進路編6
翌日、学校に課題の提出だけを行うために登校した。午後からの軍との会合に備えるためだ。とは言っても俺は軍が持ってくる書類に承認をするだけだろう。
そして午後にはドーソン准将の名代として、エラルド少佐なる人がお付きを3名連れてやってきた。会合は1階の会社応接室で行われた。部屋には6名が座り、1名は部屋の外で待機している。
エラルド少佐は歳の頃は30代ぐらいで40歳は行ってないだろう。髪はオールバックできっちりと固めており、仕事できそうオーラが漂っていた。
まずは俺の士官学校への転校の話となった。待遇についてはキム先生から聞いていた話通りだった。給料の提示がされてその金額にびっくりした。少尉ってこんなに貰ってるんだな。俺レベルが会社務めをしても貰えそうにない給料だった。契約書ファイルを提示され認証を求められた。
俺は準備していた認証デバイスを指紋認証と虹彩認証で起動させると契約書に対して了承の認証を行った。保証人の養父さんも認証デバイスを起動し了承の認証を行った。これで俺は晴れて軍人となった。
あとは『タロース』とヴァレリーの所有権の移譲だ。これは正式に届けを行っていなかったので、まず『タロース』とヴァレリーのデプリ取得申請から行う必要があった。これについては『タロース』をそのままスペース・トルーパーとして申請するといろいろと問題があるため、軍と共謀してジャンクとして申請し軍に売却する手続きを行った。真っ当に申請すると問題が大きくなりすぎるので苦肉の策だ。 こちらについても今まで聞いていた値段よりは上の値段が提示された。これには養父さんも一応納得はしたようで、認証デバイスを起動し売買契約書に了承の認証を行った。これで『タロース』もヴァレリーも軍に戻った事になる。そして俺は明後日の朝に軍基地への出頭を命じられた。月へ移動するためだ。荷物もそんなに持って行けないようだ。諸注意のファイルを渡された。その日は月へ行くための荷造りに追われた。
翌日学校へ行く前にダニーとネイトに昼食を一緒に食べようとメッセージを送っておいた。午前中は運動場で運動をし、正午に食堂で2人に落ち合った。
「二人には大事な話がある。」
開口一番俺が2人に畏まった態度で言うと
「どうした?女を妊娠させて結婚でもするのか?」
と軽くダニーが冗談を飛ばしてきた。
「いや、士官学校へ転校することになった。」
「は?」
「おい、なんかヤバいクスリでもキめてるんじゃないだろうな?」
冗談に冗談で返されたと思ったのだろう。残念ながら俺は大真面目だ。俺は辞令ファイルを呼び出して2人に見せた。
「おいおい、公文書偽造は犯罪だぞ。」
ダニーはまだ冗談を続けるのかと言う態度だ。そして文書に付いている軍の認証マークの詳細を確認した。
「マジかよ…。」
認証マークが本物であることを確認し二人は言葉を失った。
「そういうわけで1年とちょっとだったけど楽しかったぜ。」
「いやいや、どういう経緯を辿ったらそうなるんだよ。士官学校なんて超エリートだぜ?」
「それについてはあふれ出る才能のせいとしか…。操縦技術を買われてスカウトされた。グレック先生は退役軍人だって言ってただろ。」
グレック先生万能説。
「そんなことってあるんだな。」
「本当にな。初めて聞いたぜ。」
事例はないってヴァレリーも言ってたけどな。
「士官学校って月だろ。いつ行くんだ。」
「明日。」
俺がしれっと答えると、
「急すぎんだろ!?」
「わけわかんねぇ。」
と2人が言い出した。
「命令なんでな。仕方ないさ。」
「よし、じゃあ送別会だ。好きなデザートを奢ってやる。」
急遽3人での送別会となった。やっぱりこいつら良い奴らだ。里帰りで帰ってきたらご飯でも奢ってやろう。
こうして俺の高校生活は終わりを告げた。
翌朝俺はリニアを使い軍基地へとやってきた。受付AIにエラルド少佐の名前を出すとキム先生とグレック先生がやってきた。
「先生たちも月に行くんですか?」
「まさか。子守は今日で終わりだよ。月でも頑張ってくれ。」
「私も出向解除で原隊復帰することになったわ。」
キム先生は元々守備隊の一員だったらしい。今回の件で出向扱いで諜報部付けで仕事をすることになったそうだ。おそらくヴァレリーの関係者だったからかな?今後は守備隊に戻るようだ。グレック先生は元々諜報部なので別の案件に回されるそうだ。
雑談をしているうちに乗船する駆逐艦に着いた。乗降口の前に見慣れた制服風の格好をしたヴァレリーが立っていた。
「グレン。久しぶりですね。」
「ヴァレリー、久しぶり。」
ヴァレリーは困った奴を見るような顔をしていたが少し嬉しそうだ。
「月までの案内を仰せつかっています。」
「そうか。頼むよ。」
「グレン君、俺たちの見送りはここまでだ。月でも頑張ってくれ。」
グレック先生が握手を求めて手を差し出してきたので固く握手する。グレック先生には色々とお世話になった。
「ヴァレリーのことをよろしく頼みます。」
キム先生はそう言って手を差し出してきた。
「はい。任せて下さい。」
そう言って俺はキム先生と握手した。俺とヴァレリーは駆逐艦に乗り込んだ。ヴァレリーは俺を個室へと案内した。かなり狭いが一人部屋なのでいい待遇なのだろう。部屋に着くとヴァレリーが
「グレン。巻き込んでしまってすみません。」
と手を握って謝ってきた。相変わらずヴァレリーの手はあまり温かくない。
「ヴァレリーには最初に謝って貰ってるよ。同じ台詞で。」
「あれは今の状況を謝ったわけじゃないですよ。宙賊との戦闘の話です。」
「そうかい?まぁ人民軍に家族を狙われる可能性があるのなら仕方ないよ。」
「はい。」
「それにね。一番の理由はヴァレリーのことが心配だったからだよ。」
「え?」
ヴァレリーは理解できないと言う顔をした。
「軍に居場所がなくなったら困るだろうなと思ってね。」
「そんな…。私は戦術AIですよ?」
「ヴァレリーと過ごしているとAIと人間の差ってなんだろうなと思ってね。俺にはヴァレリーが嬉しかったり、悲しかったりしていることが俺らと変わらないようにしか見えなくてね。そう思ったら人間との差なんてないんじゃないかと思ったんだよ。」
ヴァレリーの表情はあっけに取られた顔をしていた。
「俺は居場所を失い掛けた時、祖母や養父母によくして貰って作って貰えた。でもヴァレリーにはそんな人が居なくて一人ぼっちに見えたんだよ。」
「そんな…。でも私は戦術AIで…。」
「だから俺は差はないって思ってるよ。今まで受けた恩をちょうど困っている子に向けた。それだけだよ。」
ヴァレリーはあっけに取られた表情からこれ以上ないという笑顔になった。それがあまりに奇麗で、俺はこの笑顔を見るために軍人になる選択をしたのかもしれないなと思った。




