実験部隊編5
繁華街でのビル爆発は、死者が100名を超える大惨事となった。しかもMEでは名が知れているらしいテロ組織の『アラブの夜明け』が犯行声明を出したことで、これが事故ではなく事件であることが周知の事実となった。『イーンスラ』の世論は、テロ組織を壊滅すべしと沸騰した。
しかし程なくして捜査当局がテロ事件の首謀者たちを全員逮捕したと発表した。一気に過熱した世論だったが、市民の不安が解消されたことで急激に鎮静化した。
「それにしても『アラブの夜明け』が『イーンスラ』にテロとはね。一体どう言うつもりなんでしょうか。」
部隊室で雑談している時に今回のテロ事件について話題が及ぶとフサームがそう言った。
「そもそも『アラブの夜明け』ってどんなテロ組織なんだ?俺がUSに居た頃には聞いた事がない名前なんだが。」
USを敵視するテロ組織の名前はいくつか知っていたが『アラブの夜明け』は聞いた事がなかった。
「ME内では有名ね。俗に言う内部聖戦主義者よ。」
カリーナが補足の説明をしてくれたが、また知らない単語が出てきた。
「内部聖戦主義?」
「聖戦って一般的には異教徒に対して行われるものなんだが、教義を守っていない者は敵同然だから攻撃するって考え方のことさ。」
この中では一番信心深いカリームが解説してくれた。
「別宗派だから考え方が違うだけなのにな。そもそも血統派の方が少数派だろうよ。」
カリームは更に吐き捨てるように言った。どうやら教義を守ってないとされるのが不満のようだ。確かに信じているものが紛い物だと言われて怒らない者は居ないだろう。
「『イーンスラ』は慣行派だったな。宗派が違うのに狙われた事がなかったのか?」
フサームの言い分だと『イーンスラ』が『アラブの夜明け』にテロを仕掛けられたのは初めてのことのようだ。
「ないですね。『イーンスラ』は特殊なんですよ。<マンホーム>を狙うのは論外ですし、<シリンダー>をテロの対象にするのはハードルが高いんですよね。」
テロは国の中枢を狙う方が効果が高い。そしてほとんどの国の中枢は<マンホーム>にある。つまりテロ組織も拠点は<マンホーム>にあるのだ。宇宙にあるものを標的にすると言うことはわざわざ宇宙に移動する必要がある。更に宇宙を移動するには<マンホーム>以上に金が掛かる。また環境的にシビアであるので<シリンダー>の損害如何によっては被害が拡大し過ぎるリスクもある。テロが成功し過ぎた結果潰された組織は枚挙に暇がない。あまり旨味がないのだ。
「<マンホーム>が論外なのは?」
「『イーンスラ』の<マンホーム>には軌道エレベーターがありますからね。」
「なるほど。」
軌道エレベーターは人類共通のインフラである。<マンホーム>のエネルギーは軌道エレベーターを経由し、宇宙からの供給に頼っている。つまり標的にした時点で世界中の全ての国を敵に回し攻撃を受けることになるのだ。<マンホーム>に住む者にとって軌道エレベーターが無くなれば生活に支障をきたすことになる。それはテロ組織の人間とて例外ではない。
「さて、そろそろ搬入も終わっているでしょう。格納庫へ新型を見に行きましょうか。」
フサームの一声で俺たちは立ち上がり部隊の専用格納庫へと向かった。部隊室を抜けて格納庫の壁面通路に出るとそこには納入されたばかりのスペース・トルーパー『ST-05』が4機と俺の『ST-04』が鎮座していた。
「シミュレーションのCGでは見慣れているが、やっぱり本物は良いな。」
カリームはそう言うと待ちきれないのか機体の方へと急いで移動していった。後に続くようにアンタルも機体の方に移動していく。普段あまり感情を露わにしないアンタルだが、心持ち顔が紅潮しているように見えた。
「私も行きます。」
そう言ってフサームも自分の『ST-05』へと移動していった。
「男性は本当にこう言うものが好きね。」
パイロットなら男女の区別なく新しい機体にテンションが上がりそうなものだが、ラビーアは至って冷静なようだ。
「ラビーアは行かなくて良いのか?」
俺がそう聞くと
「私は見慣れているもの。」
と答えた。新型を見慣れている?
「それってどう言う…。」
「おい!それ以上妹に近づくな!」
俺がラビーアに言葉の意味を聞こうとした時、聞いたことある声が響いた。
「兄さん…。」
ラビーアが困ったような顔で通路の奥を見ている。俺もそちらに視線を向けると、そこにはラシードが居た。ラシードは肩を怒らせながらこちらに向かって移動してきた。
「何故ラシードさんがここに?」
俺が視線をラシードに向けたままラビーアに聞くと
「兄はターミル重工の営業部長で今日は『ST-05』を納入に立ち会っているのよ。」
と答えた。ターミル重工は『イーンスラ』のスペース・トルーパーを製造している会社でそれなりの大企業だ。ラシードの年齢はおそらく30前後だろう。俺のイメージからするとまだ部長と言う肩書は分不相応に思えた。
こちらに近づいてきたラシードは俺の顔を見ると若干引きつったような表情になった。
「なんだ…。お前か…。」
「その節はどうも。お加減は如何ですか?」
俺が挨拶するとバツの悪そうな表情をして明らかに挙動不審になった。
「兄さん!」
ラビーアが小さな声でラシードを窘めると渋々と言った感じで話始めた。
「その節は…、その…、世話になった…。恩に着る。」
「いえいえ、無事で何よりでした。」
俺がにこやかに答えるのと対照的にラシードの表情は浮かない。そして会話が途切れてしまった。するとラビーアが少し怒ったように
「兄さん。まだ話す事があるでしょう?」
とラシードに促した。ラシードは観念したのか居住まいを正すと
「後日、お礼をと思っていましたが遅くなってしまいました。今度父が食事にでもと申しております。如何でしょうか。」
急にまともに話始めたラシードに面食らったが、これが営業部長としてのラシード本来の姿なのだろう。どうやらラビーアが絡むと性格が変わるようだ。そして俺はフサームに続きラシードからもお礼をして貰えるようだ。
しかしどうしたものだろうか。ラシードと食事をしてもあまり美味しく食べられそうにない。出来れば穏便にお断りしたいものだが…。助けを求めるようにちらりとラビーアの方に目線を送ると助け船を出してくれた。
「トニー中尉はフサーム中尉との先約があります。それにもうすぐ航宙テストのために『ウデュジャーザ』を離れますので後日に連絡します。」
「わかりました。」
ラシードは少しほっとした様子で答えた。俺も返答が先延ばしになったことで胸を撫でおろした。断ってもいいものかどうかは後でラビーアに尋ねよう。
「それでは仕事があるので失礼します。」
そう言うとラシードは通路の奥へと消えて行った。
「ラビーア。」
「何?」
「兄さんがあの年齢でターミル重工の営業部長って事は、ラビーアはターミル重工のお嬢様ってことか?」
「お嬢様かどうかはわからないけど、その通りよ。ターミル重工の社長は私の父よ。」
やはりそう言うことか。つまりラシードはゆくゆくはターミル重工を継ぐのだろう。
「やっぱり大企業のお嬢様じゃないか。」
「それなりの企業ではあるけど所詮は成り上がり者よ。ターリブやアンタルの家ほど家格はないわ。」
ラビーアは自嘲気味にそう言った。
「食事会には私も参加するから安心して。ちゃんとエスコートしてあげる。」
そう言うとラビーアも自分の『ST-05』に向かって移動を始めた。どうやら俺に断ると言う選択肢はないようだ。俺は一息つくとラビーアの後を追った。




