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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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<マンホーム>編8

 俺とヴァレリーはバーナードの部屋を出た後、廊下を歩きアパートメントの入口までやってきた。しかし俺は部屋を出てからずっとバーナードの事が気になっていた。送り出す時の様子が何かおかしかったのだ。俺は足を止めると小声でヴァレリーに尋ねた。

「ここからバーナードの部屋の様子はわかるか?」

「少し遠いですね。」

 ヴァレリーにはパイロットの状態を把握するための様々なセンサー類が装備されているが、その対象距離はそれほど長くはない。

「部屋の様子が探れる場所まで戻ろう。」

 嫌な予感がする。俺は即決すると来た道を急いで戻り始めた。

「奥の部屋に居ます。手には金属と樹脂反応。形状から銃器を持っていると思われます。」

 バーナードの部屋の手前でヴァレリーがそう告げた。嫌な予感は当たるものだ。俺は一気にバーナードの部屋の前まで走ると古いタイプの扉のノブを回した。ロックされているものと思っていた旧式の静脈スキャンキー方式の扉は予想を裏切りすんなりと開いた。このタイプはオートロックで鍵が掛かっているはずだが、どうやらオートロックが解除されているようだ。銃器を持っていると言うことは恐らく自殺を図ろうとしているはずだ。自殺後すぐに誰かが駆けつけられるように気を回してオートロックを解除したのだろう。

 変な気を回したおかげでこちらとしては助かった。俺は扉を開けると奥の部屋へと走り出した。奥の部屋の扉は開けっ放しになっており、そこには銃を手にしたバーナードが立っていた。

 予想外の来訪者に驚くバーナードに向かって、俺は駆け込んだ勢いそのままに飛び掛かった。そして銃を握った方の腕を取ると銃口がこちらに向かないように腕を極めて倒れこんだ。

「痛い!」

「銃を放せ。」

 俺は騒ぎを大きくしないようバーナードに向かい低い声で言った。バーナードは拘束を解こうと藻掻いている。

「銃を放せ。」

 俺がもう一度言うと観念したのかバーナードは銃を手放した。俺は手早く銃を拾い上げて立ち上がるとバーナードから距離を取った。

「死なせてくれ…。」

 バーナードは倒れこんだまま消え入りそうな声で呟いた。俺は目線をバーナードに向けたまま、銃からマガジンを抜くとスライドから弾を取り出した。そして部屋に入ってきたヴァレリーに銃とマガジンを渡すとバーナードの襟首を掴んで立ち上がらせた。

「あんたが死んでも何も解決しないんだよ。死にたいならなんで俺の両親の代わりに死ななかった。」

 俺はそれだけ言うと襟首から手を離した。両親の事を思い出して少しヒートアップしてしまったようだ。俺は冷静さを取り戻すべく大きく深呼吸をした。

 少し頭が冷えて自己嫌悪に陥る。ルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件の責を負うべきはバーナードではなくクサヴェリーことクスタヴィだ。

 バーナードを見ると身じろぎ一つしない。しかしバーナードをこのままここへ置いて帰るわけにも行かない。俺は携帯端末を取り出すとジョン博士へ連絡した。事情を説明するとジョン博士はこちらに来てくれるそうだ。正直昨日この国へ来たばかりの俺には手に余る事態だ。

 通話している間もバーナードの様子を伺っていたが、やはり動く気配はなかった。通話が終わり、大分頭が冷えた俺は事態を整理するべくしゃがみこんでバーナードに話しかけた。

「さっきは言い過ぎました。すみませんでした。」

 俺がそう言うとバーナードはゆっくりと俺の方を向いた。

「…。君はルナ・ラグランジュ・ポイント4住人だったんだな…。俺の方こそすまなかった…。」

 バーナードの表情は先ほどまでと違いこの短時間で憔悴しきっていた。

「事件の記録は、とある人物から見せて貰いました。貴方に責任はありませんよ。自分の命よりも大切なものなんてありませんから。」

 俺の言葉にバーナードは涙を流した。急な感情の起伏に俺は戸惑いを隠せない。しかし10年近くの間、彼は自分を責め続けていたのではないだろうか。何しろ事件の真相はUS軍の保身のため闇に葬られてしまった。赦されることも罰せられることもなく彼は今日まで生きてきたのだ。そう考えると彼のこの一連の行動も少し理解できる気がした。

「教えて下さい。貴方は何故自殺しようしたのですか。」

「…。クスタヴィを…。殺せていなかったからだ…。」

 バーナードは途切れ途切れに答えてくれた。要約するとこうだ。

 バーナードにとってクスタヴィは親友だったらしい。それが敵であるユーラシア連邦に寝返ると言うのだ。なんとか翻意さそうと試みたが結局はクスタヴィを追い詰めただけで、その結果ルナ・ラグランジュ・ポイント4にミサイルを撃ち込まれてしまった。

 そこでバーナードもクスタヴィの翻意を諦め、クスタヴィを撃墜することに切り替えた。そして最終的には相討ちに近い形で撃墜した。はずだった。しかしそうではなく最悪の形で親友は敵国へと渡り、USが独占していた技術も流出してしまった。その事によりバーナードは絶望の淵に立たされてしまったようだ。

「どういうことかね。」

 バーナードが語り終えたところでジョン博士がバーナードの部屋へと入ってきた。ジョン博士はバーナード見るなり、家へ連れて帰ることを提案した。バーナードをここに一人で置いておくことはできないし、妥当な判断だろう。俺が部屋から退去すべくヴァレリーから銃を受け取ると、その銃をジョン博士に見咎められた。どうやらイギリスでは銃の所持は違法らしく厳しく制限されているらしい。ここに置いて行くには危険な代物であるらしいので、俺たちは仕方なく銃を隠して持ち帰ることにした。


「博士。バーナードの様子は?」

「薬で眠らせた。」

 ジョン博士の家に戻ってくると、バーナードはジョン博士の診察を受けた。やはり精神的に不安定であるようで鎮静作用のある薬を投与されて眠らされたようだ。

「ヴァレリー。監視を頼む。」

「わかりました。」

 バーナードが起きた時に再び自殺を図らないようヴァレリーに監視をお願いした。

 ジョン博士はソファーに体を預けるように座った。疲れているように見える。

「ムアンマル君もルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件の被害者だそうだね。」

「どこでそれを?」

 ジョン博士には話していないはずの事柄を唐突に話されて少し警戒を露わにした。

「バーナードが譫言のように言っていたよ。ムアンマルに済まない事をしたと。」

「そうですか…。」

 やはり両親の代わりに死ねは失言だった。理性ではバーナードに責任はないと考えていたはずなのに、心のどこかでそうは思っていなかたようだ。再び自己嫌悪の念が湧いてくる。

「君は事件で両親を亡くしているんだねぇ。バーナードを憎くはないのかね?」

 渋い顔をしているだろう俺の顔を見てジョン博士は不思議そうに尋ねた。

「俺が知っている状況では、彼に罪はないですから。」

「彼は私にルナ・ラグランジュ・ポイント4の住人を助けられたかもしれないと言っていたぞ!」

 ジョン博士は急に感情を露わにした。一体どうしたのだろう?俺がじっと博士を見つめると博士は少しばつが悪そうに言った。

「私の息子と孫がルナ・ラグランジュ・ポイント4で暮らしていたんだ…。バーナードがそう言ったとき、私は彼を詰ったよ。」

「気持ちはわかります。俺も何も知らなければそうしていたでしょう。」

 もし事件の真相を知らずにバーナードにそう言われていたら、俺は彼を殴っていただろう。詰るだけで済ませるとはジョン博士は人が出来ている。

「すまないが事件の詳細を教えてくれはしないだろうか…。」

 ジョン博士は苦悶の表情でそう言ってきた。息子と孫がどう言う事情で死んだのか知りたいのだろう。だが余り世間に知られていい内容ではない。

「それは構いませんが、一つだけ約束して下さい。決して他言しないように。もし話が広まれば命の危険もあります。それでも聞きたいですか?」

 俺はあえてジョン博士を脅すような言い方をした。だが命の保証がない事は可能性として十分に考えられる。何しろUS軍の重大な不祥事なのだ。諜報部の耳に入れば消されてもおかしくはない。ジョン博士は少し考えてから

「あぁ、教えてくれ。」

と言ってきた。ジョン博士の覚悟は決まったようだ。心が弱っているバーナードには味方が必要だ。それが事件で息子を亡くしているジョン博士ならばバーナードも心強いかもしれない。

 俺はルナ・ラグランジュ・ポイント4襲撃事件についてジョン博士に語り始めた。

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