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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編8

 この作戦の肝は隠密性だ。如何に敵に見つからずに懐に入り込めるかが作戦成功の鍵となる。そして数が揃えられるUS軍が採用しない作戦であることも重要である。

 火星艦隊ほどの規模であれば護衛として10機から20機のスペース・トルーパーを艦隊付近に残しておくのが定石だ。懐に入られた場合、艦船ではスペース・トルーパーの機動力に対抗することがきない。スペース・トルーパーに対抗するためにはスペース・トルーパーが必要となる。

 仮に10機のスペース・トルーパーに確実に勝てる戦力を用意しようとするならば最低20機、できれば30機のスペース・トルーパーが必要となる。これを別動隊としてぶつけようとするならば航宙母艦1隻が必要となる計算になる。そんな量の部隊では隠密行動など不可能だ。

 それ以下の戦力となると単純に勝てる確率が下がる。旗艦を墜とせば100%撤退すると言うのならば採用するかもしれないが、それは俺たちにもわからない。旗艦が墜とされたとて、司令部自体はバックアップに移るだけだからだ。戦闘は恐らく継続されるだろう。今回の俺たちのようにクスタヴィを暗殺だけが目的でない限り採用することはない作戦なのだ。

 よってUS軍は採用しないし、火星艦隊も通常の備え以外は行わない。ましてや火星艦隊はUS連合軍に数が負けている。後衛を厚くする余裕はないのだ。そこに付け入る隙がある。


 警告アラートが鳴った後に流れてきた情報は『ロンバルディア』の無人偵察機が、荷電粒子砲のチャージの兆候を捉えた事を示したものだった。

《回頭を開始する。》

 フリードリヒ大尉の通信後、前から掛かっていた加速度が右からも掛かるようになっていった。強烈な加速度に俺たちが出来ることは唯々耐えるだけだ。荷電粒子砲が発射体勢に入った事で作戦は次の段階に進んだ。ほどなくして右側からの加速度を感じなくなった。俺たちの進行方向に火星艦隊が居るのだ。あとは一直線に火星艦隊の旗艦へと向かうだけだ。

《敵索敵範囲内に到達。》

 軽い衝撃と共にロケットから無人偵察機が放出される。これが俺たちと『ロンバルディア』の目になる。そしてすぐにアラート音が鳴り響いた。戦況モニターから流れてきたのは敵影を捉えたと言う情報だった。この速度の物体が索敵圏に入ってきたのだ。即座に迎撃してくるだろう。敵機の数は10。想定値としては最低。やはり背後からの攻撃に対しては手厚くない。

《迎撃を開始する。》

 フリードリヒ大尉がロケットから離脱する。

《こちらも迎撃を開始する。》

 すぐにバーナードもロケットを離脱した。俺は無人偵察機から入ってきた情報を元にロケットの軌道を火星艦隊の旗艦に向けて修正した。

「シンディ。ごめんな。」

 俺は<マンホーム>にいるロケットの持ち主に詫びを入れるとロケットから離脱した。俺が離脱した直後、ロケットは残りの推進剤を全て使い加速を始めた。『タロース』も加速するがロケットとは見る見るうちに差が開いて行く。

 そしてロケットは9機に減った防衛部隊の弾幕と火星艦隊からの対宙砲火により無残な形へと変わって行った。囮と言う立派な役目を果たし爆散した。俺はその隙を付いて火星艦隊の旗艦へと向かって行く。

 目標の旗艦との距離はみるみる近づいてくる。旗艦の対宙砲火を躱しながら肉薄していくが、護衛と思われる巡宙艦の対宙砲火も加わり始めた。更に『ヴォルフ』と『オーディン』の攻撃の隙をついて敵スペース・トルーパーの砲撃も飛んでくる。俺はそれらに反撃も加えず避け続けていた。

 しかしその時またも警告のアラーム音が鳴り響いた。確認すると敵機が7機になっている。

《すまん。しくじった。》

 バーナードからの通信が入る。俺が旗艦を攻撃するまでにバーナードとフリードリヒ大尉が墜として良いスペース・トルーパーの数は全体の3割未満でなければならなかった。それを超えると損耗率から自動的に増援が手配されてしまうからだ。10機中3機を落としたことでその閾値を超えてしまった。

《大丈夫だ。これで遠慮せずに墜としても良い。》

 フリードリヒ大尉が励ます。だが敵のスペース・トルーパーは艦船には近づけさせまいとはするが、こちらを無理には攻撃してこない。彼らの役割は俺たちを撃墜することから増援が来るまで遅滞させることに変わったからだ。

 もうあまり時間が無い。時間が経てば経つほど他の巡宙艦が参戦してきたり、増援が駆けつけてきたりで状況がこちらに良くなる事はないからだ。

 対宙砲火を避けながら最短ルートで旗艦へと向かう。機体はまるで水の中を進むような感覚でしか動かない。これが据え置き型戦術AIの限界だろう。だが俺の技術を持ってすればできないわけではない。

「目標捕捉。」

 旗艦の最後の足掻きの対宙砲火を掻い潜る。そして目の前には旗艦が現れた。俺は冷静に耐艦船用ミサイルの4発中2発を発射した。

 ミサイルは狙い通り旗艦の左側面に命中した。俺はその勢いのまま旗艦の底面を抜けて反対側から旗艦の上部へと向かう。そして艦橋ブロックがあると思われる場所に向かって残り2発のミサイルを発射した。

 ミサイルは命中し、盛大な火球が広がる。俺はそのまま旗艦から離れて行った。遠く小さくなっていく旗艦の左舷はミサイルにでも引火したのだろうか。盛んに爆発を繰り返している。

 ヴァレリーが起きていればクスタヴィの生死が確認できたかもしれないが、今はそれもできない。俺たちにできる事はここまでだ。俺はミサイルポッドをパージするとバーナードとフリードリヒ大尉たちが交戦している戦場へと向かった。


 すでに敵スペース・トルーパーの数は5にまで減っていた。

「大尉!バーナード!撤退だ!」

《《了解!》》

 俺たちが撤退を始めようとしたところ残りの5機が追い縋ってきた。その動きは鬼気迫るものがあった。

《敵機確認。総数20。》

 戦術AIから無機質な音声情報が流れてきた。内容は最悪の内容だ。

《まずい!増援が来たぞ!》

 フリードリヒ大尉の切迫した声に慌てて戦況モニターを確認すると敵機は俺たちの退路を断つように移動してきていた。

《この数を前線から戻してきたのか…。》

 バーナードが呻いた。それもそのはずだ。US軍の被害状況はわからないが、前線から20機を抜いても問題ない戦況なのだとしたら、かなりまずい状況のだと言えるだろう。

《囲まれるぞ!》

「くそっ!」

 俺は離脱させまいと襲い来る敵機1機を撃墜した。だが敵機は怯む様子も果敢に攻撃を仕掛けてくる。なんとしても包囲網が完成する前に離脱したい。

 バーナードとフリードリヒ大尉もそれぞれ敵機を1機ずつ撃墜した。これで残りは2機だ。防衛部隊の全滅も時間の問題となった。

《腹括れ。やるしかない。》

 だがその甲斐あって俺たちへの包囲網は完成してしまった。俺は包囲網を破るべく1機を狙って攻撃を仕掛けた。だがあっさりと他の敵機との連携により逃げられてしまう。

「さっきまでと練度が違うぞ!気を付けろ!」

 2人に向かって警告を出す。防衛部隊とは動きがまるで違う。相当な練度だ。しかも20機駆けつけたが3機は少し離れたところにおり、包囲網には参加していないようだ。

 そしてその内の1機は異様な風体をしていた。フレーム状のもので機体が囲われており、動きが阻害されているように見える。だがその機体は見た記憶がある意匠だった。そして近くに居る残り2機の意匠にも見覚えがあった。カリーナ機とユーハン機だ。

「覚悟を決めて下さい。相手はエース部隊です。」

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