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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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雌伏編5

 『バルバロッサ』は『ウデュジャーザ』へと戻ってきた。このあと模擬戦での評価を元に『ヴォルフ』を購入するか否かが決められるとのことだ。購入が決まれば、俺も教官として『ウデュジャーザ』に残ることになる。

「それじゃあ結果を聞いてくる。」

 フリードリヒ大尉はリースマン商会の人間と共に船を降りて行った。指定された場所で購入するか否かの結果を聞かされるとのことだ。購入となればそのまま契約が交わされることになっている。大金を受け取ることになるのでフリードリヒ大尉と数人は、リースマン商会の人間の護衛として一緒に出掛けて行ったのだ。

 結果も通信で知らせて貰えばいいと思うのだが、偽装はしているが『トルトゥーガ』の商人との取引が万が一外部に漏れると『イーンスラ』にとって良いことではない。盗聴されないようにする一番の方法はテクノロジーを使わないことだ。防諜が十分になされた場所で顔を突き合わせて会話をすると言う原始的な方法がデータやログとして残らず一番安全なのだ。


 2時間程経っただろうかフリードリヒ大尉たちが帰ってきた。

「無事成約だ。」

 ブリーフィングルームに集まっていて結果を待っていた俺たちに、フリードリヒ大尉は開口一番そう言った。あちこちから拍手と歓声が挙がる。リースマン商会の人たちもほっとした様子だ。模擬戦の結果『イーンスラ』の上層部は『ヴォルフ』のナノマシン強化技術の有用性を認めたようだ。

 結果を聞いて一部の乗組員たちがブリーフィングルームを退出して行った。手筈通り『ヴォルフ』を搬出する準備を開始したのだろう。俺も下船の準備をしなければならない。

「グレン。」

 部屋に戻り荷物を持って下船しようとした時だった。ガストーネ中佐とフリードリヒ大尉が待ち構えており呼び止められた。他にもラウル曹長やリンダ曹長などの親しい顔見知りも居た。

「あとはよろしく頼む。」

 フリードリヒ大尉はそう言うと俺の手をしっかりと握った。

「任せて下さい。しっかり鍛え上げてみせますよ。」

「今後の俺たちの仕事にも繋がるだろうからな。期待してるぞ。」

 見送りに来ていた顔見知りたちとも一言二言会話をし、皆に送り出されて俺とヴァレリーは船を降りた。『バルバロッサ』の乗組員たちとはしばしのお別れだ。

 このあとの予定では『シリンダー』内のイーンスラ宇宙軍本部へ出頭することになっている。そこで手続きが完了すれば晴れて特別にイーンスラ宇宙軍の軍属となる予定だ。

 無事入国審査も終わり、入国ゲートを潜った先はエスニックな香りが漂う場所だった。その香りが別の国に来たことを感じさせる。USともユーラシア連邦とも違う空気感がそこにはあった。

 俺は指定された宇宙軍本部へと出頭した。『ウデュジャーザ』もご多分に漏れず公的な建物は宇宙港の近くにあった。さっそく中に入ると受付には布を被った女性が居た。

 宇宙港から宇宙軍本部に来るまで何人か女性を見かけたが、髪を布で覆っている人が多く、異国情緒を感じた。もっともヴァレリーのように口元まで隠している人は居なかったのでやりすぎだったかもしれない。

「何か御用でしょうか。」

 受付嬢は俺を見て流暢な英語で話しかけてきた。『イーンスラ』は公用語の一つが英語であり、意思疎通がし易くて俺としては大変助かる国だ。USではこう言った場面では機械を相手にすることが多いが、『イーンスラ』では人が介在しているようだ。

「モルシド少佐と約束しています。トニーが来たと伝えて下さい。」

「わかりました。少々お待ち下さい。」

 俺はフリードリヒ大尉から教えられていた責任者の名前を出した。すると受付嬢が取次をするために通信を始めた。俺がわからない公用語で話をお終えると、

「間もなくこちらに参ります。そちらでお待ちください。」

と再び流暢な英語でロビーにあるソファーを指した。

「ありがとう。」

 俺は受付嬢に礼を言うと指し示されたソファーへと腰かけた。しばらくすると恰幅の良い男性が布を頭から被った妙齢の女性と共にやってきた。

「初めましてトニー殿。私が本プロジェクトの責任者のモルシドです。」

 恰幅が良い男性は手を差し出しながらそう自己紹介した。俺は立ち上がり握手をすると

「初めまして。トニーです。よろしくお願いします。」

と倣って自己紹介した。

「模擬戦は見せて貰いましたよ。うちのエースたちがあれだけ翻弄されるとは…。是非ともその技術を我が軍に伝えて貰いたい。」

 モルシド少佐は柔和な笑顔でそう言った。

「評価頂けて光栄です。微力ながら『イーンスラ』の力となれるよう尽くしたいと思います。」

「期待しています。そしてこちらは秘書官のシファーだ。」

 モルシドの隣にいた妙齢の女性は秘書官であるらしい。思わず握手のための手を出そうとしたが、この国では男女での握手はあまりしないらしいことを思い出した。

「シファーと申します。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「では私はここで失礼する。あとのことはシファーに聞いて下さい。」

 挨拶もそこそこに、そう言うとモルシド少佐はロビーからそそくさと去って行った。それを見送り終わるとシファーは今後の予定について伝えてきた。

「この後適正検査とメディカルチェックを受けて頂きます。」

 受付嬢に比べるとシファーは少し訛りがあるように感じられた。適正検査とはパイロット適性を測る試験だ。技術的な側面ではなく精神的な面を見る心理テストのような試験だ。メディカルチェックは医師による健康診断にあたる。どちらも儀礼的要素が強く、余程の事が無い限り落とされる事はない。

「まずはメディカルチェックからになります。こちらへどうぞ。」

 俺とヴァレリーはシファーの後について行った。案内された部屋でボディスキャンを受けたあと、医師との面談となった。

「トニーさんの顔はかなりの医療用ナノマシンが集まっていますね。」

 医師は画面に表示された人体図に表示されたナノマシンの状況を見てそう聞いてきた。確かに他の部分に比べて異常に集まっているように見受けられる。

「<ルナ>戦争で負傷しましてね。治療のために医療用ナノマシンをかなり使用しました。」

 変装の為に顔を変えていると言うわけにもいかない。俺はあらかじめ用意しておいた理由を答えた。

「なるほど。かなり酷い状態の負傷だったようですね。」

 そう言うと医師はカルテに所見を付け加えているようだった。

「脳からのバイパスも素晴らしいですね。これがナノマシン強化の成果ですか。」

「おそらくそうだと思います。私は一介のパイロットなので詳しくはわかりません。」

 俺はきっぱりと答えた。確かに全身図の腕から脳に掛けて左右一本ずつの太い線が見えていた。医師は頷きながらカルテに所見を書き終わると

「特に問題は見当たりませんでした。お疲れさまでした。」

とメディカルチェックの終わりを告げた。

 次は適正試験を受けるため、会議室のような部屋に端末と共に一人で入れられた。ヴァレリーは部屋の外で待機している。俺は渡された端末に向かって質問内容に答えて行く。それほど時間が掛からず、適正試験は終了した。これで本日の予定は全て消化した。

「本日はここまでとなります。お疲れさまでした。それでは宿舎へと案内致します。」

 俺たちはシファーに案内され、『シリンダー』を出たあとリニアに乗って宇宙軍基地へとやってきた。

「宿舎については管理人にお聞き下さい。明朝標準時800にお迎えにあがります。」

 シファーは宿舎の前でそう言うと帰って行った。宿舎は学生時代の寮に似ていた。軍の関連施設はどこも機能面を優先するために国が違っても似るものなのかもしれない。

 管理人に案内された部屋は士官用の個人部屋だった。なかなかの広さもあり待遇は良さそうだ。

 管理人に宿舎を使う上でのレクチャーを受け、俺の『イーンスラ』1日目は終わった。

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