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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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士官学校附属高校編10

 本格的にプロジェクトが進行し始めて暫く経った。ベアータ中尉のおかげで俺たちのパイロットとしての技量はめきめき成長している。特に成長著しいのはクリストフだ。操縦の反応速度は以前とは雲泥の差がある。まさにプロジェクトの第二の成功例としてクリストフはもてはやされている。

 プロジェクトは次なる段階としてシミュレーターではなく実機による運用のフェーズに入ることになった。


「これがクリストフとサンドラの専用機か。」

 シミュレーターでは見慣れた白い『ヘーニル』が目の前にあった。コードネームは『ローズル』らしい。なんでも以前のプロジェクトで使用されていたが、プロジェクトが中止となったときにサンドラともども運用を凍結されて、倉庫の片隅に眠っていたとのことだ。今回のプロジェクトが実機による運用のフェーズに移るにあたって再整備された。隣には俺とヴァレリーの専用機である『ヘーニル』があり、更にその隣には青く塗装された『クロウ』が鎮座していた。青い『クロウ』はベアータ中尉の専用機とのことだ。

「自分専用機があるというのは何だか不思議な気分だな。」

 クリストフは感無量と言った感じだ。US軍では専用機は隊長機ぐらいで、あとの機体はその日のシフト・ローテーションで決まる。つまり軍に入ったとしてもしばらくは持つことが叶わない専用機を手に入れたことになるのだ。

「私は乗り慣れた『クロウ』で助かるわ。」

 ベアータ中尉はずっと『クロウ』に乗っていたらしい。隊長だったこともあるので専用機もあったようだ。ただカスタマイズは肩装甲に色を塗るか、マークを入れるぐらいしか許されていなかったらしく、今回は月面基地軍との差別化のため、全身を塗ることが許可されたので好きな青色したらしい。大変ご満悦だ。


「飛行許可は取ってあるから慣らし運転をしてくるといい。」

「了解です。」

 ベアータ中尉は今にも踊りださんばかりの足取りで青い『クロウ』に向かっていった。中尉でも専用機はうれしいのかもしれない。俺たちもそれぞれの機体に搭乗した。

 格納庫からハッチを潜り月面に出るためのエレベーターに乗った。前回も乗ったが3機なら余裕で乗れる広さがある。

《初めての実機で緊張するなぁ。》

 緊張の欠片もない声色でクリストフが言った。

《グレード10にしては十分なシミュレーション時間よ。グレード11になれば練習機に乗って月面に出るわ。》

 来年から実機での実習が始まるのか。覚えておこう。話している間に月面に到着した。

《先行します。ついてきて。》

「「了解」」

 『クロウ』は月面を軽く蹴るとそのまま緩やかに上昇して行った。俺とクリストフもそれに続く。さほど速度を出さずに月面上空を飛ぶ。シミュレーターでもわかっていたが高低差は結構ある。

 街の方向に目を向けると遠くには輸送船が見えた。養父さんたちは元気にしているだろうか。たまに通信端末からメッセージを送っているが、ルナ・ラグランジュ・ポイント2は月の裏側にあるのでリアルタイムな通信は難しい。今日帰ったらメッセージを送ろう。


 そう考えていたとき警告音が鳴った。

「3時方向に何か居ます。友軍の識別信号ありません。」

 ヴァレリーから報告が入る。

《『ローズル』でも確認した。》

《『クロウ』では引っ掛からないわね。接近する。》

「了解。」

 俺たちは3時方向へ向かった。

「ヴァレリー。武装チェック。」

「通常弾24発とプラズマ・ブレードです。」

 標準装備だ。他の2機も同じだろう。

《『クロウ』でも確認した。友軍じゃない。月面基地に入電し、指示を仰ぐ。それまでこの距離で待機。》

《了解。》

「了解。」

 距離を保ちながら周回運動に切り替える。一度止まってしまうと即座に動けないため距離が近づきすぎないように楕円を描きながら待機する。

《月面基地から友軍が来る。それまで監視体制に入る。》

「了解。」

 その時警告音が鳴った。

《回避!》

 所属不明機からの射撃だ。これで敵機なことは確定した。射線が3つあったので3機だな。月面の裏側には人民軍の基地がある。取り決めでは中間線からお互いに30マイルをDMZとして定めている。敵機はDMZを大幅に超え、こちら側に侵入していることになる。こいつは結構な大事だぞ。

《中尉。どうしますか。》

《足止めはしたいが・・・。》

 クリストフは初陣と言ってもいい。逃したくはないが無理は禁物だ。月面部隊が来るのにまだ時間は掛かる。

《応戦する。相手が引くなら追撃はなしだ。》

「了解。」


 しかしこちらが応戦すると相手は更に撃ってきた。強気だな。こちらは月面基地の部隊が来るまで粘るだけだけどな。すると相手は前に出てきた。

《後退しながら応戦する。》

「了解。」

 相手が前に出る分、こちらは後退する。このまま行けば余裕だろう。そう思われた時だった。さらに警告音が鳴った。

「敵機の背後から更に6機の反応。増援と思われます。」

 これがあったから強気に前に出てきたのか。しかも数が多い。

「中尉。敵の増援です。数は6。」

《なるほど。引かない訳ね。2人は全力で後退し、月面基地部隊と合流しなさい。私は殿をします。》

 無茶だ。いくらベアータ中尉が凄腕とは言え、9対1では話にならない。

「中尉。殿をやらせて下さい。」

 『ヘーニル』の性能とヴァレリーが居ればなんとかできるかもしれない。

《駄目よ。》

「速度は『ヘーニル』の方が出ます。その方が生存確率が上がります。」

《それでもよ。》

 ベアータ中尉は隊長としての責務を果たそうとしている。例え幼い子供が居たとしても軍人としての矜持がそれを許さない。しかしそれは自殺行為だ。もたもたしていると敵機が合流してしまう。そうなればベアータ中尉の生存率が更に下がってしまう。まだ敵機は3機なのだ。俺は『へーニル』の加速を始めた。続いてクリストフも加速を始める。徐々に『クロウ』との距離が開いて行く。上官の命令を聞く。それは軍人としては正しい行為なのだ。俺は自分に言い聞かせた。


「ヴァレリー。敵機が合流するまで何分ある?」

「2分ありません。」

 2分か…。しかし軍人として正しいことは人として正しいとは限らない。

「ヴァレリー。プラズマ・ブレード準備。」

 『ヘーニル』がプラズマ・ブレードを抜く。

《グレン! 何をするつもり!》

「懲罰は受けます。」

 そう言うと俺は方向を転換し、一直線に敵機に向かった。急激な加速によって掛かる重力を歯を食いしばり耐える。敵機は即座に撃ってきた。射線は3つだが逃げ場はある。俺は身体を捻るように弾を避ける。この速度だ。かすっても大ダメージとなる。2射目も避けてその勢いで一番近い敵機を切り付けた。

ガンッ

 腕に衝撃が来た。敵機のどこかは切ったはずだ。そのまま月面を蹴り、速度をできるだけ殺さないように激突を避ける。他の2機から弾を避け、こちらも近い方に向って撃つ。俺の左目の中に照準が浮かんでいる。さすがヴァレリー。照準の中に敵機が入った瞬間に引き金引く。弾が命中した敵機は腕を失いながら後ろへ倒れて行った。

 最後の一機の射撃を避けながら肉薄する。自分が避けられるギリギリの距離で一発を避け、一気に距離を詰めて次弾が来る前にプラズマ・ブレードを振るった。

 再び腕に衝撃があった。俺は後方を警戒しながら2人の元へ飛んだ。どうやら追撃はない。あとは6機から逃げきれるかだ。すると進行方向から反応があった。味方だ。

《こちら実験部隊。敵機6機に追われている。こちらはもう推進剤がない。》

《了解。あとはこちらに任せて月面基地へ帰還されたし。》

《了解。感謝する。》

 なんとか危機は脱することができたようだ。

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