邂逅編2
スペース・トルーパーは、床面に仰向けに寝かされている状態で固定している。コックピットハッチは腹部にあるので、仰向けにしたのだ。スペース・トルーパーからは低い駆動音が聞こえている。宇宙空間で無限に電力を生成できるDドライブが生きているのだ。故障がなければコックピットハッチを開けることもできるはずである。
「こういうものは、ハッチの側にスイッチがあるもんだろ。」
船長が言うのでハッチの側を皆で探したが、それらしい物は見つからなかった。民生品と兵器との違いだろうか。どうやって開けようかと皆で思案しているとハッチが開き始めた。
「パイロットが生きてたのか・・・。」
トニーはほっと胸を撫で下ろしたようだった。あんなことを言っていても死体を見るのは嫌だったのだろう。
中から出てきたのは、明るい金髪を肩に掛からないぐらいのミディアムヘアーにした女性だった。恐らく軍服であろう藍を基調とした制服を身に着けていた。その顔を見てその場の全員が息を飲んだ。大きな眼ははっきりした二重で瞳の色はアイスブルー。鼻筋も通っていてその下には調和のとれた唇があった。肌も白くシミひとつない。目が大きいせいか顔は幼い印象であるが、20代中頃に思える。俺はその美貌に固まってしまった。
「私はUS軍所属の戦術AIです。救助を感謝します。」
きれいな声だった。それでいて軍属らしい力強さも感じる声だ。
「やはりガイノイドか・・・。」
他の船員達はその美しすぎる容姿で正体がわかっていたようだ。
「肯定です。」
なるほど、ガイノイド<女性型ロボット>であれば、これほどの美女も納得できる。俺は未成年なので見慣れていないが、他の船員達は風俗店などで見慣れているのだろう。
「パイロットは居ないのですか?」
AIは決定権を持たない。人間をサポートするための存在だからだ。AIだけではスペース・トルーパーの操縦はできずパイロットとして人間が必要になる。逆もまた然りで、スペース・トルーパーほど複雑な機械はAIの補助なしではとても動かすことはできない。またこれは初期AIが誕生した時に発生した問題も絡んでいるとされている。それはAIがミスした時の責任の所在をどこに求めるのかと言う問題である。結局はAIに責任を押し付けないために人間が決定権を持つ必要があるとされているのである。また本当か嘘か定かではないがAIが人間に叛乱しないためと言う説も実しやかに囁かれている。実際AIは人間へ危害を加えないように制約もされている。ともあれ兵器であるスペース・トルーパーを操縦するためにはパイロットたる人間が必要なのである。
「はい。この機体は推進剤が尽きてしまったため、僚機に乗ってパイロットは脱出しました。」
パイロットは機体とAIを置いて脱出したらしい。コックピットを覗き込むとそれほど広くはない。僚機が同型機だったとしたら、パイロットを一人乗せるだけでも手狭になる。AIまで救出するのは難しいかもしれない。
ガイノイドから話を聞いていると急に通信機が鳴動した。船長が通信に応答する。
「どうしたんだ。今取り込んでるんだが。」
《船長! 至急ブリッジまで戻ってくれ。見てもらいたいものがある。》
「わかった。」
船長がブリッジに行こうとしたが、トニーが
「このガイノイドはどうします?」
と聞くと少し考えて
「そうだな・・・。一旦全員でブリッジに行こう。」
と言うことになった。俺たち4人と1体はブリッジへと移動することとなった。
ブリッジに到着するなり監視業務をしていたニックが、
「レーダーに怪しい船影があるんです。」
と言い出した。
「どれだ?」
「これです。」
皆が正面にある大型ディスプレイを見る。『エーリュシオン』から見て5時方向から高速で迫ってくる船影があった。キャプテンシートに座ったジェイクが、
「2ヶ月前にこの辺りでの宙賊情報が出てます。」
「本当か?!」
ブリッジは色めき立った。宙賊の由来は遥か昔の地球にあった大航海時代の海賊に由来すると言われている。宇宙空間での強盗行為を行う集団だから宙賊。
「更に速度を上げるため加速しよう。」
船長は即座に決断した。貧乏なうちの会社には護衛はいない。戦える武器もないので速度で振り切るしかないのだ。
「残推進剤量から加速と停止分の推進剤量を割り出せ!目いっぱい使ってもいい!」
「了解!」
さっそくジェイクとニックは作業に取り掛かった。
「一旦停止しちまったのが痛いな・・・。」
船長がぽつりと呟いた。トニーが何かを思いついたような顔をしてガイノイドを見た。
「まさかお前は宙賊の仲間?!」
ブリッジはまたも色めきだった。
「彼らとの関連性はありません。」
「あまりにタイミングが良過ぎないか。」
トニーにそう言われてガイノイドは考え込むような表情をした。その表情と仕草が人間味があったことに感心した。このガイノイドは途轍もない高級機なのではないだろうか。
「困りました。証明する手段がありませんね。」
今度は困ったような顔をしていた。そしてトニーの方を向いてとんでもないことを言い出した。
「身の潔白を証明するのはスペース・トルーパーで宙賊を撃退することが一番だと考えました。どうでしょうか。」
今度はこちらがびっくりする番だ。漂流していたスペース・トルーパーが戦えるのだろうか?
「できるのか?」
トニーが訝しげに聞いた。
「武装には問題ありません。問題点は推進剤とパイロットです。」
「この船の推進剤は使えないだろう?」
「船外作業機のものが使用できます。」
「わかった。手配しよう。」
「あとはパイロットが必要ですね。イメージフィードバック手術を受けておられる方は居ますか?」
皆は顔を見合わせた。この船では全員が手術を受けている。イメージフィードバック手術とはナノマシンを注入する手術で、ナノマシンの仲介により思考で機械を動かすことができるようにするポピュラーなマンマシーンインターフェイスだ。先ほどの船外機の操縦もトニーはイメージフィードバックシステムを使用して行っていた。
「じゃあ俺がパイロットになる。」
とトニーが手を挙げた。ガイノイドはトニーの方を見て聞いた。
「イメージフィードバック手術は何年前に受けておられますか?」
「10年以上前だな。」
「10年ですか・・・。それだと操縦は難しいかもしれません。」
「え?そうなのか?」
「スペース・トルーパーは特殊なのです。できれば2年以内が望ましいですね。」 どうやら手術を受けて2年以内にスペース・トルーパーを操縦したことがなければ行けないようだ。船員はベテランばかりなのでトニーより後に手術を受けた者は居ないだろう。下っ端の俺を除けば。
「じゃあ俺なら行けますね。」
俺は手を挙げながら応えた。手術は2ヶ月ほど前に受けたばかりだ。ガイノイドがこちらをじっと見つめてくる。
「いつ受けましたか?」
「2ヶ月前。」
「それなら大丈夫です。」
「おい、グレン!危険なんだぞ!」
トニーが慌てて止めに入った。
「危険なのはトニーだってそうでしょ。」
「それはそうだが・・・。」
トニーは図星を刺されて言い淀んだ。
「人を殺すことになるかもしれないし、お前だって死ぬことになるかもしれないんだぞ。覚悟はあるのか?」
今度は船長が渋い顔で言った。
「座して死ぬよりはマシでしょ。」
俺は殊更なんでもないことのように言った。
「死ぬとは限らない。恐らくランチに全員放り込まれてコロニー方面には開放されるはずだ。」
宙賊はできるだけ命は取らず、金品だけを奪うようにする。もしも捕まった場合に格段に罪の重さが違うからだ。命を奪っていた場合、ほぼ塀の外へ出ることはできないが、強盗だけであれば大分と罪が軽くなる。しかし生き残られると情報が出回り今度は自分達が捕らえられる可能性が上がってしまう。そこで必要最低限の水や食料を与えて船長が言った通り脱出艇であるランチに放り込まれて開放はされる。だがそれで無事にコロニーに帰れるとは限らない。救難信号を拾って貰い助かる可能性もあるが、五分五分といったところだろう。だから宙賊は消極的殺人としてこの方法を使う。生き残れるよう開放したが運がなかったと言い訳できるように。
ブリッジは沈黙が支配した。皆が渋い表情で何かこの危機を回避する方法を考えている。どれぐらい時間が経っただろうか。船長が深いため息を吐き、俺を見ながら
「本当にいいんだな。」
と念を押した。他に妙案は浮かばなかったようだ。皆も神妙な顔をしている。若い俺を危険に晒すことに後ろめたさを感じているのだろう。だが無抵抗で殺されるぐらいなら俺は抵抗を選びたい。
「失敗しても怒らないで下さいよ。なにしろスペース・トルーパーは初めて乗るんで。」
俺はこの上なくノー天気に答えた。船長は目を瞑りため息を一つ吐いて
「よし!じゃあ準備するぞ。時間がない。」
自身に発破を掛けるように俺の出撃を決断した。そして船長はガイノイドに向かって聞いた。
「あー、あんたはなんて呼べばいいんだ?」
「ガイノイドでもAIでもお好きにお呼び下さい。」
確かにガイノイドは、この場に1体しか居ないので通じると言えば通じるが、
「呼び難いんだ。名称的なものはないのか?愛称とかコードネームとか。」
そうするとガイノイドは少し考えるような素振りをして
「そうですね。以前はヴァレリーと呼ばれていました。」
「そうか。じゃあヴァレリー、俺たちがどうすればいいか提案をくれ。」
と今後の方針を聞き出した。
「私は準備があるのでパイロットの・・・。お名前は?」
ヴァレリーが俺の方を見ながら尋ねてきた。
「グレンだ。」
「グレンとコックピットに搭乗します。他の方で推進剤の準備をして下さい。補給口はこちらでお教えします。」
「わかった。グレンは船外服を着てコックピットだ。ジェイク、テッド、トニーで推進剤を準備してくれ。」
「了解。」
「では掛かれ!」
こうして俺の初陣が決まった。