実験部隊編11
酸素タンクと推進剤タンクに仕掛けられた閃光は『アラブの夜明け』の面々の目を焼いた。即座にカメラの自動補正機能が働くだろうが、その一瞬があれば俺には十分だった。こちらに銃口を向けている敵機の死角へと移動しつつ、一気に距離を詰める。
彼らの目に俺がどう映ったかは定かではない。完全に見失なったのか、影だけ見えたのか、はたまた実際は全て見えていたが反応できなかったのか。事実として残ったのは、俺が腿の装甲に隠していたプラズマ・ブレードを用いて敵機の銃を持った右腕を切断したことだ。返す刀で間髪入れずにコックピット目掛けてブレード突き刺す。
今は時間が惜しい。俺は敵が動かなくなった敵機を蹴飛ばした反動で敵巡宙艦である『シャンシー』級へと向かった。
カメラが回復した『シャンシー』級は連絡船へと砲撃を始めていた。しかし酸素タンクと推進剤タンクの残骸が連絡船との間に立ち塞がり盾の役割を果たしている。タンクはそもそも頑丈に作られており、作戦に先だって出来る限り補強したとのことだ。だがそれも長くは保たないだろう。
俺は囮になるため『シャンシー』級の正面へと躍り出た。対宙砲がこちらを向けば連絡船への攻撃は減り、それだけ生き残る可能性が高まる。もしこちらに目もくれずそのまま連絡船を狙うようなら、プラズマ・ブレードを突き立てられる距離にまで近づくだけだ。近接武器が届く距離にまでスペース・トルーパーに近づかれた艦船は、反撃の手段を持たない。故に巡宙艦には縦横無尽に動けるスペース・トルーパーの守りが必要なのだ。
だが今『シャンシー』級にはスペース・トルーパーの守りが無い。案の定、俺を近づけさせまいと対宙砲の目標を連絡船から俺に変えてきた。俺は連絡船が射線に入らない位置に陣取り、対宙砲を避け続ける。無理をする必要はない。今も刻一刻と連絡船はこの宙域から離脱しようとしている。俺たちはここに『シャンシー』級を足止めしておけば良いのだ。
《こちらも終わりました。参戦します。》
少し遅れてアンタルも『シャンシー』級への攻撃に参加してきた。近接武器だけで無事『白虎』を無力化できたようだ。これで『シャンシー』級を守るスペース・トルーパーは居なくなった。
アンタルが参戦したおかげで『シャンシー』級の対宙砲は、我々2機に釘付けとなった。敵は事態を打破するべく『シャンシー』級の加速を始めた。連絡船を追うつもりのようだ。だがこちらは近接武器だけでそれを止める術がない。更に『シャンシー』級はミサイルを連絡船目掛けて発射した。
《させるか!》
俺は対宙砲を掻い潜ると加速を始めたばかりで、まだ速度が出ていないミサイルに近づいた。ミサイルの周りには誤射しないよう対宙砲は撃たれていない。
俺はミサイルを撃墜すべく引き延ばされた時間の中へと入って行った。
《ヴァレリー。動力と炸薬との境目をガイドしてくれ。》
《了解です。》
俺とヴァレリーとの間で言葉を介さない超高速の会話が行われた。ゆっくりと迫りくるミサイルにヴァレリーが切断ガイドを表示させてくれている。俺はその線に沿ってプラズマ・ブレードを振り下ろす。ミサイルは動力部分と炸薬部分がきれいに二分割された状態になった。そして今まさに加速せんと火を噴き始めた動力部分を蹴飛ばしたところで引き延ばされていた時間の流れが元に戻った。炸薬部分は連絡船には到底追いつかない速度で流れて行き、動力部分はあらぬ方向へと飛び去って行った。
《そんな馬鹿な…。》
その様子を見てアンタルが驚嘆の声を上げる。俺からすればゆっくりとした余裕のある時間の中で行ったことだが、端から見れば凄まじい早さで炸薬部分と動力部分を正確に両断したように見えたはずだ。
俺はもう切断したミサイルには目もくれず『シャンシー』級へと接近した。ミサイルを多数撃たれると処理しきれない。先ほどまでは対宙砲を引き付けるため、あえて距離を取っていたがそうも行かなくなった。今度は対宙砲を掻い潜って艦船に肉薄すると、正面にあるミサイル発射口の一つにプラズマ・ブレードを突き立てた。
発射口は切り裂かれたことと熱のせいで、その形を歪めている。この発射口はもう使えないだろう。手近にあったもう一つの発射口も同様に潰しておく。事前に確認した情報だと正面にミサイル発射口が4つあり、それぞれ右舷と左舷に2つずつであったはずだ。左舷側はこれで潰せた。俺は『シャンシー』級の壁面を舐めるように飛んで右舷側へと向かった。
右舷の発射口を一つ潰したところでもう一つの発射口からミサイルが発射された。俺とアンタルからは少し距離がある。阻止することは難しい。だが
《誰か頼む!》
《任せて!》
フサーム、カリーム、ラビーアの3機が既にこちらに近づいてきていた。俺の頼みにラビーアが答える。復調した『ST-05』の火器管制システムはいともたやすくミサイルを撃墜した。
《やったぜ!》
カリームが喜びの声を上げる。
《我々も加勢します。》
フサームがそう告げると『ST-05』からの砲撃が始まった。
もはや大勢は決した。スペース・トルーパーのライフルでは致命傷は難しいが、5機による包囲攻撃により『シャンシー』級はあちこちから火を噴き、もはや航行不能となっていた。
《オペレーション・サピュームは次のフェーズへ移行する。各機帰投せよ。》
《了解。》
作戦本部は『シャンシー』級の戦闘能力は喪失したと判断したようだ。俺たちはこのまま連絡船をエスコートし、『ウデュジャーザ』へと戻る。戦場の後始末は今こちらに向かっている隊に引き継ぐことになっていた。
スペース・トルーパーを着艦させると格納庫内には整備兵たちが並んで俺たちの帰りを待っていた。俺たちパイロットがコックピットから降りると、ラビーアを除く4人は整備兵たちから手荒い歓迎を受けた。皆が笑顔で歓声を上げている。船内通信はお祭り騒ぎだ。
しかしそんな中で涙をヘルメットの中に浮かべた整備兵が居た。それは出撃前に話したあの若い整備兵だった。
《どうしたんだ?そんなに泣いたらヘルメットで溺れてしまうぞ。》
実際はいくら泣いてヘルメット内に涙が溢れても、一定量を上回るとセンサーが検知してヘルメット内の涙を掃除してしまうので溺れることはない。
《ありがとうございます。おかげで家族は助かりました。》
そう言って若い整備兵の目の周りには、また流した涙が溜まっていた。やはり連絡船に家族が乗っていたようだ。
《それは良かった。アンタルたちにも言ってやってくれ。》
《はい。ありがとうございました。》
そう言って若い整備兵は他のパイロットの所へと移動していった。
『ウデュジャーザ』に戻った俺たちは熱烈な歓迎を受けた。憎きテロリストたちを打倒した英雄として祭り上げられたのだ。
作戦を指揮した巡宙艦の艦長やモルシド少佐は言うに及ばず、パイロットであるフサーム、カリーム、アンタル、ラビーアのインタビューも連日放送された。
俺にも打診があったが丁重にお断りした。俺の立場上、悪目立ちすると厄介ごとが舞い込んでくることがわかっていたからだ。
そして厄介ごとは考えていたよりも最悪の形で俺の前にやってきたのだった。




