星の海編10
俺にスペース・トルーパーの腕を斬り落とされた後、ユーハンは間髪入れずに逃げを選択した。腕1本無くなれば戦闘力は確実に下がる。まだ味方が多く状況的には有利と言えるだろうから、ユーハンが逃げるとの判断は正しいだろう。
俺は次の行動の選択肢を考えユーハンを追いかけることにした。フリードリヒ大尉とバーナードは気になるが、彼らを追いかけているのは敵機の数は6機だ。防衛部隊が全滅した為か残りの13機はこの宙域に留まっている。その13機の中にカリーナの機体があるため、2人は大丈夫だと判断した。
ユーハンが逃げ出すのを見て13機の内の3機がユーハン機の援護の為に動き始めた。カリーナ機はクスタヴィの護衛のためか動く様子はない。
ユーハン機に追いつき胴を貫く寸前に敵機からの牽制の射撃が飛んできた。
(ユーハンに当たるかもしれないのによくやる。)
俺は回避行動に移ったが土産にユーハン機の左足首から先を斬り落とした。更に機体バランスが悪くなったユーハン機は、もう戦闘能力を喪失したと言っても過言ではない。
俺はユーハン機を餌にすべくさらに追撃をかけた。援護の3機は読み通り俺を追いかけてきた。そして射撃では俺を撃墜できないと考えたのか、接近戦を挑んできた。時間感覚を延長できるパイロットは距離が開いていれば避けれてしまうので当然と言えば当然の選択だ。
攻撃範囲にお互いが近づいたところでお互いのプラズマブレードが振るわれた。さすがエース部隊だけあって俺の一振りは躱された。敵機は俺の斬撃を避けて隙が出来たと思ったのか、かなり踏み込んだ攻撃を仕掛けてきた。だが俺の攻撃はまだ終わっていない。踏み込んできた敵機に対して俺は膝に内蔵されたプラズマブレードを使い敵機の胴を貫いた。
機体の各所に内蔵武器を仕込むアイデアはアンタルに渡した改造案に記載していたものだ。ナノマシン強化パイロットのレベルが上がれば上がるほどこう言った近接武器での戦いとなると予想していたからだ。ターミル重工は俺の意向を汲んで『ST-04』にアンタルに渡していた改造案を盛り込んでくれていたようだ。言わば実証実験機と言ったところだろうか。
俺は膝のプラズマブレードを収納すると敵機を蹴ってその場から離れた。すぐに敵からの射撃攻撃が俺が居た場所を通り過ぎて行く。
再びユーハン機に意識を向けると先ほど射撃してきた2機のスペース・トルーパーが間に立ち塞がっていた。だが俺は構わず最短の経路を選びユーハンの元に向かった。理由は2つ。1つは彼らを脅威と感じなかったからだ。もう1つは逃げる敵よりも襲ってくる敵の方が撃墜しやすいからだ。
すれ違いざまに近接攻撃を仕掛けてきた敵機の腕を斬り落とす。間髪いれずに攻撃してきたもう1機は膝のプラズマブレードで足を切断した後、振り下ろしてきたプラズマブレードを持った手をライフルの銃床でぶん殴って軌道を変えた。
戦ってみた感覚だと彼らのパイロット能力は1秒の体感時間を2~3倍程度に延長していると思われる。俺がヴァレリー抜きの時と変わらない能力だ。ユーハンだとその更に2~3倍にできる能力を持っていると推測される。だがヴァレリーが起動した今の俺の能力はユーハンの更に2倍近く時間を延長させられる。今俺と対峙しているパイロットたちに対して実に6倍近くの時間の猶予があるのだ。正直言って相手にならない差がある。
俺は再びユーハン機を撃墜すべく機体を駆った。すると残り10機全てがこちらに攻撃を仕掛けてきた。背後の艦隊の守備はがら空きだが、瞬く間に3機を戦闘不能にされて危機感を覚えたのだろう。だが俺を墜とすには、火星圏の時のようにあと20機は欲しいところだ。
《ヴァレリー。奥の2機のどちらにクスタヴィが乗っている?》
攻撃に参加していない2機のうち1機の意匠は見覚えがありカリーナの機体のはずだ。となるともう1機にクスタヴィが乗っている可能性が高い。クスタヴィが乗っていると思われる機体にはフレーム状のものが機体を守るように囲っている。クスタヴィが乗っているのならば防御に特化した装備かもしれない。しかしヴァレリーから返ってきた答えは想定とは違っていた。
《クスタヴィが乗っているのはこちらの機体ですね。》
マーカーが表示されたのはカリーナ機の方だった。
《あっちはカリーナ機じゃないのか?》
《以前のデータではカリーナが乗っていましたが、生体パターンを照合したところクスタヴィが乗っているものと思われます。》
《じゃあもう1機にカリーナが乗っているのか?》
そうなるとあの装備は攻撃用の新装備かもしれない。だがこの返答も俺の想定しているものではなかった。
《生体パターンはカリーナと一致しません。》
攻撃をしてきている10機の機体からは脅威を感じない。つまりカリーナはここには居ないことになる。俺は戦況ログを確認したが、フリードリヒ大尉とバーナードは健在だった。それどころか追撃部隊の1機を戦闘不能にしたようで追っ手は5機に減っていた。2人の追撃部隊にもカリーナが居なさそうだ。
一体カリーナはどこに居るのだろうか?本命は前線でUS軍と戦っていることだ。対抗はマーズ・ラグランジュ・ポイント1に居残っているだろうか。どちらにせよここにカリーナが居らず、ユーハンもほぼ離脱し、有望な護衛が居ない今がクスタヴィを撃墜する最大のチャンスなのではないだろうか。そして俺は決断した。
《クスタヴィを討つ。最短距離を突破しよう。近づいてきた敵は切り捨てる。》
《了解。》
俺は他の敵機を無視して、クスタヴィの方へと移動を開始した。すると10機が怒り狂ったかのように攻撃を仕掛けてきた。相手に取ってもおいそれと墜とされるわけにはいかないだろう。だが10機程度の射撃密度では俺は落ちない。なんとかクスタヴィを守ろうと果敢に近づいてきた機体はプラズマブレードの餌食となって貰った。更に3機を戦闘不能にしたところで、もう近接戦闘を挑む者は居なくなった。
意識をクスタヴィへ向けたところでクスタヴィの近くに居たもう1機がフレーム状のものだけを残して消えている事に気づいた。
《中天方向から敵機。》
間髪いれずにヴァレリーから警告が入る。先程までフレーム状の枠の中に入っていた機体が中天方向から迫ってきていた。かなりの速度で迫ってきたかと思うとありえない挙動でフェイントを入れて攻撃を仕掛けてきた。
相手の攻撃が思いの外鋭く、躱しきれずにプラズマブレードで逸らすのが精一杯だった。こちらも反撃に膝のプラズマブレードで突き刺そうとするが、敵機が素早く離脱してしまった為、捉えることができなかった。
《人間の動きじゃないぞ。》
《はい。グレンのG耐性以上です。》
俺もナノマシンの影響で通常の人間よりは遥かに高いG耐性を持っている。だがさっきの挙動は俺が耐えられる動きを遥かに超えていた。観察するが見た目はなんら普通の火星艦隊のスペース・トルーパー『スヴァローグ』と変わらない。見た目ではわからない何か特殊なカスタマイズがされているのであろうか。
敵機は反転して再び襲ってくるかと思ったが、何故か俺を背後から攻撃しようとしていた友軍機に猛然と襲い掛かって行った。そして友軍機にも拘わらずあっさりと撃墜してしまった。
《なんだ?どうなっている?》
敵機の動きは理解の外にあった。その動きは狂気じみてさえいる。
《バーサーカー…。》
敵味方関係なく攻撃をする様にそんな言葉が頭に浮かんだ。友軍機を撃墜された他の火星艦隊のスペース・トルーパーたちはその『バーサーカー』から距離を取るように後退をしている。そして『バーサーカー』は一番近くに居る機体が俺だと言う事に気づいたのか。反転して俺に向かって突っ込んできた。




