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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編6

 作戦開始まで12時間を切った。俺は『ST-04』のコックピットの中で整備班のデュークと調整を続けていた。ヴァレリー抜きで『ST-04』を動かすために据え置き型戦術AIを急遽設置しているのだ。

「コネクト解除。」

『コネクトを解除します。』

 いつものヴァレリーの声とは違う音声に続いて、俺の視界は『ST-04』の目線から見えていた格納庫の中から開け放たれたコックピットのハッチが見える風景へと変わった。ハッチの外からデュークがこちらを覗いている。

「どうだ?」

「なんとか動かせそうです。」

 据え置き型戦術AIでの稼働チェックは完了した。動かす分にはこれで支障はないだろう。

「了解だ。じゃあ俺は次の仕事に行くわ。」

「お疲れさまでした。」

 そう言うとデュークはハッチから離れて行った。

「さてと。」

 俺はコックピットから出ると格納庫近くにある小部屋へとヴァレリーを迎えに行った。作業が終わったコックピットにヴァレリーを運び入れるのだ。ヴァレリーは未だに起動せず眠ったように動かないままだ。だがこの千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。例えヴァレリーが起動しなかったとしても火星艦隊と戦わなければならない。

「手伝おうか。」

 小部屋からヴァレリーの肩を担いで出てきた俺に声を掛けてきたのはバーナードだった。

「まだシミュレーションをしていたのか…。休んだ方がいいじゃないか?」

 パイロットには作戦準備が終わり次第、休息が命じられている。

「準備がなかなか終わらなくてな…。」

 そう言うとバーナードはヴァレリーのもう片方の肩を担いだ。

 バーナードは最盛期の頃とのギャップにずっと苦しんでいるようだった。恐らく最盛期の頃の感覚は二度と戻ることはないだろう。だがそのギャップを埋める努力をこの数日間やり続けていた。親友であるクスタヴィにこれ以上の汚名を着せさせないようにするために。

「グレンもルナ・ラグランジュ・ポイント2に残ってもよかったんじゃないか。」

 バーナードは空気を変えようと思ったのか唐突に俺の話題へと話を振ってきた。

 ルナ・ラグランジュ・ポイント2への寄港前にガストーネ中佐から乗組員全員に作戦への参加意思の確認があった。立案された作戦は生還率が非常に低いものになったそうだ。乗組員に伝えられられたのはそれだけで、作戦の概要説明すらなく作戦に参加する意思のある者だけが船に残るようにとの通達がなされた。

 乗組員たちは概要すら聞かされないのでは判断できないと反発したが、機密保持の為に情報が公開される事はなかった。

 その件で愛想を尽かせた者、命までは掛けられないと考えた者、『コンスタンツ』基地の仇は火星艦隊ではなくUS軍内部にいると考えた者、それぞれがそれぞれの思いで少なくない人数の乗組員たちが船を降りて行った。そして作戦に参加するために船に残った者。

 俺は自分の意思で船に残った者だったが、ガストーネ中佐の温情で家族に会う機会が与えられた。

「ラウル曹長にも言われたよ。だけど俺が居ないと作戦が立ち行かないだろ?」

「そうだな。スペース・トルーパーを動かせるなら猫の手も借りたいぐらいだ。」

 話をしているうちに俺たちは『ST-04』のコックピットへと辿り着いていた。ヴァレリーを席に座らせることは2人だったおかげで割とスムーズに行う事ができた。作業が完了してコックピットを出たところでバーナードが俺の肩に手を掛けて言った。

「フリードリヒ大尉と2人で必ずグレンを火星艦隊の旗艦まで辿り着かせてみせる。」

 作戦ではスペース・トルーパーは『ロンバルディア』から発進後、加速フェーズを経てタイミングを見計らって火星艦隊の旗艦へと強襲を掛ける事になっている。

 当初の作戦では俺とフリードリヒ大尉が露払いをして、バーナードの乗る『オーディン』で旗艦を撃沈させる計画だったが、ヴァレリーが不在になった為に役割を入れ替えたのだ。

「俺がクスタヴィに引導を渡してくるよ。」

「期待しているよ。」

 バーナードは俺の肩を叩くとそのまま艦内へと戻って行った。

「次の仕事で最後かな。」

 いつものようにヴァレリーに声を掛けてしまってから、俺はコックピットの中の動かないヴァレリーを見た後、普段駐機している時は開いているコックピットのハッチを閉めた。そして次の仕事に向かうべく艦橋へと足を向けた。


「ガストーネ中佐。」

 俺は艦橋で端末を片手にキャプテンシートに座ってるガストーネ中佐に声を掛けた。中佐は顔を上げると俺の方を見た。

「グレンか。『ST-04』の準備はどうだ。」

「今終わりました。いつでも出撃できます。」

「了解だ。ご苦労だったな。」

「はい。それで相談なんですが、スペース・トルーパーの識別名を変えたいんですが…。」

「識別名?今はどうなっているんだ?」

「多分ヴォルフ-2ですね。」

 便宜上『ST-04』と呼んではいたが、装甲を取り換えられて姿はすっかり元の『ヴォルフ』へと戻っている。フリードリヒ大尉の『ヴォルフ』がヴォルフ-1なので、俺のはヴォルフ-2となっているようだ。

「なるほど。大尉のと紛らわしいな。だが『ST-04』と付けるわけにもいかないしな…。」

 『ST-04』は『イーンスラ』軍の命名規則に則った識別名だ。そんな識別名のスペース・トルーパーがユーラシア連邦の火星艦隊を襲ったとなれば『イーンスラ』に取ってはいい迷惑だろう。

「何かリクエストはあるのか?」

「はい。『タロース』でお願いします。」

 俺は即座に実家に帰った時に思い出した名前を告げた。

「『ターロス』?名前の感じだとギリシャ神話か?」

「はい。」

「ギリシャ神話に詳しいのか。グレンにそんな趣味があるとはな。」

 ガストーネ中佐は意外そうな顔で言った。

「義父が好きなんですよ。義父の運送会社の名前も『エーリュシオン』でした。」

「なるほど。私の父親もそう言った類の話が好きだったな…。」

 そう言えば中佐から家族の話は聞いたことがなかった。確か中佐は結婚もしていない。

「中佐の御父上は健在なんですか?」

 しかし俺の質問に中佐は少し困ったような顔をした。

「『コンスタンツ』に着任した時から会っていないが、去年『トルトゥーガ』で照会した時は両親ともに健在だったよ。今はどうかわからないがね。」

「そうですか…。」

 中佐の両親ともなればもう結構な年齢だろう。平均寿命が100歳近くになってはいるがあくまで平均だ。『トルトゥーガ』からわざわざ照会したと言うのならば心配しているのだろう。そして中佐は両親と長らく会えていないのに、俺には気を利かせて義両親会わせてくれたのだ。配慮が足りない質問だったかもしれないと反省した。

「気にするな。まだまだ元気だろうさ。だがそうだな。この作戦が終わったら会いに行ってみるか。」

「それが良いと思います。」

 作戦の最善推移以外は『ロンバルディア』も火星艦隊のただ中へやってくる事になる。最善は俺たちスペース・トルーパー部隊が旗艦を撃沈し、火星艦隊を振り切り帰還する場合だ。だが恐らくそれは難しいだろう。次善は俺たちの回収のために火星艦隊へ接近する場合だ。その場合は敵スペース・トルーパーとの交戦や敵艦隊との交戦の可能性が高まり、護衛が居ない『ロンバルディア』のリスクは高まる。

 最悪のプランだと火星艦隊旗艦に向けて吶喊する事になっている。それはスペース・トルーパーが全て落とされた最終手段であり、それだけはなんとしても阻止しなければならない。

「識別名は『タロース』だったな?ではそのように手配しておく。」

「ありがとうございます。」

「じゃあそろそろ休め。休息もパイロットの仕事だ。」

「わかりました。」

 俺はガストーネ中佐に別れを告げると艦橋を後にした。その足で自室へ戻り俺は任務を遂行すべくシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。


 アラームが鳴り起床時間を告げる。作戦開始まであと5時間程だ。俺はベッドから起き出すと食堂へ向かった。

 食堂ではパワーバーとカフェ・オ・レのパウチを取って席に着く。食べ始めようとしたところでフリードリヒ大尉が食堂に入ってきた。大尉は俺の姿を見るけるとパワーバーと飲み物のパウチを持って俺の向かいに腰を下ろした。

「眠れたか。」

「はい。」

「そいつは良かった。」

「大尉は眠れなかったんですか?」

「余りな。」

 大尉の目に下には隈が出来ていた。

「一体どうしたんですか。」

 大尉は超が付くベテランパイロットで休息の重要性は熟知しているはずだ。

「情けない話だが最近はスペース・トルーパーで戦う事が怖くなってな。」

 その告白は意外だった。俺は驚きを隠せない。

「一体どうしたんですか大尉?」

「なんだろうな…。子供が出来たからかもしれない…。死ねないと言う思いが強くなった気がするんだ…。」

「そうですか。」

 俺にはその気持ちはよくわからなかった。だがそう言うものなのかもあsしれないと漠然とではあるが納得は出来た。

「大尉は作戦への参加を見合わせますか?俺とバーナードでもなんとかしますよ。」

 初めてみる弱気な大尉を見て、俺は思わずそう言った。火星艦隊のスペース・トルーパーは大半がUS軍と戦っているはずだ。だが必ず火星艦隊の護衛部隊としてスペース・トルーパーは居る。それを何機相手にするかわからないが、3機でも心許ないのは間違いない。

「船を降りなかった時点で逃げ場はない。戦況次第で『ロンバルディア』も火星艦隊と戦わなければならないのだからな。」

「そうですね。」

「それにな。『サークル』に荷電粒子砲をぶっ放せる奴を野放しにしておくわけには行かないだろう?クスタヴィを倒すことがこの戦争を終わらせる方法で、それが俺の家族の平安に繋がっていると信じている。だから俺は船に残ったんだよ。」

 『ロンバルディア』の戦力で出来ることは少ない。US軍に勝った火星艦隊がユーラシア連邦を強気にさせているのは間違いない。本当にこの戦いを終わらせるためにはUS軍が火星艦隊を完膚なきまでに叩きのめす必要がある。俺たちに出来ることはその為の手助けだけだ。

「じゃあ最終ブリーフィングに行くか。」

 食事が終わった俺たちはブリーフィングルームへと向かった。

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