士官学校付属高校編14
軍施設でのシミュレーションはあれ以来毎週やった。対戦してくれる人も入れ替わり立ち代りで『クロウ』での戦闘もすっかり板に付いてきた。月日は流れもうすぐ春になる頃だった。
この頃は月面に緊張が満ちていた。人民軍の月面基地の軍備増強は明らかで、US軍もそれに対抗するため各ラグランジュ・ポイントから軍を集結させつつあった。
今日、明日にでも戦端が開かれかねない状況での哨戒任務は緊張感に満ちていた。デイヴ達もそうだし俺たちもそうだった。そんな時にそいつは現れた。
《12時方向に機影あり。》
クリストフから通信があり、こちらでもすぐ確認できた。
「こちらでも捕捉。」
部隊に緊張が走った。侵攻が始まった可能性があるからだ。
《何だ?》
《スペース・トルーパー1機です。》
《1機だって?》
いぶかしむ声があがる。なんの意図があるのだろうか?
「1機ですね。反応からしてスペース・トルーパーで間違いありません。」
《何があるかわからない。慎重に近づくぞ。》
『クロウ』のレーダーでも捕捉する距離になった。識別信号は出ていない。
《攻撃を開始する。》
俺たちは上下2層に別れて攻撃を開始した。6対1の圧倒的有利な戦闘のはずだった。しかし俺たちは一向に相手を撃墜することができなかった。どんどんと距離が詰まっていき、ついには望遠状態の目視で確認できる距離となった。そのスペース・トルーパーは黒かった。味方の視認性も悪くなることから、スペース・トルーパーに黒はあまり使われない。俺たちは相手を十分に引きつけ一斉射撃を実行した。しかし
《避けた!?》
敵機は6射線を避けた。俺は肌が粟立つのを感じた。まるで俺やクリストフのような動き。人民軍も同じような技術を開発した?
《俺たちが前に出る。ベアータ隊は支援だ。》
《了解。》
デイヴ中尉たちが前に出た。俺たちは敵機を狭い範囲に押しとどめるように広がりながら牽制射撃を行い、相手を包囲する。至近距離での3対1。俺でも運がよくなければ避けられない。デイヴ中尉たちの必殺のコンビネーションで敵を追い詰めたように見えた。しかし黒いスペース・トルーパーはコンビネーションを避けつつ射撃攻撃を行い、一機を吹っ飛ばした。スペース・トルーパーは爆発を起こしながら月面に落ちていった。
《ライナー!?》
ライナー少尉が撃墜された。こいつはヤバい奴だ。俺たちが前に出た方がいい。
「デイヴ中尉。俺たちが前に出ます。」
《駄目だ!包囲を続けろ。俺とバジャルドとでやる。》
仕方がない。後方から撃ち落す。
「ヴァレリー。クリストフとベアータ中尉の牽制射撃を利用して相手の位置の予測と照準を頼む。」
「了解です。」
この距離から簡単に落とせるとは思っていないが、当たればデイヴ中尉たちが止めを刺してくれるはずだ。
デイヴ中尉たちの猛攻の隙間を縫ってクリストフとベアータ中尉の牽制射撃が飛ぶ。
「当たれ!」
ヴァレリーの行動解析によるこちらへ避けるであろうという場所への先読み射撃。当たったと思ったそれは、いとも簡単に避けられた。そこへバジャルド少尉が追い討ちを掛けるがカウンターの射撃がバジャルド少尉の機体に当たった。スペース・トルーパーが墜落していく。
《バジャルド少尉!》
クリストフの叫びが響く。
《このぉ!》
デイヴ中尉が反撃を試みるが、またも黒いスペース・トルーパーに避けられた。そしてそれはデイヴ中尉を無視してこちらに突進してきた。好都合だ。
「ヴァレリー! プラズマ・ブレードだ!」
俺がプラズマ・ブレードを装備すると相手もプラズマ・ブレードを出してきた。お互いが必殺に間合いにも関わらず避けあった。体勢を立て直そうとした時、黒いスペース・トルーパーは俺以外へ射撃しようとした。その方向には青い『クロウ』が居る。駄目だ。俺はとっさに腕を伸ばした。敵機の射撃で『へーニル』の右腕は吹き飛んだ。
「右腕大破。」
ヴァレリーの声が無情に響く。これでプラズマ・ブレードも使えなくなった。敵機を『へーニル』から引き剥がそうとクリストフが突っ込んでくる。『ローズル』と黒いスペース・トルーパーが交戦状態となった。『ローズル』のプラズマ・ブレードの一振りが避けられ、今度は『ローズル』が黒いスペース・トルーパーのプラズマ・ブレードをギリギリで避ける。こいつを倒すのはここしかない。俺は『ローズル』が攻撃に移るその影から飛び出し、銃身ごと体当たりをするように突進した。3機が縺れるような至近距離で、俺は銃を放った。
弾は敵機の腹部辺りで炸裂した。近すぎる射撃は暴発に近く、こちらの砲身も破壊される。左腕は吹っ飛びはしなかったが、ほぼ機能しないだろう。敵機は逃れようとしたが、『ローズル』が追い討ちをかけた。同様に突貫からの至近距離での射撃。さすが相棒。考えることは同じか。『ローズル』の銃も暴発状態となり銃身が破壊された。
然しもの黒いスペース・トルーパーも捨て身からの至近距離の2発に沈黙し、月面へ落ちていった。
被害は甚大だった。無事なのはデイヴ中尉とベアータ中尉、『ヘーニル』は中破で『ローズル』は小破。ライナー少尉とバジャルド少尉は絶望的な状況だ。月面基地から迎えの艦船を出して貰っているが、人民軍側も艦船を出して来ている可能性がある。緊張が高まっている今、開戦の発端になりかねない状況だ。
なんとか敵側がやってくる前にこちらの回収部隊がやってきた。大破したバジャルド機とライナー機も回収されて、黒いスペース・トルーパーも回収できた。
艦船に回収された俺たちはコックピットからは降りず、リンクを解除して休憩していた。
「ヴァレリー。ごめんな。また『ヘーニル』を壊してしまって。」
「いえ。今日の敵は誰が死んでもおかしくなかったです。グレンが無事でよかったです。」
「そうだな…。ライナー少尉とバジャルド少尉は…。くそっ!」
二人には軍のシミュレーターでもお世話になった。もっとどうにかなったのではないかと後悔が残る。
「私にもっと力があれば…。」
ヴァレリーはそう言ったが本当はわかっている。『ヘーニル』もボロボロのこの様だ。相手が異様に強かった。もう1回やったとしても勝てるとは限らない。今回は運よく勝ちを拾えただけだ。あれが量産化されて数が居るならUS軍に勝ち目はないだろう。
幸い機体が回収できたので何故あんなに強かったのかが解明できるのが救いだ。
基地に戻り黒いスペース・トルーパーのパイロットを確認することになった。件のスペース・トルーパーは寝かされており、物々しい武装をした軍人がその周りを取り囲んでいる。俺たちはスペース・トルーパーから降りて乗降デッキからその様子を見ていた。
一人機体に登りコックピットを開けた。銃を構えながら中を覗いている。しばらくして下に居る同僚を呼んだ。死んでいるのだろうか?なんだか雰囲気が暗い。
一人がコックピットに入り、もう一人が外から引っ張り上げたそれは人の形をしていた。だが坊主頭の男性に見えるそれはガリガリに痩せており、複数のチューブ状の物や線のようなものが付いていた。
後にわかったことだが、彼はスペース・トルーパーを構成するパイロットという生体パーツとして改造された存在だった。




