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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編12

 遠くで力なく漂う『ヴォルフ』を拡大して見る。にわかには信じられないその光景に俺は言葉を失った。コックピット付近にプラズマブレードに因る刺し傷が見て取れた。さっきまで居たフリードリヒ大尉はプラズマブレードが発する熱で文字通り蒸発してしまったのだ。アリサ大尉の顔がちらつき、フリードリヒ大尉が死んだと言う事実が俺に重く圧し掛かる。

《グレン。意識レベルが低下しています。気をしっかり保って下さい。》

 ヴァレリーから注意をされる。俺はこの現実が受け入れられず意識を手放そうとしたようだ。

《…フリードリヒ大尉の生存は絶望的か?》

《はい。》

《わかった…。》

 なんとか絞り出した言葉は、薄い希望に縋りつく言葉だった。だがヴァレリーが告げる事実は冷酷な現実を示していた。俺は遠くなりそうな意識をなんとか繋ぎ止めながら『ヴォルフ』の横を通り過ぎた。

 フリードリヒ大尉との思い出が頭を巡りそうになる。だが俺はそれを振り払った。ここはまだ戦場だ。今すべき事は大尉を思う事ではなく、クスタヴィを殺すことだ。

 なんとか心の整理を試みるがなかなか上手く行かない。通信ではフサームたちの怒号が飛び交っている。味方が『バーサーカー』に撃墜されたようだ。時は一刻を争う状況だ。

《カリーナ機の様子はどうだ?》

《形態が更に変化。背部より第4腕と第5腕と思われるものが出現。》

 驚くべき事のはずなのに、麻痺しているのか心は動かなかった。カリーナ機こと『バーサーカー』は最初から5つの腕が備わっていたようだ。もしかすると他にもまだ隠し腕を備えているかもしれない。俺との戦闘では最初から使わなかったところをみると、多用すべきではない段階なのだろう。

 イメージ・フィードバック・システムは、自分の体の運動信号を利用する性質上、機体が人間型に近い必要がある。本来人型である必要がない船外機も例外なく手足に当たる部分が存在する。そうでなければ操縦から離れた後の普段の生活に支障が出てしまうからだ。

 『バーサーカー』が5本の腕を持っていると言う事は、パイロットがスペース・トルーパーから降りた時に3本の腕の喪失を味わう事を意味している。それは過度なストレスであり、イメージ・フィードバック・システム黎明期の無茶な機体に乗ったパイロットたちは例外なく心か体を壊したと言う記録がそれを物語っていた。

 そう言った問題に対する知見と犠牲の上に今の形態が成り立っていた。だが『バーサーカー』はそれらを無視した機体なのだ。つまりそれはパイロットの未来を無視した非人道的な機体だとも言える。

 やっと心が動き出したのかクスタヴィに怒りが湧いた。どうせこんな碌でもない事を考えたのは奴だろう。そしてクスタヴィに言われるがままに従ったカリーナを思い、悲しい気持ちになった。彼女のクスタヴィへの心酔ぶりを考えれば、断ると言う選択肢はなかっただろう。

 気持ちが動いたことでどうやら逆に冷静さが戻ってきたようだ。俺は短くヴァレリーに告げた。

《ヴァレリー。リミッター解除だ。》

《危険です。フサーム中尉たちと協力してこの宙域を離脱するべきです。》

 だがヴァレリーは反対した。俺の身の安全を考えるならまっとうな案だ。

《あの動きだとそれも難しい。このままだと全滅する。》

 『バーサーカー』はますます化け物じみた挙動をしていた。あのアンタルもラビーアもまったく反撃の糸口が見えず防戦一方だ。撃墜されるのも時間の問題だろう。

《フサームたちを見殺しにはできない。相手もなりふり構わずやってきてるんだ。俺たちだけ犠牲を払わないのは虫が良すぎる。》

 相手はパイロットの犠牲を厭わない機体なのだ。こちらもそれ相応の代償を払わなければ止める事は難しいだろう。今、この宙域でそれが可能なのは俺だけだ。

《…わかりました。グレンに施したリミッターを解除します。同時に『タロース』のリミッターも解除します。》

《ありがとう。》

 ヴァレイーは観念したのか最後にはリミッターの解除に応じてくれた。ヴァレリーの返答の後、すぐに体が軽くなるのを感じた。昔の全能感が戻ってきたようだ。今なら1/4インチ単位で体が動かせそうだ。

 俺は思いっきり加速するとクスタヴィに一直線に向かって行った。護衛が銃を構えて撃つ体勢に入ったところでこちらの銃が火を噴く。弾は狙いを外さず銃を持った腕に当たり破壊した。

 俺の狙いに気づいたのか『バーサーカー』はフサームたちを放り出してこちらへと進路を変えてきた。だがその動きこそ俺の狙いだ。次に俺は護衛機が『バーサーカー』の射線に入るように動いてクスタヴィを目指した。『バーサーカー』は邪魔だと言わんばかりに何の躊躇いもなく味方機を破壊して俺へと迫ってくる。

 必死に逃げるクスタヴィの追跡を諦めて、俺は追いついてきた『バーサーカー』と対峙することにした。

 5本の腕の内、本来の腕に当たる2本はプラズマブレードを装備している。俺を襲った第3腕は背中の真ん中辺りから伸びており、便宜上の名前が腕なだけで先には掌は付いていない。代わりに先端が鋭く尖っており、腕と言うよりは尻尾と言った方がしっくりくるだろう。背部の人間の肩甲骨辺りから出ている第4腕と第5腕には掌が付いており、左の第4腕には銃が握られている。右の第5腕にはプラズマブレードが装備されていた。

 5つの腕はまだぎこちなさはあるが連携して攻撃を仕掛けてくる。先ほどまでの俺ならば捌き切れていないだろう。だが今の俺は違う。相手の至近距離からの銃弾を装甲が削られるレベルの距離で避け、突いてきた第1腕と第2腕のプラズマブレードを避けると、先ほど俺の体勢を崩させた第3腕をプラズマブレードで半ばから断ち切った。

 相手は一瞬怯んだようにも思えたが、そのまま残りの4腕を駆使して攻撃を続行してきた。俺は更に『バーサーカー』の方へと機体を寄せる。

 至近距離で突かれるプラズマブレードを装甲に触れるか触れないかの距離で躱す。ブレードと装甲との距離がほとんどない為、装甲が溶解する振動が伝わってくる。

 突き出された右腕を下からプラズマブレードで突き刺す。『バーサーカー』の右腕は勢いのまま前に進み、半ばから真っ二つに割けた。だが腕の根元に到達する前に俺はプラズマブレードを手放して回避行動を取った。第4腕から放たれた弾が肩口の装甲を削って行った。回避行動の勢いで『バーサーカー』の左脚に俺の右膝のプラズマブレードが突き刺さる。左脚も半ばから二つに割けた状態となった。

 勝負は決した。まだ腕は3つ残っているが、戦闘能力としては半減している。今の俺に勝つ事はもはや不可能なダメージだ。そして俺がクスタヴィを狙っている事を知っている以上、カリーナに逃げると言う選択肢はない。

 俺は残りの腕と頭を潰し戦闘能力を奪うと『バーサーカー』をその場に残し、クスタヴィの元へと向かった。

《友軍に告ぐ。ターゲットの破壊に協力を求む。》

 俺は戦況モニターにクスタヴィ機がターゲットであると言う情報を流した。

《了解。流石ムアンマル殿。あの機体を瞬殺とは…。》

 立ち塞がる護衛機を友軍と共に破壊していく。そして俺はついにクスタヴィ機と対峙した。クスタヴィが乱射する弾を避け、振るってきたプラズマブレードを腕ごと斬り落とす。

 クスタヴィを殺す事についてはもう少し躊躇するかと思っていた。だがフリードリヒ大尉を殺されたことで何の躊躇もなくなっていた。

 俺はクスタヴィの乗るコックピットへプラズマブレードを差し入れた。

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