<マンホーム>編11
「着いたぞ。ここだ。」
「『ロケットクラブ』?」
大学内を歩き回って連れてこられたのは、古い倉庫のような建物だった。高さがかなりある建物で、研究棟と同じかそれよりも高いように見える。搬入出用と思われる大きな扉が付いていてスペース・トルーパーが歩いて出て来れそうな大きさだ。建物の端にはその大きな扉の他に人間が使用すると思われる小さな扉も付いていた。そしてその人間用の扉のところに『ロケットクラブ』と言う看板が掲げられていたのだ。
バーナードはその看板が掲げられた扉を開けると無造作に中へと入って行った。どうやらこの建物に馴染みがあるようだ。俺とヴァレリーもバーナードに続いて建物の中へと入った。
建物の中は薄暗かったが壁面に沿って馬鹿でかい円柱の構造物がいくつか並んでいた。
「これは…、ミサイルか?」
「似たような物らしいがな。違うそうだ。これがロケットって奴だ。」
ロケット。それは人類が軌道エレベーターを完成させるまで使用していた宇宙へ行く唯一の手段だ。確か軌道エレベーターの授業で少し話が出てきた記憶がある。
「あら。誰か思えば、バーナードとムアンマルじゃない。貴方たちもロケットに興味があるの?」
「やぁ、シンディ。ちょっと相談があってね。」
俺たちの声を掛けてきたのはジョン博士のゼミ生であるシンディだった。
「クラブのメンバーになるなら歓迎するわよ!」
どうやらシンディは『ロケットクラブ』のメンバーのようだ。研究室でもたまに世間話をするが、ロケットの話はしたことがなかった。
「俺たちは学生じゃないからなー。」
「学生じゃなくても歓迎するわよ!大学に関係ない人も沢山参加してるわ!」
シンディは普段でも明るい性格だが、なんだかいつもより更にテンションが高いように思える。
「そうなのか。条件次第では参加するよ。」
「本当に?!大歓迎よ!それで相談って?」
「あぁ、それはこのロケットで今でも人を宇宙に上げられるのか知りたくてね。もしできるなら俺たちを宇宙へ飛ばして欲しいんだ。」
バーナードの言葉に俺はギョッとした。どうやらバーナードはこのロケットで宇宙に上がるつもりらしい。確かに軌道エレベーターも使わずイングランド国内から宇宙に行ける方法ではあるが、出た後はどうするのだろうか?オービタルリングまで移動して接舷できるのだろうか?古びた円柱形の構造物を見る限り、かなり原始的な物に見え、それが可能かさえもわかなかった。
「宇宙局が許可を出せば可能よ。でも問題が沢山あるわ。まず軌道エレベーターに比べれば危険な乗り物よ。宇宙に出る早さは間違いなくこちらの方が早いけどね。」
確かミサイルに人を乗せて大推力で<マンホーム>の重力と引力を振り切って宇宙へと飛び出す代物だったはずだ。安全性以前に正気の沙汰とは思えない。
「他には?」
今の話だけで俺は乗る気が起きないが、意外や意外、バーナードは違うらしい。
「打ち上げたロケットは低層リングに接舷して回収するのだけど、<マンホーム>に戻す費用が馬鹿にならないの。だから基本的に宇宙で売却する事になるわ。そしてロケットで宇宙に出た人間も戻るのは軌道エレベーターしかないわ。大気圏再突入ができるロケットもあるけど、リスクと費用の面からお薦めしないわね。」
「なるほど。低層リングに着いたら静止衛星軌道のリングまで上がって<サークル>に出かけたりしないのかい?」
俺たちの場合はあくまで宇宙へと移動する手段であるので、そのまま<ルナ>や<サークル>へと移動することになる。
「聞いたことないわね。移動手段としてもあまりお薦めしないわ。」
「でもさっきの口ぶりから行くと今でもロケットで宇宙に出る人は居るんでしょう?移動手段じゃなければ何なんです?」
シンディの話を聞いていると、なんだかロケットと言う物は全然理に適っていなくて、とても移動手段としては使えないような気がしてきた。
「それはもうロマンよ!」
シンディは俺の方を向くと力強く言い切った。
「昔の人類の英知に思いを馳せながら見る<マンホーム>は格別らしいわ。あぁ、私も研究室が無ければ今すぐにでもロケットで宇宙に飛び出したいわ!」
シンディはうっとりとしている。飛ばす方も乗る方も好事家しか居ないようだ。しかも結局静止軌道リングまで昇るには軌道エレベーターを使用することになりそうだ。本当にバーナードが監視されているのであれば、軌道エレベーターを使用した時点で居場所がバレてしまうだろう。しかも逃げ場もない。やはりバーナードと一緒に宇宙に出るのは難しいように思えた。
「質問いいでしょか?」
ヴァレリーがシンディに向かって手を挙げた。
「何?ヴァレリー。」
「はい。ロケットを低層リングに接舷するのではなく、艦船で回収することは可能でしょうか?」
「艦船が用意できれば可能よ。あとロケットの回収は必須だから小型船では駄目よ。でも艦船のチャーターなんてそれこそ低層リングよりお金が掛かるんじゃない?」
どうやらヴァレリーは『バルバロッサ』にリングまで回収に来てもらうのではなく、直接ロケットを回収して貰おうと考えているらしい。確かにそれならば軌道エレベーターを使用せず済むので監視の目を掻い潜れそうだ。
「ムアンマルには艦船を持つ知り合いが居るので、それほどは掛からないと思います。」
「そうなの?」
「そうなのか?」
「あぁ、まあね。うちの親戚が運送業をしているからそのツテでね。」
俺の言葉に二人は頷いている。咄嗟に出た嘘だったが、どうやら2人は納得したようだ。親戚が運送業を営んでいるのは嘘ではないので真実味があったのかもしれない。
「じゃあシンディ。俺とムアンマル。そしてヴァレリーをロケットで打ち上げてくれないか。メンバーである必要があるなら入会する。」
その言葉を聞いたシンディの表情には見る見る笑みが零れてきた。
「えぇ!メンバーの必要があるわ!これ入会書ね!」
シンディが俺たちの端末に入会書を転送してきた。俺とバーナードは入会書に必要事項を入力し転送した。
「はい!OKよ!ようこそ!『ロケットクラブ』へ!それでいつ飛びたいの?」
「なるべく早くが良いんだけど…。」
俺はシンディのテンションに押されながら答えた。
「わかったわ!明日フライトプランを提出して…。」
シンディは独り言をブツブツと言っていたが
「よし!5日後に飛ばしてあげる!明日の朝にはフライトプランが出来上がるから取りに来て!じゃあ私は準備があるから!」
そう言うとシンディは俺たちの目の前から走り去った。
「なんとかなったかな…。回収する艦船の手配を頼むよ。」
「あぁ、わかった…。」
その様子を俺とバーナードは茫然と見送った。かくして俺たちは監視の目を掻い潜るべくロケットで宇宙へと上がることとなった。
翌日、フライトプランを受け取った俺とヴァレリーはロンドンへとやってきていた。ヴァレリーの持っていた情報に拠ると、リースマン商会のフロント企業はテムズ川のほとりにある地区にオフィスを構えているらしい。
ロンドンの街並みはオックスフォードと違い、近代的な高層ビルが数多く立ち並んでいた。さすがイングランドの首都と言ったところだろうか。しかし一方で古くからの都市であることを誇示するように石造りの建物も数多く見られた。フロント企業があるとされているオフィス街からも有名なロンドン塔が見えていた。
ヴァレリーに案内されるままオフィスビルへと入り、エレベーターで高層階へと上がるとそこにリースマン商会のフロント企業がある。会社名はリースマン商会ではなくロンドン・スペーストレーディングとなっている。受付のAIにヴィルヘルムから貰った名刺カードをスキャンさせてしばらく待っていると、身なりの良い紳士然とした壮年の男性がオフィスから出てきた。
「お待たせ致しました。中でご用件を伺いますのでどうぞこちらへ。」
壮年の紳士に促され俺とヴァレリーは、ロンドン・スペーストレーディングの社内へと招き入れられた。




