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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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実験部隊編1

 部隊は発足したもののシミュレーターも整備されていない状況では、できることは限られる。俺は<シリンダー>にある軍本部地下のトレーニング施設で汗を流す日々を送っていた。

 同僚の隊員たちも同じ境遇であるので、よくトレーニング施設で顔を合わせた。この1ヵ月でフサーム、カリーム、アンタルの男性陣とはすっかり打ち解け、昼食を一緒に食べる仲となっていた。

「トニー。食べ物には慣れたか?」

「えぇ。でもパワーバーはフレーバー以外どこでも似たようなものですよ。」

 フサームは一番の年長で他の隊員と違い階級も中尉だ。面倒見もよくこの部隊のリーダーに相応しい人物だ。どうやら模擬戦に参加していたらしく、模擬戦の最後に捨て身で攻撃を仕掛けてきたのが彼のようだ。そして模擬戦での俺の動きに感銘を受けて自ら志願してこの部隊への編入を願い出たそうだ。

 彼はイメージ・フィードバック手術を受けてちょうど10年のため、効果が出るかはわからないがギリギリ対象であったため、無事部隊に所属できることになったそうだ。

「マス・リハのフレーバーがお勧めだぜ。あれが一番旨い。」

 カリームは陽気なお調子者だ。だが3人の中では一番敬虔な信者のようだ。何かにつけて俺に神の偉大さを説き、改宗を勧めてくる。

「ククル・リハ味もいいですよ。」

 一番の若手のアンタルは気品溢れる顔立ちをしているハンサムだ。どうやら有力氏族の子弟のようで、フサームやカリームと言った年長者からも一目置かれている節がある。

「しかし明日が楽しみですね。」

「いよいよだからな。」

 明日は部隊員全員が部隊室への出頭を命じられている。念願のシミュレーターの整備が完了したとのことだ。

 俺はトレーニングしかしていなかったが、他の部隊員たちはナノマシン強化の処置もこの1か月で受けていたようだ。

 USやユーラシア連邦は発案者であるクサヴェリーの意向が大いに反映された結果、ガイノイド型のナノマシン強化装置を開発し処置とパイロットの状態管理をさせていた。

 『イーンスラ』では宗教上の理由から人型が忌避されるためガイノイドをまず見ない。そのため医療用ナノマシンの研究者が処置とパイロットの状態管理を行っているそうだ。

 何にせよ、このトレーニングだけの暇な毎日から解放されるのはありがたい。それぞれが思い思いに明日のシミュレーションを楽しみにしていた。


「おぉ、新品だ。」

 翌日、隊員全員が部隊室へと集合した。真新しいシミュレーターを見るなり、カリームが感嘆の声を上げた。

 シミュレーターは5つあるが、1つはヴァレリーが着席する場所があるもので、俺たちが使うことになる席だ。あとの4つに関しては戦術AIが座る席はないためコンパクトな印象だ。

 『イーンスラ』のナノマシン強化型スペース・トルーパーである『ST-05』は旧来型と同様に据え置き型の戦術AIを採用しているのだ。

 戦術AIとナノマシン処置を全てガイノイドにさせようと考えたクサヴェリーがおかしいのかもしれない。

「早くシミュレーションをやりましょうよ。」

「待て待て。パイロットスーツを着てからだ。」

 慌てるアンタルをフサームが窘める。アンタルは足早に更衣室へと移動していった。早く試したくて仕方がないようだ。俺たちもアンタルに続いて更衣室へと向かった。アンタルだけが逸っているように見えたが他の3人も足早に移動して行った。。

 無事パイロットスーツにも着替え、それぞれが決められた席に着いた。

《ヴァレリー。リミッターはそのままだ。》

《わかりました。》

 俺はヴァレリーにだけ伝わるように直接通信でそう指示した。パイロットのバイタルも完全にトレースされている。あまり目立った数字を出すのはよくない。

「コネクト開始。」

《コネクト開始します。》

 視界が宇宙空間へと変わった。かなり長い間、スペース・トルーパーには乗っていない。久しぶりの感覚を順番に確かめ、動作のチェックをしていく。

《凄い。》

《実機でも本当にこのレスポンスが出るのか?》

《以前とは雲泥の差ね。》

 他の皆もコネクトを開始したようだ。皆が口々に感嘆の声を上げた。どうやらナノマシン強化の成果が出ているようだ。

 暫く皆が感覚を確かめているとモルシド少佐から通信が入った。

『では記念すべき1回目のシミュレーションによる模擬戦を行う。形式は2対3だ。チーム1はトニーとフサーム。チーム2はカリーム、アンタル、ラビーアだ。』

『了解。』

 モルシド少佐がチーム分けを指示する。一瞬視界が暗転するとすぐそばに1機の『ST-05』が居た。チームメイトのフサーム機だろう。

「中尉、調子はどうですか?」

 俺は唯一感嘆の声を上げていなかったフサームに尋ねた。

《以前よりはスムーズに感じるが…。》

 どうやら効果は出ているようだが、他の3人ほど劇的な効果を実感できないようだ。

「作戦はどうしましょうか。」

《俺が前衛を務める。後方からの援護を頼む。》

「了解。」

 そう言うとフサーム中尉の『ST-05』が先行した。改めて見るが『ST-05』も『ST-03』に負けず劣らず不格好だ。俺が乗る『ヴォルフ』から装甲だけを変更した『ST-04』はプロポーションがよいだけに余計に目立つ。

 しばらく移動すると敵機の反応があった。相手もこちらを見つけたのだろう。数の有利を生かして挟撃を狙うような動きを見せた。フサームは経験豊富なだけあって、挟撃にならないような位置取りをしながら戦闘に入った。


《当たらんぞ!》

 フサームから愚痴が漏れる。連携しながら攻撃をしているが、相対している2機の動きが良すぎる。ナノマシン強化の効果がかなり出ているようだ。遂にはこちらが追いつめられ挟撃が完成してしまった。

 フサームは必死に避けてはいるが、捕捉されるのは時間の問題だろう。

「こちらは引き受けます。俺が前に出るので後背の敵をお願いします。」

《…了解。》

 俺が強引に前に出て、フサームを後ろに下げる。敵機は下がらせまいとするが、距離を詰めることでこちらに注意を向けさせる。

《避けられた!?》

 自信がある至近距離からの一撃を避けられてラビーアが叫んだ。その機会を逃すまいと追撃しようと更に接近すると、もう1機の敵からのフォローが入る。連携が良い上に動きも良い。だがその隙にフサームは後ろに下がれたようだ。

 眼前の2機の内1機は、今日初めての感覚にまだ戸惑いがあるようだ。もう一方にはそのような印象は受けない。むしろ安定しているような動きだ。2機と数合撃ち合っていると

《やったぜ!》

と歓喜の声が届いた。

《すまない。やられた。》

 フサームからすまなさそうな声で通信が入った。どうやら後ろで1対1で戦っていたフサームがやられてしまったようだ。歓喜の声を上げているのはカリームだ。俺が相対している2機はアンタルとラビーアだったようだ。

『そこまでだ。』

 モルシドから通信が入りシミュレーションが終了した。さすがに1対3では勝負にならないとの判断だろう。こうして部隊最初のシミュレーションは俺たちの負けに終わった。

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