実験部隊編12
オペレーション・サピュームが完了して1週間が経とうとしていた。
『ST-05』の航宙テストは全て完了したわけではないが、実戦データが取れたこともあり、機体にそのフィードバックを施すための期間が設けられた。その間パイロットたちには、ささやかな休暇が与えられた。
だが軍の広報部はこれ幸いとオペレーション・サピュームの成功を内外に示すべく、俺以外のパイロットたちをあちこちの広報活動に引っ張り回しているらしい。先日も勲章の授与が行われ、その式典が行われたそうだ。久方ぶりの明るい話題であるので、国としても大いに活用したいのだろう。
俺は目立つことを避けるため全て辞退しているので、ヴァレリーと一緒に新しいスペース・トルーパーのアイデアなどを出しながら休暇を満喫していた。
そんな休暇の午後、急な呼び出し音が端末から鳴り響いた。
「緊急の呼び出しだ。なんだろう?」
俺は軍から支給されている端末を取り上げるとメッセージを確認した。そこには部隊室への出頭要請が映し出されていた。
「ヴァレリー。何か情報は?」
「ニュースを検索します。… 一般に流れているニュースには緊急を要するようなトピックはありません。」
またテロでも起きたのかと思ったが、そうではないようだ。
「部隊室へ急ごう。」
俺とヴァレリーは支度を済ませると部隊室へと向かった。
俺が部隊室に入ると、そこに居た全員が待ちかねたようにこちらを見た。その場には部隊責任者のモルシド少佐とその秘書官であるシファー、ナノマシン管理者のターリブ、あとはフサームとカリームが居た。皆一様に険しい表情だ。
俺は空いている席に座ると、部隊長であるモルシドに尋ねた。
「緊急の呼び出しですが、一体何があったんですか?」
俺が尋ねるとモルシド少佐が苦い表情で言った。
「USから君の引き渡しを求められている。」
「USが引き渡しを?」
USに俺の存在を気取られることは想定していた厄介ごとの1つだが、想定よりも早く露見したようだ。それにしても引き渡しとは穏便ではない。トニーなる人物はスペース・トルーパーのパイロットとして実際US軍に在籍していたと聞いている。退役後はUSに住んでいないそうだが、『トルトゥーガ』に身分証が売られていたと言う事は、現在は余り良い環境に身を置いているわけではなさそうだ。
モルシド少佐が目配せすると秘書官のシファーが端末を手渡してきた。そこには正式な外交ルートを通じて届けられた文書が映し出されていた。
「俺が脱走兵であると…。」
外交文書にはトニー中尉なる人物は脱走兵である旨が書かれていた。そして裁判を受けさせるため、USに引き渡すよう要求する内容であった。
「この文書ではそうなっているな。」
「俺は正式にUS軍を辞めています。」
「それは勿論信じているよ。つまり問題はUSが君から技術が流出することを良しとしてないと考えていることだ。」
信じていると言うモルシド少佐の言葉に、身分を偽っている俺の良心は少し痛んだ。モルシド少佐は、USが俺の引き渡しを要求してきたのは、技術流出を防ぐためのでっち上げだと考えてくれているようだ。それも理由の一つだろうが、俺からするとなりすましがバレている可能性を考えなければならない。
外交文書と言う記録に残る文書を発行していると言うことは、後々問題になることがないと言うことを意味している。それは『イーンスラ』軍に居るトニーが偽物であると言う確たる証拠を握っていると言うことだ。USは本物のトニーが今どこで何をしているかを把握しているのだろう。
その上で『イーンスラ』軍でトニーを名乗る人物が何者かを確認するために引き渡しを要求していると考えられる。勿論既にグレンである事を把握している可能性もある。
「『イーンスラ』とUSで引き渡し条項は取り交わしているんですか?」
「同盟国だからな。取り交わしている。」
その言葉を聞いて緊張感が走る。呑気に座ったのは失敗だった。いつ拘束されてもおかしくはない。俺は直ぐにでも立ち上がって動けるように身構えた。
「待って下さい!」
モルシド少佐の言葉にフサームが反論した。
「これまでトニー殿がどれだけこの部隊に貢献してきたと思っているんですか!恩を仇で返すつもりですか!」
フサームが怒りを露わにした。
「そうです。彼が居なければこの部隊はこれほどの成果を納めていなかったでしょう。」
ターリブもフサームに追従するように俺を擁護した。
「それは私も分かっているつもりだ。だがトニー中尉をもうこの部隊には置いておけない。だから逃がす算段をこれからするのだ。」
「逃がすですか?」
俺は意外な言葉に思わず声を上げた。拘束されるどころか逃がしてくれると言うのだ。
「あぁ、こんな状況になってしまったことについては我々にも責任がある。我が部隊は必ず君を無事に『ウデュジャーザ』から逃がしてみせる。」
モルシド少佐の力強い言葉に俺が唖然としていると、フサームがモルシド少佐に向かって敬礼をした。
「失礼致しました!少佐殿!その言葉を聞いて安心しました。」
「とは言え我々は軍人だ。上からの命令は絶対で、できることは限られている。」
モルシド少佐は苦笑した。文民統制されている軍人に取って政府からの要請は絶対だ。
「確かに。でどうするので?」
カリームは状況を楽しむかのような表情でモルシド少佐に尋ねた。
「私は一介の少佐なのでね。力が足りない。だからコネを使うことにした。」
「コネ?」
「我が隊には強力なコネを持つ隊員が居てね。そのコネに掛けた。」
モルシド少佐が言葉を言い終わらない内に扉が開き誰かが駆け込んできた。
「アンタル少尉。」
駆け込んできたのはアンタルだった。モルシド少佐がアンタルに声を掛ける。
「そろそろ戻ってくる頃だと思っていたよ。首尾はどうだ?」
「はい。何とか協力を取りつけました。」
「それは大変結構。」
「しかし時間がありません。」
「そうか。わかった。」
そう言うとモルシド少佐は俺に向き直って
「トニー中尉の任務を解く。君のおかげで我が隊は軌道に乗ったと言っても過言ではない。本当にありがとう。」
と言った。
「俺を逃すと立場が悪くなるのでは?」
USに引き渡さなければならない人物が逃げたとなれば責任問題になるだろう。部隊が潰されれば元も子もない。
「さっきフサームが言ったとおり、恩には報いなければならない。コネからの後ろ盾を得たから私たちの事は気にしなくていい。この後の事は任せて行きなさい。」
確かに今USに戻ったとしてグレンであることがわかれば、どうなるかはわからない。一番軽いと処分後に原隊に復帰だが、重いとユーラシア連邦のスパイ容疑を掛けられて投獄されることになるだろう。拘束されることは避けた方が良い。
俺はヴァレリーの方を見た。するとヴァレリーは静かに頷いた。
「わかりました。短い間でしたがお世話になりました。」
俺はそう言ってモルシド少佐に敬礼した。モルシド少佐も返礼を返す。
「トニー殿。借りは貸したままにしておきます。またいつでも取り立てに来てください。」
「あぁ、わかった。ありがとう。」
そう言って差し出されたフサームの手を俺は握り返した。
「体に気を付けてな。貴方に神に導きが在らんことを。」
そう言って今度はカリームが手を差し出してきた。
「ありがとう。」
カリームとも握手を交わす。
「すいません。トニー中尉。時間がありません。」
「わかった。皆さんありがとうございました。お元気で!」
俺は皆に挨拶するとアンタルとヴァレリーと共に部隊室を後にした。
「荷物を取りに行っていいか?」
俺は急いで移動するアンタルに尋ねる。アンタルは時間を確認しながら
「5分なら。」
と答えた。余程時間が無いらしい。
「了解だ。それでその後の行き先は?」
「宇宙港です。そこから船で『リング』に脱出して貰います。」
「『リング』だって?」
「そうです。そして最終目的地は『イーンスラ』本国です。」




