雌伏編4
夜間に入港した『バルバロッサ』は朝になるのを待ち、模擬戦用の装備を受領したあと再び出港した。次の目的地は模擬戦が行われる宙域だ。
俺は起床後すぐに受領した装備の確認のため、ヴァレリーと格納庫へ赴いた。
「汎用射撃モジュールでのリンクを確認。『ヴォルフ』での使用可能です。」
「OK。ヴァレリー。」
コックピット内でヴァレリーと模擬戦用のペイント銃が使用できるかを確認を行ったが、『ヴォルフ』の射撃モジュールでも使用が可能なようだ。ペイント銃はその名の通り弾が当たると色が付く仕組みの銃だ。模擬戦でよく使用される武器だがUS軍ではシミュレーションが多く、模擬戦は士官学校でやったぐらいで使い慣れてはいない。また『イーンスラ』製の武器を使用するのも初めてで不安は尽きない。
「試射もしておきたいな。出来れば動く的で。」
「そうですね。」
完璧を期するなら試射もしておきたい。『イーンスラ』は技術的に高い水準にあるとのことだが、使ってみなけばどんな不具合がでるかわからないものなのだ。
ちょうどその時フリードリヒ大尉から通信が入った。
「お繋ぎします。」
ヴァレリーがコックピットへと通信を繋いでくれた。
《受領した武器の調子はどうだ?》
「『ヴォルフ』の射撃モジュールで使用できそうです。」
《そうか。それなら良かった。》
大尉はほっとした様子だ。模擬戦の成績如何に拠っては商談が破談になる可能性もある。大尉なりに心配してくれているようだ。
「そうだ。実射テストをやりたいので、スペース・トルーパーで付き合って貰えませんか?」
《的になれってか。まぁ俺は構わないが…。》
「それではお願いします。艦長にはこちらから申請しておきます。」
《わかった。準備をしてそちらに行く。》
大尉はそう言うと通信を切った。
「ヴァレリー。艦長へペイント銃での実射テストの申請だ。」
「了解しました。送付します。」
艦長からは無事許可が下り、大尉との実射テストの準備が整った。
《実射テストをしておいてよかったな。》
「本当ですね。ぶっつけ本番で模擬戦をやっていたらヤバかったです。」
大尉に付き合って貰った実射テストの結果、モジュールとペイント弾との相性なのか照準にズレがあることが判明した。
《照準の修正完了しています。》
そこでヴァレリーがズレを補正することで対応することにしたのだ。
「ヴァレリーには負荷を掛けるがよろしく頼む。」
《大丈夫です。大した負荷じゃありません。》
ヴァレリーの声には自信と余裕が感じられた。ヴァレリーが言うのならば間違いないだろう。
《あとはハンデだな…。》
大尉は模擬戦で俺があまりに突出した成績を出すことで、正体が漏れることを危惧してくれていた。だからハンデを付けて模擬戦の臨むのだが、肝心のハンデの内容が決まっていなかったのだ。大尉は少し考えた後にこう言った。
《ヴァレリー、グレンの反応速度はどれぐらいだ?》
《平均50ぐらいですね。》
《はぁ!?》
大尉が大声で驚いた。
《まったく反則だな。そのスピードは。じゃあハンデは反応速度35だな。》
3割減と言ったところか。
「結構厳しくないですか?」
俺がそう言うと大尉は多少苛立った様子で
《俺の平均がそれぐらいだ。それだけあれば十分なんだよ。》
と言い放った。大尉の反応速度ならばそれ程悪い数字ではないだろう。俺は渋々ながら従うことにした。
「ヴァレリー。反応速度の上限値を35に設定してくれ。」
《わかりました。》
《じゃあ俺は艦に戻る。あとは頼むぞ。》
「ありがとうございました。ちゃんと契約を取ってきますよ。」
そう言うと大尉は『バルバロッサ』へと戻って行った。一方俺は指定された戦闘宙域の待機ポイントへと移動を始めた。
しばらく移動して無事予定時刻前に待機ポイントへ到着した。時刻になれば模擬戦が開始される。あとこちらが知らされているのは戦闘宙域の範囲と相手の開始時の待機ポイントだけだ。戦闘宙域の範囲内では全ての状況がモニターされていることだろう。ここへ来るまでにもセンサー類が浮いているのを見かけた。
《開始時刻です。》
「了解。」
ヴァレリーが模擬戦の開始を告げる。俺は相手の開始ポイントに向けて動き出した。そして直ぐに敵機の反応があった。5機は適度に間隔を開けながらこちらに向かってきていた。動きとしてはセオリー通りだ。そのまま距離を保って包囲してくるつもりだろう。俺は包囲が完成しないように、相手の陣形を崩すような動きをした。
「なかなか練度が高いな。」
しかしこちらの崩しの動きに対してチームでうまく対応してくる。1機に的を絞ろうとすると必ず援護が入り、なかなか崩しきれない。反応速度の制限のせいか動きにタイムラグを感じるのも良くない。
「なんだか気持ち悪いな。」
思い通りに機体が動かないと言うのはストレスでしかない。しかしそんな中でも敵機の動きは大体把握した。チームとしての総合力は高いが、当然個人間の技量のばらつきは存在する。俺もセオリー通りに一番力量が低いと思われるスペース・トルーパーに対して狙いを定め、攻撃を開始した。ストレスの捌け口にするかのような執拗な攻撃は、敵チームの援護の射撃を避けながら確実に敵機を追い詰めていった。
「貰った!」
俺の攻撃の圧に耐え切れず、体勢を崩したのを見逃さなかった。すかさず撃ったペイント弾が敵機に着弾する。撃たれた敵機はゆっくりと後退して行った。そのまま戦闘宙域から離脱するのだろう。これで残りの敵機は4機となった。
やはり反応速度の制限のせいか、いつもより推進剤を使っているようだ。良い傾向ではない。そんなことを考えていると、1機がこちらに突出してきた。どうやら陣形を包囲から切り替えたようだ。
「隊長は思い切りが良いな。そしてこちらとしてはありがたい。」
相手に取っては未だ4対1と言う圧倒的有利な状況であり、消極的にな戦法を採るのも意味がないだろう。そして何しろ『ヴォルフ』や俺の評価のための模擬戦なのだ。相手も上層部が納得するような戦いをしなければならないのである。
俺は突出してきた機体と対峙することにした。向こうから来てくれる方が推進剤も節約できると言う物だ。そして何より反応速度が制限されているとは言え距離が詰まれば詰まるほど、俺にとっては有利となる。何しろ彼らはまだナノマシンの強化を受けていないのだ。
一般的なパイロットの30から20の間とされている。それを考えれば35はかなり優秀な速度なのだ。
「2機目!」
突出してきた1機にもペイント弾が当たった。これで残り3機だ。すると3機は3方向から猛然と距離を詰めてきた。同士討ちも厭わず俺を撃墜する作戦のようだ。
「くっ!」
普段なら3機程度の十字砲火なら避けるのは造作もないのだが、反応速度の制限は俺から余裕をなくしてしまった。なんとか1機は撃墜したが、その直後に被弾してしまった。
《模擬戦を終了します。各自艦船へ帰投をお願いします。》
こうして模擬戦は微妙な結果となってしまった。果たして『イーンスラ』は『ヴォルフ』と俺を買ってくれるのだろうか。




