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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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<マンホーム>編3

「これが今俺が話せる情報の全てです。」

「大変興味深い話だったよ。」

 途中睡眠と何回かの休憩を挟んで俺はサイフにこれまでの事を話続けた。主には火星圏とクサヴェリーの脅威についてだ。なんとかサイフにクサヴェリーが危険であることを認知して貰おうとあれこれ話してみたが、サイフは表情一つ変えずに聞いていた。

 ずっと手ごたえのないまま話続けていたが、ユーラシア連邦の火星圏拠点である『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の様子についてだけは別であった。俺にはわからなかったが、ヴァレリーはサイフの変化に気づき通信をしてきた。

《サイフ大臣は『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の情報に興味があるようです。交渉してみてはどうでしょうか。》

 ヴァレリーの助言に従い、俺は一旦話を止めるとサイフに交渉を持ちかけた。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の情報を提供する見返りとして『イーンスラ』国民としての身分証の発行を要求したのだ。正直渋られるかと思ったが、意外にも承諾を得ることができた。これで俺は懸案事項であった新たな身分を手に入れることとなった。

「レポートについては『グラウンド・ポート』で作成して貰うことになる。悪いがレポートの作成が終わるまでは軟禁させてもらう。と言っても身分証がなければ『グラウンド・ポート』からも出られないがね。」

「わかりました。」

 『グラウンド・ポート』は巨大な人工島で軌道エレベーターの基底部となっている。『クライマー』の発着駅の他にも宇宙へ送る物と宇宙から送られてくる物を送り出す為の港や、軌道エレベーターから距離を取って造られた空港までとを繋ぐリニアとその駅、他にも宿泊施設や商業施設なども整備されているようだ。

「では話は以上だ。間もなく『グラウンド・ポート』に到着するが、それまで<マンホーム>の様子でも眺めてくれたまえ。」

 そう言ってサイフは端末に向かい仕事を始めた。俺はお言葉に甘えてモニターから<マンホーム>の様子を見ることにした。『クライマー』の横に付いているカメラからの映像を見ると画面下部は<マンホーム>が大きく映し出されている。遠くから見ると青い星だと言うイメージが強かったが、話している間に随分と近づいた<マンホーム>は赤茶けた大地も見えるようになっていた。体の方もかなりの重力を感じ始めていて到着が近い事を感じさせた。到着までわずかな時間であったが俺はカメラを切り替えながら<マンホーム>の様子を十分に堪能した。



 <マンホーム>に到着後、『クライマー』から降りた俺たちは再びサイフ一行について行くことで入国審査を経ずに入国に成功した。『グラウンド・ポート』はもう『イーンスラ』国内と言う扱いのようだ。

 ふと駅から外を見るとそこは見渡す限りの水があった。これが海と言うものだろう。上空から見ていたのとはまた違い、その水の果ては何も見えず終わりがないかのようだった。

「見渡す限りの海ですね。」

 隣に佇むヴァレリーが外を見ながら呟いた。

「これが海か。初めて見た。」

「私もです。」

 シリンダーで生まれた俺たちにとって、これだけの大量の水を見るのは初めてだった。

「グレン君。置いて行くぞ。」

「すいません。今行きます。」

 海を眺めている間にサイフ一行は先へ行ってしまっていたようだ。俺たちは慌てて前を歩くサイフ一行に追いついた。

「やはり海は珍しいか。」

「はい。」

 歩きながらサイフと話す。

「時間があれば入ってみると良い。更に発見があるぞ。」

「こんなに大量の水があることだけでも驚いているのにまだ何かあるんですか。」

「<マンホーム>は初めてなのだろう?。ならここには驚くことがたくさんある。」

 それだけ『シリンダー』内と<マンホーム>との環境は違うのだろう。しばらく行くと高級そうなホテルの入り口に到着した。『トルトゥーガ』の高級カジノを思わせるような建物だ。

「グレン君。君とはここでお別れだ。秘書のナスリーが君の世話をする。何かあれば彼に相談してくれ。」

 そう言うとサイフは俺と握手を交わし、秘書官を一人残して去って行った。残った秘書官がナスリーなのだろう。

「部屋をご用意致します。」

 そう言うとナスリーはホテルの中へと入って行った。入り口で立っていても仕方ないので俺たちもホテルへと入った。

 外観からして豪華だったが内装も負けず劣らず豪華だった。俺たちには分不相応に思える。サイフが準備してくれたので文句は言えないが、落ち着ける気があまりしない。せめて普通の部屋と思っていたが、かなり上階のスィートルームへと通された。

「私は隣の部屋に控えていますので、何かありましたら内線でご連絡下さい。ホテルの敷地から出ないようにお願いします。」

 俺が部屋に気後れしているのを知ってか知らずかナスリーは部屋を出て行った。軟禁状態と言っていたが、ホテル内はどこへ行っても良いらしい。裏を返せばホテル内であればどこに居ても位置を把握できると言う事なのだろう。

 今日は話し疲れてしまったのでルームサービスで食事を摂るとすぐに休んでしまった。

 翌日、ナスリーがレポートの作成用に端末を持ってきてくれた。俺はヴァレリーとの通信ログと記憶を頼りにレポートの作成を始めた。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』に潜入してから1年半が経っているが、その時の様子は覚えている。

 街並みや配給制度など俺が覚えていることを書いていく。そう言えば彼は元気だろうか。俺の世話をしてくれた彼。だが名前が出てこなかった。

 彼の妻のスサンナや息子のボリスとグレープの名前は出てくるのに、彼の名前は出てこない。

 まぁ良い。ど忘れと言う奴だろう。今は名前は重要ではない。俺は気を取り直すとスサンナの家庭での暮らしぶりなどを思い出しつつレポートをまとめた。

 そしてこのレポートには重要なことを書いておかなければならない。ユーラシア連邦は『ノーヴィ・チェレポヴェツ』で大規模なナノマシン投与実験を行っていると言うことだ。アーシュラと思われるガイノイド曰く、全員にナノマシン強化を施していると言っていた。クサヴェリーの性格を考えれば恐らく本当のことなのだろう。数百万人規模で人体実験を行っていることはサイフに警戒心を与えるきっかけになってくれるはずだ。


 レポートを2日で仕上げ、ナスリーに手渡すと連絡があるまでホテルで待機して欲しいとのことだった。どちらにせよ『イーンスラ』での身分証を手に入れるまで、ここからは動けない身だ。せいぜい<マンホーム>を満喫させて貰うとしよう。

 まずはずっと気になっていた海に行ってみた。と言ってもホテルから外には出れないので、ホテルに併設されている海水を使ったプールのようなものだ。

 一応人工の砂浜が設置されており、自然の海を再現しているのが売りのようだ。安い水着を買って来て貰い、海に入ってまず最初に驚いたのは海水に奇妙な香りが付いていることだった。

 ヴァレリー曰く人体には影響がないとのことだ。また舐めてみると塩辛いことにも驚いた。あとは乾くとネトネトとしていて気持ち悪い。俺たちが普段使用していた水と違い様々な成分が溶け込んでいることが原因なのだろうが、なんとも奇妙な感じがした。

 他に驚いたことと言えば空が高くて広いことだ。遥か彼方に低層リングが見えている。その先に俺たちが暮らしていた宇宙が広がっているかと思うと不思議な気分になる。宇宙は黒いのに、ここから見る空は青いのだ。夕方になると赤やオレンジ色になり、夜の間だけ空が黒くなる。シリンダーでも夕方は徐々に照明を落としていたが、その時に赤やオレンジにしている理由がいまいちピンと来ていたなかったが<マンホーム>にきて合点がいった。あれは<マンホーム>の夕焼けを再現しようとしていたのだ。

 こうして<マンホーム>を満喫して5日が過ぎ、そろそろ飽きが来た頃にサイフから呼び出しが掛かった。

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