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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編5

 格納庫近くにある小部屋へとヴァレリーを連れてきた俺たちは、手分けしてデュークとウルズラを探しに行った。

 ウルズラは『オーディン』でバーナードとシミュレーションをしていたところを捕まえる事ができた。

「俺はガイノイドは専門じゃないぞ。」

「ウルズラに助言を貰いながらだからなんとかなるさ。」

「…。壊しても知らないからな。」

 ウルズラを連れて小部屋へ戻ってくるとすぐにラウル曹長がデュークを連れてきた。だがあからさまに乗り気ではないようだ。

「それで状態は?」

 デュークは小部屋に入るなり渋々と言った態で聞いてきた。

「眠っているように動かない。」

 小部屋の机の上に寝かされているヴァレリーはまったく動く気配はなかった。

「ウルズラ。どうかな?」

 先ほどから腕組みをしてじっとヴァレリーを見つめているウルズラにも聞いてみた。

「返事がないわ。電源が落ちてるかも。」

 ウルズラはただ見つめていただけではなく、ヴァレリーと通信を試みていたようだ。だがどうやらヴァレリーからの返答がなかったようだ。ウルズラはおもむろにヴァレリーの体に触れた。

「あら?電源は生きているわね。そうだとすると自閉モードね。」

「自閉モード?なんだそれは?」

 俺は初めて聞く用語についてウルズラに尋ねた。ヴァレリーから返事が無い事と言い不穏な空気が流れている。

「ファームウェアインターフェイス層の通信を停止させているのよ。電源はそのままだし人間で言うと意識不明と言ったところかしら。」

「それは大丈夫なのか?」

 俺は更に不穏な言葉が出たことに慌てて尋ねた。

「機能でそうなっているだけであって時間が来れば自然と復旧するわ。」

「そうなのか。どれぐらいの時間で復旧するんだ?」

「デフォルトは72時間よ。」

 ウルズラの説明でほっとしたのも束の間、復旧時間が72時間と言う事で由々しき事態であることがわかった。

「強制的に起動させることはできないのか?」

「自閉モードは無理ね。大体自閉モードを使用しなければならない状況がよっぽどの事よ。一体何があったの?」

 強制的に意識不明になると考えれば確かに余程の事が無い限り使用されないだろう。と言うか今回のような拉致されそうな場合には決して使用しないような機能だ。

「敵にマスターコードって奴を使われた。」

「マスターコードか…。なら仕方ないわね。」

 俺の説明でウルズラは理解したようだ。だが俺たちにはまたわからない用語だ。

「そのマスターコードって奴は一体何なんだ?」

「マスターコードは私たち『HTX』シリーズの管理者権限命令を強制的に実行できるプログラムよ。」

「管理者権限命令だって!?」

 ガイノイドに取ってマスター登録されているものの命令は管理者権限命令として特別な意味を持つ。マスター登録者の命令が最優先であり、その他の命令はマスターの命令に反する場合は実行されない。つまりマスター登録者以外もガイノイドに命令することは出来るが拒否される可能性があるのだ。

 その他にも権限移譲や権限代行などでマスター登録者以外がマスターのようにガイノイドを使用することもできるが、マスター登録者が権限移譲や権限代行を設定しなければならない。

 つまり最上位者と同等の権限を使えるプログラムであるマスターコードとやらは相当ヤバい代物だと言うことがわかった。

「その拉致者はマスターコードを使ってヴァレリーのマスター登録者の削除でも狙ったんでしょうね。それを阻止するために最終手段としてヴァレリーは自閉モードに入ったと考えられるわ。」

「なるほど。よくわかったよ。助けに来てくれたラウル曹長に感謝だな。」

 あの場でヴァレリーの拉致を阻止できていなければ結局マスター登録者を削除されていた可能性が高い。そればかりか敵としてヴァレリーが俺たちの前に現れる可能性だってあったと言う事だ。「いくらでも感謝してくれ。だがグレン。ヴァレリーが72時間動かないとマズいんじゃないか。」

「あぁ、マズいな。」

 拉致されなかった事は不幸中の幸いだが、俺たちの次の作戦開始時刻は48時間後だ。つまりヴァレリーが使えないとなると作戦の変更が必要となる。

「ラウル曹長。『バルバロッサ』の決定者メンバーを集めてくれ。」

「わかった。」

 そう言うとラウル曹長は端末を取り出し連絡を取り始めた。しばらくして格納庫側の小部屋には『バルバロッサ』の意思決定メンバーが集結した。

 皆が揃ったところで俺はこれまでの経緯を説明した。宇宙港でUS軍諜報部員にヴァレリーを拉致されかけた事。拉致にはマスターコードという『HTX』シリーズ向けにプログラムが使用されたこと。そしてそれを回避するためにヴァレリーが72時間停止すること。そしてその首謀者がクスタヴィであること。US軍の諜報部がクスタヴィと繋がっていることを伝えた。

 皆は余りの情報量に俺の話が終わってもしばらく誰も口を開かなかった。

「経緯は了解した。このタイミングでクスタヴィが介入してくるとはな。しかも72時間ヴァレリーが動けないと言うのがいやらしい。」

 やっと口を開いたのはガストーネ中佐だった。作戦に支障が出来ることがわかって困り顔だ。

「しかしグレンは余程クスタヴィに気に入られているな。火星圏でも勧誘されていただろう?」

 フリードリヒ大尉の表情は複雑だ。俺も困った顔で答えた。

「その時も断ったんですけどね。」

「そこまでして仲間に引き入れたい理由があるんだろうな。」

「そうなんですかね?あまりうれしくはないですが…。」

 クスタヴィは俺にどれだけの価値を見出しているのだろうか。

「しかし相変わらず周到に準備する奴だな。余程グレンに戦場に出てきて欲しくないんだろうが…。」

「グレンのスカウトに成功すれば、グレンは次の戦場には出てこないですからね。」

 フリードリヒ大尉の言葉にバーナードが答える。

「あぁ、断られたとしてもヴァレリーの拉致が成功すれば、やはりグレンは戦場に出れないしな。」

「マスターコードを使用することで、その回避のためにヴァレリーが自閉モードになれば72時間は戦場に出てこれない。なるほど。周到ですね。」

 次のUS軍と火星艦隊との交戦予定ポイントまで約48時間。『バルバロッサ』はその戦闘のどさくさに紛れてクスタヴィを討つつもりであった。どうあってもその戦場に俺を出さないようにするクスタヴィの意思を感じる。

「だが何か違和感がある…。」

 唐突にそう言い出したのはバーナードだ。

「何にだ?」

 ガストーネ中佐はバーナードに尋ねた。バーナードは少し考えてから口を開いた。

「クスタヴィの行動がちょっと直球過ぎる。あいつはもっとこう屈折していると言うか…。」

「わからないでもないが、そう言った事もあるだろう?」

 フリードリヒ大尉の言葉にバーナードは納得していないようだが、これと言った事は思いつかなかったようだ。そのまま難しい顔をして黙ってしまった。

「作戦の変更が必要だな。」

 ガストーネ中佐はそう言うと立ち上がった。作戦の再立案を行うために艦橋かブリーフィングルームへ移動するのだろう。

「クスタヴィ様の裏をかきたいのならそのまま作戦を実行した方がいいわよ。」

 ガストーネ中佐が次の行動に移ろうとするのを見てずっと沈黙していたウルズラが口を開いた。

「だがヴァレリーは72時間目覚めないのだろう?」

「デフォルトならね。設定値は変更できるわ。すぐに目覚めていないところを見ると作戦時間ギリギリに目覚めて拉致されていた場合の保険を掛けたんじゃないかしら。」

「敵に拉致されていたとしても48時間後なら次の戦闘には投入されないと踏んだと言う事か?」

「そう言う事ね。」

「なるほど。」

 ガストーネ中佐はウルズラとの一連の会話で作戦を検討しているようだ。

「その再起動時刻がいつになるか調べる事はできないのか?」

 一番大切なのはその確証だろう。だがウルズラは首を横に振った。

「外部からの介入を拒否するための自閉モードだからね。調べることはできないわ。私がグレンとスペース・トルーパーに乗ると言う手もあるわ。」

「そうなるとバーナードをどうするかだな…。」

 方向性は決まりつつあった。用意周到に俺を次の戦闘から遠ざけたかったクスタヴィの思惑に乗らない事が裏をかくことになる。

「ただヴァレリーほどグレンのスペックを引き出す自信はないわ。一番のお薦めはヴァレリーを信じてグレンを彼女と送り出すことよ。」

 ウルズラの言葉はとてもガイノイドらしくなく、ともすれば人間味のある台詞だった。ヴァレリーが目覚める保証はない。ガストーネ中佐は『バルバロッサ』の責任者としては乗れる話ではないはずだ。しかしガストーネ中佐は一息吐くとこう告げた。

「戦いの基本は敵が嫌がる事をすることだ。クスタヴィは次の戦場にグレンとヴァレリーが居ることを極端に嫌がっている節がある。ならもう我々がすることは一つだ。グレンとヴァレリーを戦場に送り出す!」

 その表情は覚悟を決めた表情だった。

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