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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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実験部隊編7

 『ウデュジャーザ』近辺で行われた実機テストと打って変り、航宙テストは波乱含みで始まった。

《当たらないわね。》

《…当たらないな。》

 射撃テストを行っているラビーアとアンタルがそれぞれ呟いた。着弾用に用意された的に向かって実弾を発射したのだが、弾は的に当たらず飛んでいき、生存距離を超えて無力化した。観測している限りでは機体がおかしな挙動をしているようには見えず、火器管制に問題があるように思えた。

「ソフトウェアのバグかな?」

《そのようですね。》

 俺のつぶやきに対してヴァレリーが肯定した。工場内で発射テスト自体は行っているだろうが、遠くにある的に向かって弾が当たるかと言うのはスペース・トルーパーの場合、宇宙空間で行わなければ意味がない。

 その後も何度か射撃を試みたが的に当たることはなかった。

《射撃テストは中止する。》

 埒が明かないと判断されたのだろう。巡宙艦に設置されている司令部からテスト中止の命令が下った。

《帰還ですか?》

《速度テストを前倒しで実施する。》

《了解。》

 射撃テストの後で実施する予定であった速度テストを前倒しで実施するようだ。技術者たちは一刻も早く実機を確認したいだろうが、テスト期間は有限だ。

 そして速度テストは想定通りの速度を達成し、順調に消化された。挙動におかしなところはなく、これで火器管制にだけ問題があることがわかった。その点については収穫があったと言えるだろう。

 俺が射撃用の的などを回収して巡宙艦へと戻ると先に戻っていたラビーアの『ST-05』に整備兵とターミル重工の技術者と思われる人々が群がっているのが見えた。彼らは血眼になって問題箇所を探しているに違いない。早急に火器管制の挙動の修正を行わなければテストが続行できないからだ。きっと今夜は徹夜だろう。


 彼らを尻目に俺はテスト結果のデータを提出すると食堂へと向かった。すると途中の通路で背後から

「トニー中尉。」

と声を掛けられた。

「ラビーア少尉。」

 俺が振り返えると少尉は俺の横に並んだ。

「食堂ですか?」

「えぇ。さっさと食べて寝ようかと。」

 技術者と整備兵には悪いが、今日の俺の仕事はもう終わりだ。

「私もちょっと休憩して食事をしようかと。ただ食べ終わったら格納庫に戻ります。」

「修正作業を手伝うんですか?」

「えぇ。うちの会社のことだから…。」

 どうやらラビーアは徹夜で修正する作業を手伝う気でいるようだ。確かにパイロットが必要な場面もあるだろう。先ほども聞き取り調査のために整備兵と技術者に囲まれていて熱心に話し込んでいた。

「明日のテストに差し障るんじゃ?」

 テストは火器管制の項目以外にもまだ残っている。

「ずっとパイロットが必要なわけではなさそうよ。今も休憩できているし、仮眠は取るわ。」

「あまり無理をしないように。」

「えぇ、ありがとう。」

 俺たちはパワーバーを供給機から受け取ると、男女別に区切られた場所で食事を摂った。

 俺は食事の後は割り当てられた部屋に戻り就寝した。


 翌日、ラビーアたちの努力も空しく、火器管制の問題は修正しきれなかった。一応予備日が設定されており、もう1日は延長が可能だ。俺たちは火器管制に関わらない残テストを消化すべく出撃した。

 しかし出撃後間もなく帰還命令が下った。

《始まったばかりなのになんだ?》

 カリームが不満そうに言った。確かに不可解だ。司令部からの返答も

《詳細は確認中のため帰還後のミーティングで説明する。》

と言うばかりだ。ただ司令部が混乱しているように聞こえた。

 帰還すると整備兵たちがスペース・トルーパーに取り付き補給を始めた。更に俺たちが着艦するなり、巡宙艦は加速を始めた。どうやらこの宙域を離れて別の場所へ移動するようだ。

《これは只事ではなさそうですね。》

 フサームの言葉に俺たちは頷いた。補給をしていると言う事は再出撃すると言うことだ。俺たちは只ならぬ雰囲気を感じながら命じられた通りブリーフィングルームへ出頭した。

 ブリーフィングルームには巡宙艦の艦長をはじめ、実験部隊の責任者でもあるモルシド少佐他、士官が揃っていた。部屋の雰囲気は重苦しく、緊張感が漂っていた。どうやらフサームが言っていた通り、只事ではない事態が発生したようである。

「まずは掛けてくれ。」

 艦長に促され俺たちパイロットは席に着いた。俺たちが席に着いたのを見計らない艦長が口を開いた。

「大変な事態が発生しているが、状況が込み入っているので順を追って説明する。」

 そう言うと前面のスクリーンに投影されたのはニュース番組の画面だった。ありがたいことに英字版だ。

「見ての通りオービタルリングと『ウデュジャーザ』間の連絡船がユーラシア連邦に臨検された後、拿捕された。」

 連絡船は定期的に<マンホーム>の衛星軌道上にあるオービタルリングや各『サークル』間とを往来する人の輸送に使用される船のことだ。

(ユーラシア連邦が一体何故?)

 そう考えていると表示されている画面が変わった。今度はユーラシア連邦に拠る会見の映像のようだ。

「だがユーラシア連邦は拿捕を否定した。」

 俺を含めパイロットたちがざわついた。

「どういう事だ?」

「意味が分からない。」

 そしてまた画面が変わった。今度はアラブ系の人間の会見のようだ。

「そしてこれが『アラブの夜明け』の犯行声明だ。連絡船の拿捕は『アラブの夜明け』がユーラシア連邦を装って行ったとのことだ。」

 ますます混乱するような内容だ。だが犯行声明内で拿捕されている連絡船の様子が映されてた。どうやら拿捕したのが『アラブの夜明け』と言うのは事実のようだ。そして映像の中で拿捕されている連絡船に銃口を突き付けているスペース・トルーパーは映し出された時点で合点がいった。

「『白虎』!」

 それは紛れもなく人民軍の機体だった。『白虎』にユーラシア連邦を名乗られれば、誰もがテロ組織であるなんて思わないだろう。

「ユーラシア連邦の発表に拠ると『白虎』と巡宙艦は盗まれたものだそうだ。」

 艦長が鼻白むように言った。スペース・トルーパーだけでなく巡宙艦が盗まれるなんてそんな馬鹿な話はない。理由はわからないが間違いなくユーラシア連邦が『アラブの夜明け』にスペース・トルーパーと巡宙艦を提供したのだろう。

「『アラブの夜明け』の要求はビル爆破事件の首謀者たちの解放だそうだ。」

 再び画面が変わるとそこには宙域図が表示されていた。『イーンスラ』の宇宙軍は常時展開しているわけではないので、拿捕現場に一番近い戦力は俺たちが乗っている巡宙艦だ。宙域図には連絡船の信号が消えた場所が表示されている。どうやら俺たちはそこへ向かっているようだ。

「現在我が艦が一番拿捕現場に近い。我々はテストを中断し、連絡船の位置を特定する任務に就く。以上だ。」

「任務の概要について説明する。」

 艦長が話し終わるとモルシド少佐が後を継いだ。

「連絡船の信号の消失ポイントがここ。連絡船の推進剤から考えても航路から大きく逸れているとは考えにくい。恐らく公転軌道から上か下に退避しているはずだ。」

 宇宙に上下はないが便宜上<マンホーム>の北半球側を上、南半球側を下と定義されている。太陽系の惑星は公転軌道面にあるため、『サークル』が設置されているラグランジュ・ポイントも公転軌道面上に存在する。つまり往来する艦船の航路も公転軌道から大きくは離れない。航路から離れれば往来する船が減り、見つかる確率は格段に低下するのだ。

「そこで隊を2つに分け、信号消失点から上下に偵察を行う。」

 画面に表示されている宙域図にチームが表示される。上チームがラビーアとカリームで下チームがアンタルとフサームだ。俺の名前はない。

「『ST-05』は火器管制にバグがあるため戦闘はできない。もし連絡船を発見した場合は座標確認後、直ちに撤退する。」

 そこで俺は挙手で発言の機会を求めた。

「何かな?トニー中尉。」

「俺の名前が捜索チームにないようですが。」

 俺がそう言うとモルシド少佐は頷いた。

「トニー中尉の『ST-04』は唯一戦闘が可能な機体だ。巡宙艦で待機して貰い、敵部隊を発見したチームへ援護に回ってもらう。」

「了解した。」

 発見後、即座に反転して帰還予定だが、相手が追跡してくる可能性がある。戦闘になった場合のリスクを考えて俺を待機要員にするようだ。

 武器が使用できない状況での偵察。ましてやテストを実施している最新鋭機だ。破損や鹵獲などリスクはかなり高い。低減できる手は打っておくべきだろう。

 そして連絡船には多数の一般人が乗っている。リスクを負ってでも対応する必要のある案件だ。

「事は一刻を争う。総員準備に就け。」

「了解。」

 パイロット全員が敬礼すると格納庫へ向かって移動を始めた。長い一日が始まろうとしていた。

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