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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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<マンホーム>編9

「以上がルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件の真相です。」

 俺が知り得るルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件についての状況をジョン博士に説明した。その真相は世間一般で流布されているユーラシア連邦に拠る攻撃とは大きくかけ離れており、にわかには信じられないだろう。

「夕食ができましたよ。」

 俺の話が終わったのを見計らったかのようにジョン博士の奥さんが夕食の準備ができたことを告げに来た。

「今行くよ。サマンサ。」

 ジョン博士は奥さんにそう答えると立ち上がった。

「君の話を信じるよ。だが夕食ができたようだ。話の続きは後でしよう。」

「わかりました。」

 俺たちはダイニングへと移動して、食事を摂ることにした。そして食事が終わり、再び先ほど話をしていた部屋へと戻ってきた。ヴァレリーはその部屋で俺たちが夕食を摂っている間もバーナードをモニターしていた。俺がヴァレリーに視線を配るとヴァレリーは小さく頷いた。どうやらバーナードはよく眠っているようだ。

「バーナードはよく眠っているそうです。」

 そう言いながら俺はジョン博士の向かいの席へと座った。ジョン博士もソファーに腰を下ろすと口を開いた。

「そうか…。バーナードがやってきたのは7年程前になるかなぁ。」

 そう言ってジョン博士はバーナードの事を語り始めた。

「USに居る教え子からの紹介でこの研究室へとやってきたんだが、彼の症状は非常に珍しくてね。イメージ・フィードバック手術によってやり取りされる脳と機器との信号がまったく無くなってしまっていた。」

「本当ですか?」

 俺は驚いて聞き返した。

「あぁ、何度測定しても検出できなかった。」

 イメージ・フィードバック手術は人が思い描いた通り動きを機械にさせるものだ。その信号は強弱や速度に差はあれど手術をした者は全て使えるようになるところにメリットがある。確かにそれが本当なら非常に稀なケースだろう。

「バーナードは子供の頃からスペース・トルーパーのパイロットになるのが夢だったそうだ。なんとかパイロットを続けたいと思った彼はUS国内の医師やナノマシン研究者を当たったが、誰も彼の症状を解決できなかったそうだ。」

 バーナードはセイズ計画でイメージ・フィードバックの強化がされるまで最低ランクのパイロットだったとフリードリヒ大尉は言っていた。しかし強化後の彼は誰よりも速く、誰よりも強いパイロットへと生まれ変わった。セイズ計画3人の被験者の中で一番の恩恵を受け、一番の成果を示したのがバーナードだった。

 だが事件のせいでセイズ計画は凍結され、時を同じくして能力を失ってしまった。人生の最高潮から一転、奈落へ突き落された気分だっただろう。パイロットとして使えなくなったバーナードは、他の被験者たちと違い、軍を辞めざる得なかったではないだろうか。

「そしてジョン博士の元へ辿り着いたと?」

「あぁ、研究室へ来た時の縋るような顔を覚えているよ。我々の研究テーマがイメージ・フィードバック手術の個人差についてだったのでね。もうここしかないと考えていたのだろう。」

 どうやらジョン博士は奇しくもクスタヴィと同じような研究をしていたようだ。そこにバーナードも一縷の望みを掛けたのかもしれない。サイフが俺にジョン博士を紹介したのも母校だけではなく、研究内容とマッチすると考えたのだろう。

「そして最初の方の治療はかなり上手く行った。バーナードは微弱ながら信号を流せるようになった。だがその後は行き詰ってしまってね。」

 どうやら初期の治療は成功し、信号は流れるようになったようだ。どこも上手く行かなかった治療がここでは少しでも進んだ。それはバーナードにとって希望の光となっただろう。

「私たちはアプローチを変えてメンタル面での治療を試みた。だがその過程で彼がルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件に関わっている事を知ってしまった。」

 ふとジョン博士に目をやると手が小刻みに震えていた。

「私はバーナードを殺してやろうと思ったよ!息子と孫を奪った憎き仇だと思った!」

 怒りによってジョン博士の声量が上がっていた。だが次の言葉は一転して弱弱しく響いた。

「だが…できなかった。私は彼を殺すことはできなかった…。」

「何故ですか?」

 ジョン博士の手の震えはもう止まっていた。博士の表情は悲しみに満ちていた。

「結局は意気地の問題だ。残されるサマンサの事を思うと実行には移せなかった。さりとてもう私は彼を治療する気も無くしてしまった。狭量な事だが彼を助ける気も湧かなくなってしまった。」

「それは…。仕方が無い事ではないでしょうか。」

 ジョン博士には他にも守りたい大切なものがあった。死んだ人間と生きた人間、どちらを優先するかと言う問題だが、冷静に考えればほとんどの人が後者を選ぶのではないだろうか。

「いや、医師としては失格だよ。私はバーナードにこれ以上治療できない事を告げた。しかし彼はなんでもするので研究室に置いて欲しいと言ってきた。悩んだがもし断れば自ら命を断ちそうだと感じた。だから研究室に居ることは許した。殺してやろうと思ったのに矛盾しているだろう?だが例え医師として失格だったとしても自ら命を断たれるのは本意でないだ。」

 ジョン博士の苦悩がありありと見て取れる。父として、医師として、人として様々な立場がジョン博士を苦しめていた。

「今日ムアンマル君から話を聞いて、私は過去の自分を褒めてあげたいよ。よくバーナードを見放さなかったとね。」

 ジョン博士は少し笑ったように見えた。

「正直、まだわだかまりもある。だがバーナードもまた被害者だ。あれ以来私は彼から目を背け続けてきた。そして彼が自殺を図ったことで向かい合う必要が出てきた。今の私の気持ちはなんとかバーナードを救ってあげたい。」

 どうやらジョン博士は腹を決めたようだ。

「バーナードの治療を再開しよう。」

「ありがとうございます。」

 それはバーナードに取って生きる希望になるだろう。

「礼を言うのはこっちだよ。ムアンマル君。勿論君についても研究室で全面的にバックアップさせてもらうよ。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


 こうして俺とバーナードはジョン博士の研究室で治療に専念することになった。俺の神経索は研究のため、以前と同じ状況に戻された。そしてどれぐらいの負荷が掛かれば脳に影響が出るかの閾値を見つけることが出来た。これでヴァレリーによりリミット管理を行うことで、俺のパイロットしての能力の低下は必要最低限のものとなった。

 バーナードについても俺のデータとヴァレリーの協力により、スペース・トルーパーが操縦できるレベルの信号が送られるようになったそうだ。これで再びパイロットとして返り咲けるだろう。

 そうして俺たちがオックスフォードで過ごしている間に、宇宙では大きな戦いが始まろうとしていた。サイフの読み通りユーラシア連邦の火星艦隊が<ルナ>奪還のために地球圏へとやってきたのだ。

 一方のUSも手をこまねいていたわけではなく、ソル・ラグランジュ・ポイント2のサークルに対抗するための艦隊を揃えていた。

 きっと宇宙は大変なことになっているだろう。だがそんな状況とは裏腹に<マンホーム>にあるオックスフォードはいつもと変わぬ日常が繰り返されていた。

 そして俺はその状況に違和感を感じるのだった。

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