襲撃編2
現在俺たちは正体不明機から齎された暗号電文の示す座標に向かって移動している。正直敵か味方か判然としないが、俺たちには選択の余地がなかった。俺の居住地である<サークル>は大混乱だ。まず宇宙港の一部が破損し真空状態となっている。隔壁で隔離されているのでシリンダーや他の箇所への影響はないだろうが、住民たちは激しく動揺しているだろう。
そしてその破壊がスペース・トルーパーによって引き起こされたことだ。俺たちは人民軍であるとの当たりをつけているが、防衛隊や捜査局がその情報を持っているとは限らない。捕まれば宇宙港破壊の罪を擦り付けられる可能性もある。
防衛隊のスクランブル機が人民軍側の機体を追っていった隙を突き、こちらも<サークル>宙域を全力で離脱したのだ。現在『タロース』は識別信号を出していないので正体不明機と扱われてしまう。存在がばれないようにとやった隠蔽工作が仇となってしまった。<サークル>に戻るなら何かしら偽装工作が必要だろうがそんな当てもない。一縷の望みを持って座標に向かっているのである。
「ヴァレリー。電文が罠の可能性は?」
「罠の可能性は90%以上ですね。どの国の軍の罠かが焦点でしょう。」
「候補は?」
「US軍と人民軍、EU軍とME、あとはアフリカ諸国連合でしょうか。」」
「ほぼ全部じゃないか。」
「暗号がUS軍のものなのでUS軍であるとは思うのですが、それを逆手に取った罠の可能性がありますので。」
「はぁ…。とは言え他に縋るものもないしなぁ。」
「そうですね。」
「はぁ。」
状況が俺の処理能力を超えている。ため息しか出ない。
そして『タロース』は目標座標付近に到着した。徐々に減速してポイントに近づいていく。ポイントには小型の宇宙船が居た。そしてまた警告音が鳴った。
「暗号電文きました。読み上げます。『通信回線YWMM-0912で通信する』です。」
「回線を開いてくれ。」
「回線開きます。」
《お?繋がった。》
若い男の声が聞こえてきた。
《こちらの所属は今は言えない。君が困っているようなので助けてあげようと思ってね。》
とても頭からは信じられないような胡散臭い内容だ。
「助けてくれる内容とその見返りはなんですか?」
《我々は君を雇いたいと思っている。身の安全は保障しよう。》
「雇う?戦力としてですか?」
《それに近いな。》
ヴァレリーや『タロース』と生きていきたいと考えていた俺にとっては渡りに船の提案だ。だが話が旨すぎる。
「少し考えさせて下さい。」
《いいだろう。では一旦通信を切る。》
通信が切れた。
「コネクト解除。」
「コネクトを解除します。」
視界が切り替わりコックピット内が映し出される。身体の感覚も戻った。俺は避難バックから飲み物を取り出し口に含んだ。『タロース』に乗ってから1時間と経っていないが、緊張からか喉が渇いていた。飲み物を飲んで一息ついたので考えをまとめようとする。
提案は魅力的だ。だが彼らに俺を雇うメリットがあるだろうか?ハイスクールも卒業していない者を雇って使えるとは思えない。一体何が目的なのだろうか。
「ヴァレリー。彼らの正体に心当たりは?」
「小型艇の形から察するにUS軍ですね。所属部隊は不明です。」
「ヴァレリーが以前所属していた部隊では?」
「可能性は高いです。」
そうするとなんとなく辻褄は合う気がする。アンシュが言っていたヴァレリー製造の目的と関わりがあるような気がしてきた。事ここに至っては情報は多い方がいい。俺はそう決心するとヴァレリーに向かって口を開いた。
「ヴァレリー。君が作られた目的はなんだい?」
ヴァレリーがその口を開こうとした時、通信の呼び出し音が鳴った。
「通信を開いてくれ。」
《緊急事態だ。》
「まだ取り込み中だ。」
《さっき<サークル>を襲撃した連中がこちらに向かっている。》
「なんだって?」
防衛隊の追撃を振り切ったようだ。
《彼らの目的は君たちだ。我々は君たちを保護する必要がある。こちらの指揮下に入れば宇宙港の事件の容疑者から外そう。》
選択肢のない脅迫のような提案だが乗るしかないだろう。相手は人民軍である。こちらも軍の力を借りるしかない。
「わかりました。指揮下に入ります。」
《結構。我々はこれから敵を振り切りながらルナ・ラグランジュ・ポイント2方面へ戻る。防衛隊から部隊を出して貰い殲滅する。とりあえず君たちは戦闘に参加せず逃げる事だけ考えればいい。フォローはこちらでする。》
そう言うと小型船はバーニアを吹かして移動し始めた。俺は再び『タロース』にコネクトすると小型艇の後に続いた。小型艇は横にあるハッチを開けると一機のスペース・トルーパーが出てきた。
《こちら『クロウ1』。貴方を護衛します。》
女性の声だ。女性パイロットは珍しいと聞く。
「よろしく頼みます。」
俺たちは敵機を大きく回りこんで避けるようなコースで移動した。こちらも比較的足の速い船のようだが、あちらは更に足が速い艦艇を用意しているようですぐにでも会敵しそうだ。
しばらくすると警告音が鳴り、横合いから実弾が飛んできた。追いつかれたようだ。相手の数は2機でこちらと同じ数になる。『クロウ1』が敵の方へ突っ込んでいった。俺たちが戦闘参加にないのであれば数的に不利だ。
『クロウ1』は巧みに2機からの攻撃を避けながら牽制射撃を行い、こちらに敵が来ないようにしている。上手い、やはり軍のパイロットは違う。
暫くして『クロウ1』が上手く敵機に射撃を当てたことで勝敗は決した。敵機が傷ついた機体を回収しながら撤退していく。俺たちが参加しなくても余裕だったな。防衛隊は防衛圏のすぐ内側まで来ていた。それらに護衛されながら俺たちは防衛隊が駐留しているUS基地へと連れてこられた。またなんとか生き延びることができたようだ。




