士官学校付属高校編12
3日後、俺の命令違反の処分が下った。職務停止1ヶ月と減俸1/10が1ヶ月だ。重いのか軽いのかよくわらない。あとで聞いた話だが、ジャックとクリストフ、ビアータ中尉から罰則軽減の嘆願が出ていたらしい。テオ博士が教えてくれた。
俺は職務停止でプロジェクトに関われない間は士官学校の課題に注力することにした。期末試験も近いし、やってもやっても終わらない課題の山を少しでも減らすべく奮闘した。何しろ成績が悪いと放校だ。それだけは避けなければならない。
昼休みにはクリストフが一緒にご飯を食べに来ては、出所不明の怪しい軍情報を話していった。あの一件では人民軍は大掛かりな作戦準備のため、こちらの領内に侵入していたらしい。埋められた爆弾が見つかったり、その他諸々の工作活動が見つかったとのことだ。諜報部は情報を得ていなかったようで右往左往しているとのことだ。諜報部か。グレック軍曹は元気だろうか?政府としてもこの事態を重く見ていて制裁措置を検討しているらしい。クリストフの情報元も謎だな。
期末テストも終わり、なんとか放校を免れた俺は月面基地に来ていた。謹慎期間が解けたのだ。クリストフと基地に入ると、ヴァレリーとサンドラが入り口まで迎えに来ていた。
「ヴァレリー。久しぶり。」
「お元気そうで何よりです。」
満面の笑顔で出迎えてくれた。俺たちはそのまま月面基地のブリーフィング・ルームに案内された。ブリーフィング・ルームにはテオ博士とビアータ中尉の他に何人か知らない顔が居た。
「紹介しよう。スペース・トルーパー部隊司令のチャールズ少佐だ。」
テオ博士の紹介に応えて色黒の男性が起立し敬礼した。
「紹介に預かったチャールズだ。」
俺たちも返礼する。少佐はよく鍛えられた筋肉質な体躯だった。デスクワーク中心には見えない身体だ。
「掛けてくれ給え。」
俺たちはそれぞれ手近な席に着席した。
着席するとテオ博士が話し始めた。
「皆も知っていると思うが今は大変な緊張状態だ。」
基地同士かなり距離があるとは言え、先月には人民軍の暴挙が暴かれたばかりだ。US軍も人民軍もお互いがお互いを最大限警戒しているだろう。テオ博士が続ける。
「前回のようなことも考えられるため、我々だけでの運用試験は断念することになった。その代わりに月面基地のスペース・トルーパー部隊と合同で哨戒業務に当たり、それを運用試験の代替手段とすることになった。」
3機だけでは前回のような事態に対応しきれないので、月面のスペース・トルーパー部隊の哨戒業務を代行する代わりに、護衛としてスペース・トルーパーを付けて貰うことにしたようだ。US軍は現在急ピッチで《ルナ》に部隊を集結させているようだが、哨戒業務となると頭数がまだまだ足りないのだろう。自由にテストはできないが、運用試験が滞るよりはマシだと言う判断のようだ。
「本日より本研究所のスペース・トルーパー部隊はチャールズ少佐の麾下に入る。」
「はっ!」
ビアータ中尉が起立して敬礼した。俺たちも起立して敬礼する。今度はチャールズ少佐が返礼する。
「またビアータ中尉と仕事ができて嬉しいよ。」
チャールズ少佐は笑顔で言った。
「はい。私も光栄です。」
ビアータ中尉も笑顔だ。
「諸君と共に哨戒任務に就くデイヴ、バジャルド、ライナーだ。」
3人が起立し敬礼する。俺たちも返礼した。
「ではデイヴ中尉を中心に哨戒業務についてのミーティングを始めてくれ。私は別件があるので失礼する。」
チャールズ少佐は敬礼をしてブリーフィング・ルームから出て行った。
「じゃあミーティングを始めるぞ。」
哨戒業務は往復3時間で行い、間に2時間の補給休憩後に別方面へ往復3時間の哨戒業務を行うとのことだ。
「20分後に搭乗準備を完了させて駐機場所で待機せよ。以上。」
俺たちは更衣室に向かった。俺とクリストフはいつものパイロット・スーツを着る。パジャルド少尉が興味深く俺たちのパイロット・スーツを見ていた。
「変わったパイロット・スーツだな。」
「はい。実験結果を収集するためのセンサー類がついているとのことです。」
「それでそんなにゴテゴテしてるのかぁ。」
パジャルド少尉は納得したようだ。
「それにしてもお前たち姐さんのシゴキによくついて行けてるな。」
デイヴ中尉が話しかけてきた。
「ベアータ中尉のことですか。」
「あぁ、うちの部隊の前部隊長だったのでね。ついたあだ名がベアータ姐さんだ。」
どちらかと言うとそういうキャラだが…。
「あまり厳しく指導されたことはないですね。」
デイヴ中尉は解せない顔で
「子供が生まれて丸くなったのかもな。」
と言っていた。
「そう言えばジャックさんもスペース・トルーパー部隊なんですか。」
「おう。姐さんの旦那を知ってるんだな。ジャックはスペース・トルーパー部隊だぜ。俺たちの同僚だ。」
と言うことは部隊内恋愛か。ご法度っぽいけど大丈夫なんだろうか。
「ハンサムですよね。ジャックさん。」
「姐さんは面食いだからな。」
厳格なイメージがあるので意外な気分だ。
「おっと、時間だ。続きはあとの休憩時間にでも話してやるから駐機所へ急げ。」 俺たちは急いで駐機所へ向かった。スペース・トルーパーが6機並んでいると壮観だ。『ヘーニル』と『ローズル』の前にはヴァレリーとサンドラがそれぞれ待っていた。コックピット前で点呼を行い、完了後にそれぞれのコックピットへ乗り込んでいく。コックピットで発進準備が完了したら、エアロック・エレベーターへ移動する。今回のエレベーターはいつも使っている物より大きく。6機乗ってもまだ余裕がある大きさだった。
月面に上がった俺たちは地面を蹴って次々と発進していく。横に等間隔に広がる布陣で哨戒業務の1回目が始まった。人民軍の影などまったく見えず、至って静かな状態だった。
無事帰投し、スペース・トルーパーに補給している間に人間も補給を行う。食堂でパワーバーを皆で食べて英気を養う。3時間の哨戒業務は思った以上に疲れた。あともう1回ある哨戒業務を考えると一眠りしたいぐらいだ。
ご飯を食べて話していたら2時間はあっという間だった。再び6機での哨戒業務に当たる。今度はさっきと違う方面への哨戒だ。1回目よりもこちらは高い山がある地域だ。<ルナ>の地理は士官学校で勉強しているが、こうやって目の当たりにすると様々な地形があることがわかる。シリンダー育ちの俺からすると起伏のある地形すら物珍しい。そう考えると俺はまだまだ月面での戦闘経験値が足りないなと思った。
2回目の哨戒業務が終わった後、デイヴ中尉にどう戦闘経験値を上げているかと聞いたら、やはりシミュレーションとのことだ。月面軍はその特性上、非常にたくさんの月面戦闘のシチュエーションが準備されているらしい。チャールズ少佐に俺たちがシミュレーターを使っていいかを確認してくれるそうだ。ありがたい申し出だが、そのシミュレーターを何時やるかが問題だ。許可が出たらタイムスケジュールを考えよう。
こうして初の任務は無事終了した。




