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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編13

「ここは?どこだ?」

 見覚えがある場所だった。正確には思い出せない。モヤが掛かったかのように記憶がはっきりとしない。辺りの豪奢な調度品からすると、どこかの社長の応接室と言ったところだろうか。だが俺は今の今まで宇宙空間で戦闘をしていたはずだ。

「こんにちは。グレン君。」

 後ろから声が聞こえた。その声には聴き覚えがある。振り返ると机があり、その後ろに人影があった。その人物の事は、はっきりと分かった。さっき殺したはずのクスタヴィだ。だが妙に現実感がない。人が居る気配も感じない。

「これは火星圏に居る時にヴァレリーに仕掛けさせて貰った記録映像だ。トリガーは君がヴァレリーと一緒にスペース・トルーパーに乗っていて、かつヴァレリーが僕の死亡を検知できる距離に居ることだ。つまり僕は死んでいる事になる。」

 どうやら俺はヴァレリーを通じて直接脳内に記録映像を見せられているようだ。道理で人の気配がしないはずだ。しかしクスタヴィの言う通りのトリガーならば、クスタヴィは俺に殺される事を予見していたと言う事だろうか?俺はクスタヴィに問いかけようとしたが、記録映像が俺からの質問には応えてくれるはずもなく問いかけるのを止めた。それにしても何故クスタヴィが自分の死をトリガーに俺の映像を残したのだろうか?

「君が僕の敵であるのか味方になっているかはわからないが、目下一番進化した人類の君に伝えておきたい事をヴァレリーに残しておく。」

 クスタヴィは冗談ではなく本気で俺を仲間に引き入れようとしていたようだ。理由は、はっきりしないが【一番進んだ人類】である俺を手元に置いておきたかったのかもしれない。クスタヴィの表情にはあの時の薄い笑みはなく、とても柔和な表情を浮かべていた。

「僕が目指したセイズ計画。つまり地球人類を宇宙と言う環境へ適応させるためにナノマシンを使い、一気に人工進化を目指す試みは残念ながら失敗だったと言える。」

「失敗?」

 思わず声に出して答えてしまったが、当然クスタヴィから返答はない。ただ淡々としゃべり続けるだけだ。

「一足飛びに人類の進化を促せると思っていたが甘かった。現在確認できているレベル3ともなれば4人しか存在しない。目標のレベル6に到達するには、まだまだ時間が必要になるだろう。そして誤算だったのは、既に強化に人体が付いて行けていない事だ。」

 どうやらクスタヴィは、2年前には既にナノマシン強化で人体に害が出ることに気づいていたようだ。

「これについては残念ながらまだ解決の目途は立っていない。サンプル数の増強のために『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の住人全てにナノマシン強化を施したので、いずれは解決できる問題だとは考えている。この問題の解決は君にも有益な情報だろう?」

 俺の肌は泡立った。柔和な表情を浮かべてはいるがやっていることはえげつない。ナノマシン強化に問題がある事を知りながら住人全員に強化を施しているのだ。目的の為には手段を選ばないやり口は、やはりどこかタガが外れているのだろう。

「最後に僕からのお願いだ。どうか『ノーヴィ・チェレポヴェツ』を守って欲しい。」

 一瞬何を言っているのかが理解ができなかった。だがすぐに目的の為には手段を選ばないクスタヴィであれば、別段おかしいことではないと思い直した。

「ナノマシン強化された人類。僕たちは『チェンレェン』と呼称しているが、『チェンレェン』は人類よりは優れた人種と言えるだろう。」

 確かに俺のように多少の怪我ならば短時間で治ってしまう者は普通の人類よりは優れているように映るだろう。

「だが現在人類の中では少数派である以上、今後は差別と迫害に晒される事になる。しかし『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の住人は全て『チェンレェン』だ。地球圏からも遠く、おいそれと手を出すことはできない。だから地球圏で『チェンレェン』が差別の対象となった時は避難場所として『ノーヴィ・チェレポヴェツ』を使って欲しい。」

 『ノーヴィ・チェレポヴェツ』はマーズ・ラグランジュポイントの『サークル』の名前であることはわかる。俺は行っていないはずなのに何故か懐かしい感覚に包まれた。

 名前は思い出せないが知り合いが居たような感覚まで蘇ってきた。だがいくら考えても何も思い出せなかった。

「研究の最先端である『ノーヴィ・チェレポヴェツ』は君に取っても有益な場所のはずだ。決して悪い取引ではないと思うよ。」

 今の話の中でも所々記憶が曖昧な場所があった。おそらくリミッターをカットして戦闘した後遺症で記憶の欠損が起こっているのだろう。それを解決できるのであれば確かに俺にもメリットはあるように思える。だが俺はオックスフォードで解決策を研究してくれている人が居たはずだ。だがいくら名前を思い出そうとしても思い出すことができなかった。

「最後まで『チェンレェン』の行く末を見届けたかったが、僕にはもうそれほど時間が残されていない。あとは君が見届けてくれ。それでは僕からは以上だ。君の健闘を祈る。」

 クスタヴィからの記録映像はそこで途切れた。目の前にはヴァレリーが見える。どうやらコネクトが切れているようだ。ヴァレリーの表情は今にも泣きだしそうな表情だった。

《トニー!トニー!》

 通信で女性の声が聞こえる。かなり切羽詰まった様子だ。

「トニーとは誰か?こちらグレン機。生存している。」

《トニーは貴方じゃない!何を言っているの?でも無事なら良いわ。返事がしばらくなかったから心配したわ。》

 トニー?トニーとは一体誰だろう。会社の兄貴分の名前だが…。俺の名前はグレンのはずだ。この女性は何を言っているのだろう。気さくに話しかけてくるが通信先として表示されているラビーアと言う名前に覚えがなかった。思い出そうと試みたが酷い頭痛によってその試みは遮られてしまった。それに酷く喉も渇いている。

「水をくれ。」

 俺がそう命令するとヘルメットの中のストローが伸びてきた。それを口に咥えて喉を潤す。一息ついたところでヴァレリーに告げる。

「コネクト開始。」

 ヴァレリーは小さく首を横に振った。

「この宙域での戦闘は終了しています。友軍も近くに居るので止めておきましょう。」

「そうか…。」

 頭痛だけではなく倦怠感も襲ってきた。激しい戦闘を続けた上にリミッターをカットしたせいだろう。

《グレン。敵スペース・トルーパー部隊が敵艦隊と合流するわ。目標を達成しているのなら早くここから離れた方がいい。》

 敵艦隊は俺たちがスペース・トルーパーと戦闘している間に少し離れたようだ。だが近くはないが遠くもない距離で、あちらにしてみればこの距離に居るスペース・トルーパーの部隊は脅威だろう。

「すまない。こちらはもう動くことができない。近くに『ロンバルディア』が居る。そこまで曳航を頼む。」

《方向的にも敵から離れる分その方が良い。ラビーア中尉とアンタル中尉がムアンマル少尉機を曳航してくれ。》

 男性の声が手早く指示を出す。

《《了解。》》

 同時に男女の声が響く。表示されている名前のラビーア中尉の事はやはり思い出せなかった。もう一人のアンタルと言う名の中尉にも覚えがない。だが二人から妙な安心感を覚えた。記憶は欠損しているが、二人はきっと信頼できる仲間だったのだろう。

「すまない…。少し休ませてくれ…。」

《はい。『ロンバルディア』まで送り届けるのは任せて下さい。》

 アンタル中尉からも信頼の情を感じる。記憶がなくなってしまったのは残念だが、彼らを守れて良かったのかもしれない。

 そこで俺の意識はぷつりと途切れた。次に目覚めた時には、後に『ルナ・ラグランジュ・ポイント2攻防戦』と呼ばれるこの戦争は全て終結していた。

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