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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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星の海編3

《状況終了します。》

「コネクト解除。」

「コネクト解除します。」

 ヴァレリーの声と共に視界がシミュレーション内の宇宙空間からコックピットの中へと戻ってきた。

《良いじゃないか。グレン。そろそろ勘が戻ってきたんじゃないか。》

「そうでもないですよ。」

 俺はヘルメットを外すとヴァレリーに手渡した。ヴァレリーはヘルメットを受け取ると代わりに飲み物のパウチを手渡してくれる。俺は吸い出し口から中の水を吸い込んで喉を潤した。

《グレンはもう上がっていいぞ。バーナードはもうちょっと頑張ろうな。》

「まだできますよ?」

 シミュレーション時間としては昨日よりも少ない。スコアも昨日よりは良くはなっているが未だ全盛期には程遠いスコアだ。疲れはあるが弱音を吐いている場合ではない。クスタヴィとの決戦までもうそれほど時間がない事を考えれば、粘れるだけ粘って実戦の勘を少しでも取り戻しておくべきだろう。

《推進剤の補給でルナ・ラグランジュ・ポイント2のUSサークルへ立ち寄る。グレンには出港時刻まで自由時間を与えろとガストーネ中佐からの御命令だ。》

「…。良いんですか?」

 その意図を読み取って俺は尋ねた。

《親父と何年も会ってない俺が言うのもなんだが、家族には会える時に会っておいた方が良い。》

 どうやらガストーネ中佐が気を回してくれたらしい。『イーンスラ』の身分証を持っているとは言え、俺はUS国内を自由に往来できる状態にはない。確かにこれは千載一遇のチャンスだ。このチャンスを逃せば一生両親と会えないかもしれない。

「わかりました。ありがとうございます!」

《もう俺も終わりたい…。》

 散々にしごかれているバーナードが弱音を漏らす。さすがにバーナードはブランクがありすぎた。その為俺よりも格段に多いシミュレーション時間を課せられている。

《バーナードは全然話にならんだろうが、早くブランクを取り戻せ。このままじゃ何も出来ずに死ぬぞ。》

《わかりました…。》

 バーナードも元エースパイロットだ。現状が芳しくない事はわかっている。俺は心の中でバーナードに謝りながらコックピットのハッチを開けた。

「行こう。ヴァレリー。」

「はい。グレン。」

 俺とヴァレリーは、スペース・トルーパーのコックピットから出て更衣室へと向かった。

 俺はパイロットスーツから『イーンスラ』時代の服に着替え、変装のために付け髭とサングラスを装着した。ヴァレリーは顔が隠れる『イーンスラ』の民族衣装だ。目立つかもしれないが身分証が『イーンスラ』のものであるのでこの方が疑いの目は向けられないだろう。

 船が接舷すると素早く下船し入国ゲートへと急いだ。補給は推進剤と水だけだ。出港時刻までそれほど時間の余裕はない。同盟国であることが有利に働いたのか、すんなりと入国することが出来た。


「懐かしい風景ですね。」

「あぁ。」

 トラムから見える風景は思い出の風景だ。実に4年ぶりになるだろうか。ヴァレリーとは以前も一緒に見た風景ではあるが、あの頃とは格好も立場も一変してしまった。

 トラムを降りて、しばらく歩くと実家の前に着いた。一階の事務所は営業開始時間を過ぎているので既に開いている。俺は事務所の扉を開けて中へと入った。

「いらっしゃいませ。」

 事務員のポーラが顔を上げて対応してくれる。事務所内はいつも通りポーラと義母のマーサが居た。4年前と何も変わっていない。いや、2人とも少し老けただろうか。

「サムは居ますか?」

「社長なら上に居ます。呼んできましょうか?」

 どうやら義父さんは運よくこのルナ・ラグランジュ・ポイント2に居たようだ。

「グレン…なの?」

 ポーラの後ろの席に居た義母さんが立ち上がって俺に向かって尋ねてきた。義父さんが来てから正体を明かそうと思っていたが、目論見が外れてしまった。簡単な変装では義母さんの目は誤魔化せなかったようだ。俺はサングラスを外すと

「ただいま。義母さん。」

と正体を明かした。

「おかえりなさい。グレン。」

 義母さんは口元を手で覆いながらそう答えた。感極まって頬には涙が伝っている。そして俺の方へとゆっくりと歩み始めた。

「グ、グレン?!えっ?あ、お、お化け?!」

 一拍遅れてポーラが叫んだかと思うと驚きの表情のまま固まってしまった。

「生きてるよ。一応戦闘中行方不明のはずだけど…。」

 俺が苦笑しながらポーラに答えていると、義母さんが俺の傍へやってきて両腕で俺を抱きしめた。

「よかった…。本当によかった…。」

「心配掛けたね。」

 俺もそっと義母さんを抱きしめる。

 すると階上から階段を降りる足音が聞こえてきた。

「大声出してどうしたんだ?」

 義父さんは事務所の扉を開けると開口一番ポーラに向かって声を掛けた。ポーラは義父の顔を見たが言葉が出てこない。まだショックから立ち直っていないようだ。

「ただいま。義父さん。」

 俺は義父さんに向かって声を掛けた。義父さんはポーラからゆっくりと俺の方へと視線を向けた。そして俺の顔を見た後、ゆっくりと俺に抱き着いている義母さんに視線をやり、また俺の顔へと視線が戻ってきた。

「グレン…なのか…?」

「あぁ、幽霊ではないよ。」

 俺がそう言うと義父さんの表情は驚きの表情から涙を流して、やがて笑顔になった。そして俺に近づいてくると義母さんごと俺を抱きしめた。

「あぁ、あぁ…、よかった…。」

「それにほら、ヴァレリーも居る。」

 俺は少し照れくさくなってそう告げると、ヴァレリーが民族衣装の顔部分を脱いで皆に挨拶した。

「お久しぶりです。社長、副社長、ポーラさん。」

「そうか。ヴァレリーも無事だったか!今日は最高の一日だ!」

 無事に迎え入れて貰えて嬉しい反面、これから伝えなければならない事を考えると暗澹たる気分になった。

「義父さん、義母さん、悪いけど時間が無い。」

「どう言う事だ。グレン。お前は家に帰ってきたんだろう?」

 義父さんは、俺たちから体を離すと信じられないと言った表情で言った。

「この格好の通り今の俺は『イーンスラ』人でグレンと言う名でもないんだ。そしてすぐに戦場へ行かなければならない。」

「一体どう言う事なの?帰ってきたんじゃないの?」

 義母さんは信じられないと言った表情だ。

「俺が生きているって事を伝えにきたんだ。実物を見れば信じるだろう?」

「それはそうだが、『イーンスラ』人と言うのはどう言う事だ。」

 義父さんの表情も曇る。状況は複雑で話すと長くなる。

「色々あってね。今は『イーンスラ』のムアンマルを名乗っている。そんな事より皆も出来るだけ早くこのルナ・ラグランジュ・ポイント2から離れて欲しいんだ。もうすぐここは戦場になる。」

 両親は複雑そうな表情だ。状況的に無理もないが俺には時間がない。

「ユーラシア連邦の奴らが攻めてくるのか?」

「あぁ、奴らの目的は<ルナ>だけど、攻撃拠点としてルナ・ラグランジュ・ポイント2を押さえる事は間違いない。」

「そうか…。」

 そして義父さんはそのまま押し黙ってしまった。一方義母さんは急に表情が明るくなった。

「ここから離れなければならないならグレンが居られる場所へ逃げるわ!だからグレン!一緒に逃げましょう!」

 唐突な義母さんの提案に心が動く。それは魅力的な提案に思えた。だが

「ごめん。義母さん俺は戦場でどうしてもやらなければならない事があるんだ。」

「それは貴方でなくては出来ないの?そうでないなら他の人に任せて一緒に逃げましょう!」

 義母さんは必死な表情で訴えたきた。最終目的であるクスタヴィを倒すと言う部分については俺である必要はない。EUと『イーンスラ』などの同盟国が協力すれば火星艦隊を追い返す事だって出来るだろう。だがそれではクスタヴィを倒せるかはわからない。火星圏へと逃げ帰られるかも可能性だってある。それだけは避けなければならない。そうならないようにやはり俺は戦わなければならない。

「義母さん。ありがとう。だけど俺を待っている仲間も居るんだ。だから俺は行くよ。」

「そんな事を言わないで…。一緒に逃げましょう?」

 それでも義母さんは折れない。なんとか俺を引き留めようと必死だ。

「お前でないと駄目なんだな?」

 義母さんとのやり取りを黙って聞いていた義父さんが口を開いた。

「あぁ、それが一番成功率が高い。これでも俺はエースパイロットだ。」

「仲間たちは信頼できるんだな?」

「勿論。命を預けられる頼りになる仲間たちだよ。」

 俺の返答を聞いて義父さんは目を閉じて小さく息を吐いた。

「そうか。なら行ってこい。」

「貴方?!」

 義母さんは義父さんを小突きながら非難の声を上げる。

「グレンももう20歳だ。少し見ない間に大人の男になった。だからマーサ。俺たちに出来ることは大人になった息子を黙って見送るしかないんだよ。」

「そんな…、そんな…、嫌よ!親は誰しも子供に生きて欲しいものなの!」

 養母さんはさっきまでの嬉しい涙ではなく悲しい涙を流していた。俺が悲しませていることに胸が痛む。俺は義母さんを抱きしめた。

「大丈夫。言ったろ?これでも俺はエースパイロットなんだ。他の誰よりも強いんだ。だから必ず生きて帰ってくる。顔は見せられないかもしれないけれど、生きてる事を報告するよ。ムアンマルの名前で便りを送るから…。」

「グレン…。」

 泣くまいと思っていたが、俺の目からは涙が溢れていた。俺は義母さんから離れると義父さんを抱きしめた。

「義父さん。今まで育ててくれてありがとう。俺は貴方たちの息子になって幸せだった。」

「あぁ、お前は良い息子だよ…。」

 俺は義父さんから離れると二人の顔を焼き付けようとした。だが涙で滲んで二人の顔はもうよく見えなかった。

「これでお別れだ。トニーたちにもよろしく言っておいて。それじゃあお元気で。」

 そして俺は両親に別れの挨拶を告げ、事務所を後にした。

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