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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編16

 俺たちとアリア大尉たちはUS本土に向かうため、連絡船に乗って『リング』へとやってきた。そこから『リング』を走るリニアに乗り、ガラパゴス諸島が基底部となっている軌道エレベーターへと移動した。次に『クライマー』に乗り、軌道エレベーターを下って<マンホーム>へと到着した。ここまで『ウデュジャーザ』を出てから4日ほどの旅程だ。最後にガラパゴスの空港から飛行機で移動し、俺たちは無事US本土を踏むことができた。

 俺とヴァレリーは『イーンスラ』の旅券でUSへと入国したが、特に咎められるようなことはなかった。今はまだ見逃されているのだろうか?そうであるならばありがたい。何しろアリサ大尉は幼子を連れての旅行だ。俺たちのサポートが無ければこの旅行が大変だったであろうことは、この数日で思い知らされた。

 ダレス国際空港に降りた俺たちは、まず私生児となっているフィリップの戸籍の変更手続きを行った。時間が掛かる事も覚悟していたが、意外と手続きはすんなりと終わりフィリップの父親をフリードリヒ大尉にすることが出来た。

「これで<マンホーム>での用事は完了ですかね?」

 昼下がりのカフェで食事をしながら俺はアリサ大尉に尋ねた。

「もう1つ付き合って欲しい事があるの。」

 フィリップに離乳食を食べさせながらアリサ大尉はすまなさそうな顔で言った。

「何の用事ですか?」

「フリードリヒのお父様に会いに行こうと思っているの。」

 アリサ大尉の答えは結構重めの用事であった。確かフリーリヒ大尉は《コンスタンツ》で実家には20年以上帰っていないと言っていたはずだ。他にも母親が亡くっていると聞いた記憶もあった。悲しい内容話であるが、俺はフリードリヒ大尉の話を覚えていたことが少し嬉しかった。

「いきなり訪ねて行って大丈夫ですかね?」

 長年音信不通だった息子が死んで、その妻と息子ですと言っても信じて貰えない可能性は高そうだ。まず真っ先に詐欺だと疑うだろう。

「それについては証拠を預かってるわ。他にも遺言映像もあるから大丈夫だと思う…。」

 アリサ大尉は寂しそうな笑顔でそう言うと鞄の中から何かを取り出し机に置いた。

「…。ネックレスですか?」

 机の上に置かれたそれは鈍い銀色をしており、長めのチェーンが付いていた。それで俺はネックレスではないかと推測した。だがチャーム部分は、かなり大きくて見たことが無いデザインであった。古いデザインであるようにも見受けられる。アンティークだろうか?

「ロケットペンダントと言うそうよ。チャームの中に写真が入っているわ。」

 写真を入れるためにこんなに大きなチャームである必要があるのだろうか?

「見ても良いですか?」

「どうぞ。」

 俺はペンダントを手に取るとチャームに映像が出るスイッチを探した。色々と探ってみると、どうやらチャームに蓋のような物が付いているようだ。俺はそれを開いてみた。しかしそこにも期待したスイッチはなく紙に印刷された小さな写真が入っていた。印刷された写真なんて古い展示パネルぐらいでしか見たことがない。こんなものが入っているならチャームの大きさも理解できた。

 そこには夫婦と見られる男女と1人の子供が写っていた。子供はフリードリヒ大尉だろう。面影がある。すると男女がフリードリヒ大尉の両親なのだろう。

 珍しいアンティークだ。確かにこんな物を持っている人間は限られる。このロケットペンダントの事をフリードリヒ大尉の父親が知っていれば、俺たちの事を信用してくれる有力な証拠となりそうだ。

「なるほど。こんなものが…。これなら信じて貰えそうですね。それに大尉の戦死報告は俺からした方が良いでしょう。」

 元軍属とは言えアリサ大尉は技術士官だった。元部下で死が身近であった俺から話をした方が話もスムーズに進むだろう。それにフィリップを連れているアリサ大尉にはあまり負担を背負わせたくはない。体調でも崩されたら大変な事になる。

「ありがとう。助かるわ。」


 俺たちは翌日にDCを離れてニューヨーク州へと移動することにした。フリードリヒ大尉の実家は五大湖に近いニューヨーク州の小さな都市だ。空路でフリードリヒ大尉の実家近くの空港まで移動し、その後はエレカーを使って移動した。

 アリサ大尉がエレカーを停めた先は一軒の何の変哲もない家だった。USでよく見る一般的な一軒家だ。どうやらここがフリードリヒ大尉の実家のようだ。俺は古めかしいインターホーンを鳴らした。

《どちら様?》

 スピーカーから男性の声が返ったきた。

「フリードリヒさんの事についてお話があります。」

 俺はそう言うとアリサ大尉から預かった証拠のロケットペンダントをカメラに向けた。

 長い沈黙のあとガチャリとドアのロックが外れ、扉の向こうから男性が現れた。

「どうぞ。入って下さい。」

 俺たちはサンルームへと通された。家には他の人間の気配はない。どうやら一人で暮らしているようだ。部屋は男性の一人暮らしとは思えないほど片付いていて、家主の几帳面さを表しているようだった。

「俺はグレンと言います。元US軍の軍人で、フリードリヒ大尉とは同じ部隊に居ました。こちらはアリサ。フリードリヒ大尉の奥様です。隣の子供が息子のフィリップになります。」

 フリードリヒ大尉の父親は順に顔を見て行くとフィリップで視線を止めた。フィリップは視線に気づいたのか恥ずかしがって母親であるアリサ大尉に抱き着いた。緊張の面持ちのフリードリヒ大尉の父親の表情が少し緩んだ気がした。

「どうぞ。お座り下さい。」

 俺たちは勧められた席へと座った。フリードリヒ大尉の父親も机を挟んで向かい側へと腰を下ろした。

「単刀直入に用件をお伝えします。フリードリヒ大尉は残念ながら先の戦闘で亡くられました。」

 俺は戦死報告の作法に従い、淡々と事実を述べると端末に表示されたフリードリヒ大尉の死亡報告書をフリードリヒ大尉の父親に見せた。父親は表情なくじっとその報告書を見ている。

「本来は現役の軍属が説明に来るべきですが、フリードリヒ大尉の最期の任務の特殊性により俺が来ることになりました。ご容赦下さい。」

 俺の説明に対してフリードリヒ大尉の父親は頷くだけで反応が薄かった。

「あとこちらにフリードリヒ大尉から貴方に宛てたメッセージが入っています。」

 そう言って俺は父親の方へ記憶媒体を差し出した。俺は見ていないが、アリサ大尉曰く父親に宛てた遺言映像とのことだ。そしてその隣にロケットペンダントも置いた。しばらくの沈黙の後、フリードリヒ大尉の父親が口を開いた。

「あいつは軍で上手くやって居たのでしょうか?」

 フリードリヒ大尉は20年実家に帰っていないと言っていた。連絡ぐらいは取っていたかもしれないが、セイズ計画以後は秘密任務と言っていい内容に就いていたので、連絡もままならなかっただろう。なんとなく自分の今後の境遇を考えると似たような状況になるのではと思い、少し寂しい気持ちになった。

「大尉と言う階級は、軍の中でも責任ある階級になります。俺にとっては頼れる上官であり、良い兄貴分でした。命を助けられた事も何度もあります。」

「そうですか。」

 場の空気は重い。戦死報告であるので仕方がないが、フリードリヒ大尉の父親に表情が余りなく、感情が読み取れないのもその一因だろう。もしかするとフリードリヒ大尉の事を勘当し、もう息子とも思っていないのかもしれない。

 フリードリヒ大尉の父親はゆっくりとロケットペンダントを掴むとチャームを開いた。暫くすると目から一筋の涙が零れた。

 それを見て俺は思い違いに気が付いた。フリードリヒ大尉の父親は息子に対して冷酷なのではなく、長い間音信不通だった息子の死に現実感がなかったのではないだろうか。そして小さかった頃の息子の姿を見て感情が追いついてきたのではないだろうか。

 涙を流す祖父を見てフィリップは抱っこされた母親の腕から机へとよじ登るとフリードリヒ大尉の父親の頭を触って

「痛いの?痛いの。飛んでいけ~。」

と言った。フィリップは祖父の心の痛さを感じ取ったのかもしれない。その涙は間違いなくフリードリヒ大尉のために流した涙だ。次の瞬間にはフリードリヒ大尉の父親はフィリップを抱きしめると声を出して泣き始めた。俺たちはただそれを見守ることしかできなかった。フィリップだけはずっと祖父の頭を撫でていた。



「グレン。何しているの?」

 横からアリサ大尉の声がした。あの後、夜遅くなった事もあり、俺たちはフリードリヒ大尉の実家に泊めて貰う事になった。

「星を見ていました。」

 宛がわれた2階の部屋から出たベランダの外で俺はヴァレリーと共に夜空を眺めていた。このベランダは俺の隣の部屋を宛がわれたアリサ大尉の部屋とも繋がっている。

「宇宙とは見え方が違うものね。でも外は冷えるでしょう。はい。これ。」

 そう言うとアリサ大尉は俺にマグカップを手渡してきた。マグカップからは香ばしい香りが立ち昇っている。

「いただきます。」

 マグカップの中は星空よりも黒い液体が並々と入っていた。マグカップにそっと口をつけてブラックコーヒーを一口飲んだ。苦みの中に仄かな酸味がある。普段飲んでいるコーヒー飲料とは味がまるで違った。豆から挽いて淹れたものかもしれない。フリードリヒ大尉の父親は良い趣味をお持ちのようだ。

「温まりますね。そう言えばフィリップは?」

「寝たわ。沢山遊んで貰って疲れてたんでしょうね。」

 長旅の疲れと祖父と遊んではしゃいだことで余計疲れたのだろう。

「明日にはここを離れて私の両親の元へ行こうと思っているの。グレンはどうする?」

 俺はヴァレリーの方を見るとヴァレリーが頷いた。

「じゃあ両親の元まで送りますよ。本土に居られるんですよね?」

「ありがとう助かるわ。カリフォルニアだから横断しなければならないけれどね。」

 アリサ大尉には頼りにされているようだ。フリードリヒ大尉の代わりは到底無理だが、少しでもお役に立てているなら嬉しい。

「ヴァレリー。手配を頼む。」

「了解しました。」

 移動についてはヴァレリーに任せておけば問題ない。

「グレンは私を送ってくれたあとどうするの?」

「そうですね。当面の目標は体を治す事ですね。」

 星を見ながらヴァレリーと今後の事を検討していた。今後の事も考えてまずは体を治す方向に傾いていた。

「そうね。それが良いわ。火星圏へ行く気?」

「はい…。」

 ヴァレリー曰く、今の俺の体は非常に危うい状態らしい。イメージ・フィードバック・システムを使うだけで脳にダメージを受けるかもしれないとの事だ。航宙にイメージ・フィードバックは必須の技能だ。今後も宇宙で生きていく事を考えれば、その状態は解消しておくべきだろう。

 そして体を治す事を最優先にするならば、悔しいがクスタヴィの言葉通り『ノーヴィ・チェレポヴェツ』へ行くべきだろう。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の住人が全員ナノマシン強化処理を受けている以上、データが集まる量が尋常ではないからだ。一番研究が進んでいる場所だと言っても過言ではないだろう。

 だが全てクスタヴィの言いなりになる必要はない。亡命して完全に火星圏側に付いてしまうのは道理にもとる。だからまずは火星圏への輸送船団に乗り込んで、異邦人として火星圏に入ろうと考えていた。

「火星は遠いわね。フィリップも寂しがるだろうけど、仕方ないわね。」

「体を治したら戻って来ますよ。」

「絶対よ!戻ってきたら必ず連絡してね。会いに行くから。」

 アリサ大尉は俺の方を向いて力強くそう言った。

「はい。必ず。」

 俺はアリサ大尉と約束を交わした。そして何年経っても必ず地球圏へと帰って来ようと心に決めた。それに俺には義両親が地球圏に居る。今日のフリードリヒ大尉の父親を見て、孝行しなければならないとも考えていた。

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