士官学校附属高校編11
視界右上の推進剤を示す文字は赤く点滅を続けている。推進剤はほとんどなく、あとは着陸時に使う分程度だろう。そして右腕と右足の反応が鈍い。さっきの戦闘時に故障したものと思われる。右腕はプラズマ・ブレードを振るった時に敵機のどこかに当たったからであろう。右足は1機目を切った後に月面を蹴った時だと思われる。
「ヴァレリー。右腕の状況は?
「肘関節の故障です。負荷に耐えられなかったようです。」
「そうか。右脚は?」
「こちらは足首ですね。」
関節部分はデリケートだな。
「歩けそう?」
「恐らくは大丈夫かと思います。」
「推進剤は基地まで保ちそう?」
「厳しいかもしれません。<ルナ>の引力に引かれています。」
落ちてるのか。確かに物体との相対距離を示す値が徐々に減っている。この場合は月面との相対距離だ。着陸したら徒歩しかないが、幸いヴァレリーの診断だと歩けるようだ。ただ壊れてはいるからその状態もどこまで続くかだな。
そう考えていた時だった。金属がぶつかる音と軽い衝撃が走る。横を見ると『ローズル』が『ヘーニル』の腕を掴んでいた。
《グレン君。高度が下がっている。》
「もう推進剤がないんだ。そっちもだろう?」
《速度を出さなければまだ大丈夫だ。》
また金属がぶつかる音と衝撃がした。反対側に青い『クロウ』が居た。
《3人で帰るわよ。》
「はい。」
俺たちの後ろではまだ戦闘が展開されているようだった。恐らくDMZに人民軍の艦船が居るはずである。US軍も慌てて応戦の準備しているだろうが、どうなるか予断を許さない。緊張状態の中、俺たちはなんとか基地まで辿り着いた。3機は無事エレベーターに着陸し格納庫へ移動した。ヴァレリーの見立て通り『ヘーニル』はなんとか歩くことができ、駐機場所まで辿り着けた。
「コネクト解除。」
「コネクト解除します。」
視界にヴァレリーが映る。その表情は微笑んでいた。
「お疲れ様でした。他の誰かがグレンを非難しようと、私はグレンを支持します。」
「ありがとう。ヴァレリー。」
俺たち2人はコックピットから降りた。駐機場所には『ルーズル』と青い『クロウ』も並んでいる。降りた先には腕を組み仁王立ちのビアータ中尉が居た。その表情は明らかに怒っていた。
「どんな事情があろうと軍では上官の命令は絶対よ。」
「はい。わかっています。」
「懲罰は覚悟しておきなさい。」
「はい。」
「ビアータ!」
その時通路の向こうからビアータ中尉を呼ぶ声が聞こえた。声の主は20代中盤に見えるハンサムな男性だ。かなり背が高く6フィート1インチを超えてそうだ。彼の身体大きさからするとかなり小さく見える子供が抱っこ紐で抱えられていた。
「ジャック! アラン!」
ビアータ中尉は喜びの声を上げながら男性の方へ走っていった。抱っこされていた子供を抱きあげてキスをしている。旦那さんとお子さんだろう。俺とクリストフは家族の邪魔にならないよう更衣室へ移動した。
更衣室では2人とも会話らしい会話はなかった。2人とも実戦で酷く疲れていたからかもしれない。更衣室から出てくるとビアータ中尉の旦那さんが再び抱っこ紐で子供を出いて廊下に立っていた。
「グレン君だね。」
「は、はい。」
「ビアータの夫のジャックだ。」
ジャックはそう言うと握手を求めてきた。俺はてっきりビアータ中尉の着替えを待っているものと思ったので、びっくりした表情で握手を交わした。
「僕も軍人だから君の行為は褒められないけれど、ビアータ中尉の家族としてお礼を言わしてくれ。妻を守ってくれてありがとう。」
ジャックはそう言うと握手した腕をぶんぶん振った。少し興奮しているようだ。
「あ、はい。皆無事でよかったです。」
「あぁ、デイヴたち・・・。救援部隊も無事で帰投中のようだ。」
「そうですか。それはよかった。」
犠牲を出さずに敵を退けられたらしい。そんな話をしていると、着替え終わったビアータ中尉が出てきた。
「テオ博士と基地指令がお待ちよ。」
「わかりました。」
「ビアータの無事が確認できたから僕は先に帰るよ。本当にありがとう。グレン君。」
「はい。」
ジャックは爽やかに去っていった。
「さぁ、行きましょう。」
ブリーフィング・ルームには基地指令を始め、基地の重鎮が座って待っていた。俺たちは用意された席に座らされ事情聴取を受けた。話は基本的にビアータ中尉からなされ、俺たちはたまに状況が合っているか聞かれる程度だった。
重鎮たちの表情は一様に重い。人民軍が何故このタイミングで仕掛けてきたかがまったくわからないからだそうだ。何を考えているかわからない人間ほど怖いものはない。
また俺の処分については追って連絡するとのことだ。今日はこれで解散となった。ビアータ中尉は自宅に、テオ博士がヴァレリーとサンドラを連れて一旦研究所に戻るとのことだ。俺たちは直接寮に帰るようにと言い渡された。クリストフとエレカーに乗り寮へ向かった。エレカーに乗ってしばらくしたらクリストフがぽつりぽつりと話始めた。
「今日は怖いことばかりだったよ。」
俺は実戦を経験したことだと思った。しかしクリストフからは出た言葉は意外な言葉だった。
「今日ほど君を怖いと思ったことはない。」
「俺?」
「あのスピードで敵につっこんで、全部の弾を避けるなんて人間わざじゃない。」
クリストフはこちらにも向かず、正面をじっと見据えたまま淡々と言った。
「僕には無理だ。」
「そのうち出来るようになるさ。」
「そうだね。出来るようになるかもしれない。でもそれは人間離れしていると思わないかい?」
確かに人間離れした所業かもしれない。
「人間離れはしているが、俺の定義でなら人間だ。」
「君の定義で言う人間とはどんなものなんだい?」
クリストフはこっちを向いて聞いた。その顔にはいつものクリストフらしくない恐怖に怯える表情が貼りついていた。
「人の心が理解できるなら人間だ。」
クリストフは沈黙している。
「クリストフは1Gで1000ポンドを持ち上げられる人間を化け物だと思うかい?」
「オリンピック選手なら上げられるだろうね。」
「化け物だと思うかい?」
「いや。そうは思わないな。」
クリストフの表情が徐々に明るくなっていく。
「だろ? 人並みはずれた能力があっても、それが人間の心の下で行使されるなら問題はないのさ。」
「あぁ、あぁ、そうだね。」
クリストフは腑に落ちたようだ。
「こちらは興味本位だけど、何故命令違反までして君はビアータ中尉を助けたんだい?」
俺は正面を見据えながら答えた。
「俺の実の両親はもういないからな。アレン君が母親を失うのはつらいだろうし、ビアータ中尉も子供を残して死ぬのは不憫だと思ってね。つらい思いをする人間は少ない方がいい。」
クリストフは驚いた顔をしたあとに笑顔になってこういった。
「君は人間だな。それも飛び切り器が大きい。」
俺はにやりとしながらこう返した。
「今更気づいたのか。」
クリストフは神妙な表情になって語りだした。
「僕はね。急激に人間離れしていく自分が怖かったんだよ。」
毎週のように人間離れしていく速度に心が追いつかなかったのだろう。
「そういう訓練をしているんだから、成果が出たと喜ぶところだろ。」
さも当然と言う風に俺は言った。
「そうだね。何かに追い詰められて心の余裕がなかったのかもしれない。」
「もう大丈夫か?」
「あぁ、もう大丈夫だよ。君と一緒なら何にでも打ち勝てそうだ。」
「そうか。」
クリストフなりに褒めているのだろう。ちょうどエレカーは寮の近くの停車場に着いた。俺たちはエレカーか降りた。
「じゃあ、またな。」
「またね。」
俺たちはそれぞれの寮に帰り着って行った。




