦は黒いスペース・トルーパーによりUS軍のスペース・トルーパー部隊に甚大な損害を与えた。現状数で圧すしか対抗手段がないことを軍上層部は由々しき問題であると認識した。ただ俺たちの戦闘結果は相撃ちであったが、対抗手段に足りえるという認識を軍上層部は持った。

 更なる追加予算が付いたプロジェクトは一度解散し、新たな任務のため2つのチームに分かれることとなった。

 1つは戦術AIの量産化と新たなパイロットの育成だ。戦術AIはサンドラがベースの量産化計画が進められており、前倒しで生産を始めることが決まった。ナノマシンの命令変更と言う特殊な機構を使っているがドキュメント類と保守パーツが残っており、ルナ・ラグランジュ・ポイント3での生産と、シミュレーターによる訓練を行うことが決定された。このプロジェクトは量産機のベースがサンドラと言うこともありクリストフが担当することとなった。

 もう一つのプロジェクトは『ヘーニル』と『ローズル』をベースとした新たな量産機の開発だ。こちらもすでに試作機の準備が進められていたところを大幅に前倒しで行うことが決定した。その機体の調整を俺とヴァレリーが担当することになった。

 開発はユーラシア連邦から秘匿するため、各ラグランジュ・ポイントからも離れた秘密工廠で行うとのことだ。俺は<ルナ>から離れそちらに行く事になった。


「しばらく会えないと寂しくなるね。」

 新たなプロジェクトの通達のあと、クリストフがしんみりとした雰囲気で俺に言った。

「そうだな。パイロットの育成頼むぜ。俺たちの同僚を増やさなきゃな。」

「あぁ、それは任せておいて欲しい。そっちも新しい量産機を頼んだよ。」

「勿論だ。」

 俺たちは握手してからハグをした。お互いの背中を叩き合う。出会って1年も経っていないが、クリストフは戦友と言えるだろう。


 ビアータ中尉は月面軍のパイロットに復帰することにしたそうだ。

「ビアータチームも解散だね。」

「月面軍に戻らなくても、クリストフと一緒にパイロットの育成もよかったんじゃないですか。」

「月面基地にはジャックが居るからね。離れたくないよ。」

 クリストフと一緒に行く事になるとルナ・ラグランジュ・ポイント3へ行かなければならない。

「そうですね。離れ離れは寂しいですね。」

「うん。それにね。デイヴたちも弔ってやりたいしね。」

「ビアータ中尉・・・。中尉は死なないで下さいよ。」

「うん。アランのためにも死なないよ。グレンたちが帰ってくるまで月面は守りきってみせるさ。」

 月面会戦において多くのパイロットが亡くなってしまった。彼らの弔いと生き残ったジャックと共にアランを守るため月面基地を死守する。それはとてもビアータ中尉らしいと思った。俺たちはビアータ中尉とハグをして別れを惜しんだ。中尉ならばきっと月面基地を守り抜いてくれるだろう。


 テオ博士は今までのプロジェクト成果からクリストフと一緒に新しいパイロットの育成と量産型戦術AIの調整をすることになっている。

「テオ博士もお元気で。」

「あぁ、また会えるのを楽しみにしているよ。」

 俺はテオ博士と固く握手した。


 こうしてプロジェクトは解散され、俺たちはそれぞれ別の任務に就く事となった。

 寮は士官学校が移転と決まった時点で多くの生徒たちが一時退去していった。月面自体が危険地帯となった今、早急に退去した方がよいだろう。俺とクリストフはプロジェクト絡みでなかなか退去できなかったが、やっと退去できることになった。人がいなくなってがらんとした寮で黙々と荷造りをする。と言っても衣服程度だ。

 1年も居なかったとはいえ離れるとなるとなんとなく寂しい。寮管に挨拶し、寮を出る。停車場に向いエレカーで宇宙港へ向かった。


 宇宙港ではヴァレリーが待っていた。

「お待たせ。ヴァレリー。」

「いよいよ<ルナ>ともお別れですね。」

 ヴァレリーは名残惜しそうに言った。

「ここでも色々あったなぁ。」

「そうですね。」

「次のところでもよろしく頼むよ。」

「はい。勿論。」

 ヴァレリーは満面の笑顔で応えてくれた。

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