実験部隊編4
俺たちは目抜き通りを宇宙港へ向かって移動した。先ほどの爆発の影響か『トラム』は停止しているようだ。
周囲を見回すと悲惨な事態にその場に立ち尽くす者、一心不乱に祈りを奉げる者、その場から逃げようとする者、好機とばかりに略奪に走る者。様々な人間が見て取れた。
そんな混沌とした事故現場を離れ、俺たちはなんとかリニアの駅まで辿り着いた。あれから更なる爆発が起きた様子はなく、また『シリンダー』に取っても致命的な事故ではなかったようで非常事態警報は発令されなかった。
ただ爆発を知った人たちが避難をしてきているのかリニアの駅は混みあっていた。
「救助活動を手伝った方がよかっただろうか…。」
俺に肩を貸しながら生真面目なフサームがぽつりと呟いた。
「けが人を搬送してるだろ。これも立派な救助活動だ。」
フサームもそして一緒に逃げてきたラビーアとその兄であるラシードも表情は暗い。そんな空気を払拭しようと俺は努めて明るく言った。
「あぁ、そうだな。トニー殿を置いておくわけにもいかない。」
俺は一人で歩けない状態のため、誰かに肩を借りる必要がある。女性であるラビーアは宗教上の問題があり、一般人であるラシードに頼るのも筋違いだろう。よって俺が負傷者である以上、ラシードの行為は救助に他ならない。
「モルシド少佐が3人とも部隊室へ出頭せよとのことです。」
端末を片手にラビーアがそう伝えてきた。少佐へ状況を報告したようだ。少し間を置いてフサームが口を開いた。
「我々は直接宇宙軍基地に戻る。ラビーアはラシード殿を家まで送ってからにしろ。」
「わかりました。」
ラビーアがうなずいた。しかしラシードは大きな声で反論した。
「待ってくれ!子供じゃないんだ!妹に頼らなくても一人で帰れる。」
だがその顔面は蒼白で、腕は少し震えている。とても大丈夫な様には見えない。
「本当に大丈夫ですか?」
フサームが再度念押しした。
「あ、あぁ、大丈夫だ…。」
ラシードはなんとか震えを抑え、気丈に振舞おうとした。その様をラビーアは心配そうな表情で見つめている。
つい先ほど、爆発した建物の破片に潰されそうになったのだ。俺が助けていなければ、今頃破片の下敷きだっただろう。ショックを受けているのは間違いない。
そんな状態の人間が一人で無事帰れるかわからないため、フサームが気を回したのだが、それがラシードの面子を傷つけたようだ。
この国の男性は女性に頼るのを嫌う傾向がある。女性は守るべき存在であり、男性は女性を守らなければならないと言う教えがあるようだ。俺は助け船を出すつもりでこう提案した。
「誰か家族にリニア駅まで迎えに来て貰えないだろうか。」
するとラビーアは俺の意図を理解し、端末を操作しながら言った。
「父に迎えに来て貰います!」
「ラビーア!待て!」
しかしラシードはラビーアを制止すると、自分の端末を取り出し連絡を取り始めた。
「私が自分でやる。」
ラビーアは寂しそうな表情をしたが、諦めて引き下がった。
「父に迎えに来て貰うことになった。」
連絡が終わりラシードはそう告げた。俺たちはほっと胸を撫でおろした。これで心配の種が一つ消えたからだ。
そして俺たちは部隊室へと向かうべくラシードと別れリニアを降りた。別れ際にラシードはぼそりと
「妹を頼む。」
とだけ言い、そのままリニアで家にあるシリンダーへと帰って行った。
部隊室へ着くとモルシド少佐とシファー、そしてターリブが待ち構えていた。俺はターリブに怪我の状態を見て貰い、その間にフサームとラビーアが繁華街で起こった爆発の詳細について少佐へ報告を行った。
「軽度の肉離れだな。少し安静にしていれば治るよ。」
この短時間での完治は難しかったようだ。少し痛みはあるが、一人で歩けるほどには回復していた。
「JJ社の医療用ナノマシンがあれば投与して欲しいんだけど。」
「この程度なら要らないと思うがね。まぁ、治りは早くなるだろうから用意しておくよ。」
「よろしく頼む。」
俺は医療用ナノマシンを投与して貰えることになりほっとした。『イーンスラ』で医療用ナノマシンの補給ができるかわからなかったため、『トルトゥーガ』を出る前に多めに投与してきたが、今回の負傷の治療のためにかなりの量を消費してしまったのだ。
「じゃあ今日はもう帰って安静に。」
「ありがとう。」
診察が終わり俺は帰ろうと立ち上がった。少佐たちの方を伺うと報告は終わったようだ。少佐はシファーと何かを話していて、フサームは端末に向かっている。恐らく報告書を作成しているのだろう。
フサームに声を掛けて帰ろうとした時、横から声を掛けられた。
「トニー。待って。」
俺が振り向くとそこにはラビーアが居た。
「何か用?」
「お礼を言っていなかったから。さっきは兄と私を助けてくれてありがとう。」
「どう致しまして。皆無事でよかったよ。」
「それにしても凄い力ね。あんなに素早く動いて、大人二人を放り投げるなんて。ナノマシンの力なのかしら?だったら私にもできるようになる?」
ラビーアは好奇心いっぱいの表情で矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
「あれは火事場の馬鹿力だよ。USの強化処理を受けたパイロットたちが素早く動けたり力持ちになったなんて話は聞いたことがないよ。」
これは本当の話だ。そもそもパイロット能力に怪力は要らないし、コックピットの中でだけ反射速度が向上すればいい。コックピット外でも能力が使える強化レベル2以上の俺たちが例外なのだ。
「そう。スーパーウーマンになれると思ったのに残念ね。」
「俺のように怪我するだけだよ。体の方が付いて行かない。」
「確かにそうかもしれないわね。でもそのおかげで私たちは助かったわ。改めてありがとう。あと兄の事は気を悪くしないで。」
「あぁ、気にしてないよ。」
「そう?助かるわ。」
普段あまり話さないせいで気付かなかったが、ラビーアはおしゃべりが好きなようだ。
「あともう一つ質問していいかな?」
「なんだい?」
ラビーアは調子が出てきたのかここぞとばかりに話しかけてくる。
「USには女性パイロットの隊長は居る?」
しかしラビーアから発せられた質問は今までとは毛色の違う意外なものだった。
「あぁ、居るよ。」
俺は素直に答えた。頭の中に浮かんだのはベアータ中尉だ。
「どんな人だった?」
ラビーアは興味深そうな表情で続けた。
「俺が詳しいのは最初の小隊の隊長でね。腕は勿論よかったし、今の俺があるのは隊長に教育されたからだな。素晴らしい人だったよ。」
思い出すと懐かしさが込み上げてきた。ベアータ中尉は元気だろうか。
「そっかー。やっぱり隊長になるなら腕は要るよね。」
「ラビーアも一般のパイロットと比べたら、もう凄腕のパイロットだよ。隊長にもなれるさ。」
俺がそう言うとラビーアは少し悲しそうな表情で
「この国はそれだけじゃ駄目なんだよ。」
と言った。次の瞬間には元の笑顔になっていた。
「参考になったよ。ありがとう。じゃあまた明日ね。」
そう言うとラビーアは帰って行った。なんとなくだがラビーアを取り巻く環境はそれほど良くはないのかもしれない。そう感じさせる質問だった。




