星の海編14
1話分飛ばして掲載していました。申し訳ありません。
本来の「星の海編14」を掲載します。
「グレン。私が誰かわかりますか?」
目が覚めてすぐに美しい顔が俺を覗き込んできた。状況はいまいち飲み込めない。辺りを見回すとどうやら『ロンバルディア』の医務室のようだ。俺は医務室のベッドに横たわっており、腕には栄養剤の点滴の管が繋がっていた。
「ヴァレリー…。」
俺は普通に名前を呼んだつもりだったが、その声は酷く掠れていた。どうやら長く眠っていたらしい。ヴァレリーが飲み物のパウチを開けて俺の口元へと運んでくれた。
「記憶が残っていて良かったです。ナノマシンでは傷は治せても記憶は取り戻せませんから…。」
段々と状況を思い出してきた。俺はリミッター解除の影響で脳にダメージを負っていたのだった。確か眠る前は割れるように頭が痛かったはずだ。だが今はまったく痛みはない。
「とりあえずヴァレリーと両親、あと義両親のことも覚えているな。」
名前や顔、その他の思い出も思い浮かんできた。欠けた記憶もあるかもしれないが、それは日常生活を送っていてもあることだ。とりあえず俺が大切だと思える存在を覚えていられたことにほっと胸を撫でおろした。
「この記憶は失いたくないな…。」
だが同時に両親たちを忘れてしまう可能性があったことに恐怖した。『イーンスラ』のパイロットたちのように名前だけでなく顔までも忘れてしまえば、会う事のない両親とは永遠の別れとなってしまうだろう。
もし義両親と再会したとしても俺が義両親のことを忘れていたら、さぞかしショックを受けることだろう。義両親を悲しませる事もできれば避けたい。
「グレン。それならばもうスペース・トルーパーには乗らないで下さい。」
ヴァレリーの表情は真剣そのものだ。しかしその表情には寂しさが見て取れた。俺はその表情の意味を悟った。
「そうか…。そうなるか…。」
リミッターを再び設定したとしても、パイロットを続ける以上リミッター解除を行う場面は訪れるだろう。そうなった場合、俺は記憶を失うか命を失うかの二択を迫られるのだ。記憶を失いたくなければスペース・トルーパーを降りるしかない。そしてそれは戦術AIであるヴァレリーとの別れを意味していた。
「お取込み中のところすまないが、少し良いか。」
そこへガストーネ中佐が入ってきた。俺が体を起こそうとすると
「そのままで良い。楽にしてくれ。」
と制してきた。どうやら俺は余程酷い状況で医務室まで運ばれてきたようだ。
「どうしたんでしょうか。中佐。」
俺はわざわざ中佐が医務室まで足を運んだ理由を尋ねた。
「すぐに伝えなければならないことがあってな。グレンが目覚めたらヴァレリーに連絡するように言ってあったのだ。」
余程危急かつ対面で伝えなければならないような用件なようだ。俺は中佐に先を促した。
「『バルバロッサ』はUS宇宙軍への復帰する。グレン。君がどうするかが知りたい。」
「US軍への復帰ですか?『バルバロッサ』は脱走兵扱いなのではないのですか?」
『バルバロッサ』のメンバーは、『コンスタンツ』から脱出後に軍に戻らずに出奔している。その為脱走兵扱いとなっているのだ。
「勿論そこは復帰への条件として無罪放免となった。グレンも復帰するならばお咎めなしとの言質は取ってある。」
俺は俺で火星圏での戦いの後に出奔している。他にもヴァレリーの横領など『バルバロッサ』のメンバーより俺の罪状の方が重いだろう。無罪放免となるならば悪い条件ではないように思える。
「US軍のメリットはなんですか?」
気になるところはそこだ。軍としては規律よりも重んじなければならないものがあると言う事だ。
「私たちの戦果だな。敵旗艦の撃沈だ。もっとも手柄のほとんどはグレンとフリードリヒ大尉、そしてバーナードのものだがな。」
「っ!フリードリヒ大尉は!」
今の今まで忘れていた。やはり俺の脳はもうダメなのかもしれない。しかしガストーネ中佐の返答は首を横に振るだけだった。脱出や計器の故障などの可能性に期待したが、やはりフリードリヒ大尉は戦死したのだ。
「そう…。ですか…。」
俺は力なく項垂れた。
「グレンはよくやった。責を負うのは作戦を立案した私だ。気に病むな。」
ガストーネ中佐は俺の肩に手を置いた。中佐の優しさが身に染みる。
しかしUS軍が『バルバロッサ』の戦果が欲しいと言う事は、火星艦隊にかなりの損害を負わされたのだろう。『バルバロッサ』を復帰させると言う事は人員補充の意味も兼ねていると思われる。それならば俺の居場所はないだろう。
「俺はパイロットとしてはもう使い物にならないようです。だからUS軍には戻りません。」
「…。わかった。なら一つ頼まれてくれないか?」
「なんでしょうか?」
「私たちはUSの<サークル>へと戻らなければならない。そこでグレンに『ウデュジャーザ』に居るフリードリヒ大尉の細君に大尉の死亡を伝えて欲しい。」
できればやりたくない仕事だ。だが誰かがアリサ大尉にフリードリヒ大尉の最期を伝えなければならない。親密度から言っても俺が一番の適任者だろう。
「わかりました。」
「損な役回りをさせてしまってすまないな。『イーンスラ』軍は『ウデュジャーザ』へと戻るとのことだからあちらの艦艇へ送り届けよう。」
「ありがとうございます。」
とりあえず当面の目的は出来た。気は重いがやるしかない。そしてもう一つやっておかなければならないことがある。
「ヴァレリー。ここでお別れだ。」
ヴァレリーとの別れの挨拶だ。だがヴァレリーは少し怒ったような表情で
「何故ですか?」
と問い返してきた。
「俺はもう記憶を失いたくはない。だから一緒にスペース・トルーパーに乗ることができない。」
スペース・トルーパーに乗れない俺は、戦術AIのヴァレリーと一緒に居る理由がない。
「困りましたね…。私が居ないとグレンが死んでしまいます。」
「えっ?」
ヴァレリーの口から飛び出してきた言葉は予期していない言葉だった。
「グレンが相当無茶をしたので体内のナノマシンの状況は最悪です。」
「そ、そうなのか?」
「生死の境を彷徨っていたからな。」
ガストーネ中佐も同意する。通りで戦闘終了後の体調が最悪だったわけだ。
「はい。落ち着くまでは生命の危険があります。グレン。まだ死にたくないですよね?だから私はもうしばらくグレンと行動を共にします。よろしいですね?」
「はい…。」
有無を言わせぬヴァレリーの圧に押し切られてしまった。
「了解した。その様に取り計らおう。」
中佐は何故か笑っている。何が可笑しいんだろうか?
「よろしくお願い致します。」
ヴァレリーは丁寧に中佐にお礼を言っている。
「では『イーンスラ』艦への移送手続きをしてくる。またあとでな。」
そう言うとガストーネ中佐は医務室から出て行った。その後ラウル曹長やピッポ上等兵たちが代わる代わる見舞いと作戦の労い、そして別れの挨拶をしにきてくれた。
2時間後、俺とヴァレリーとUS軍に復帰をしない一部の者たちは『バルバロッサ』のメンバーに見送られながら、『イーンスラ』艦へと移送された。




