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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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雌伏編2

 俺はヴィルヘルムの執務室を辞去した。返事については1週間以内に欲しいとのことだった。フリードリヒ大尉にも声は掛けているようだが、大尉は返事に悩んでいるとのことだった。

 大尉は自分の子供の事を考えると正式な国との繋がりが持てるのは、『トルトゥーガ』と言う非合法な環境からすれば喉から手が出るほど良い条件らしい。上手くすればその国の国籍を手に入れることができるかもしれないからだ。ただ『バルバロッサ』の乗組員たちを置いていく事に抵抗があるらしく、教導部隊として『バルバロッサ』まるごとの受け入れを望んでいるとのことだ。乗組員に対して自分だけが幸せを掴んでいることに後ろめたさを感じている大尉としては、再び自分だけ抜け駆けするように感じているのかもしれない。他にも『バルバロッサ』はUS軍の裏切り者を探すことを第一の目標としている。『バルバロッサ』が丸ごとその国に行ってしまうと調査が滞ってしまうと言う懸念もある。

 他にも『バルバロッサ』が教導部隊として行ってしまうと、リースマン商会の護衛が居なくなってしまう。また1部隊となるとヴィルヘルムが取引先に求める金額も莫大なものとなってしまうだろう。

 今の所、相手のオーダーは『ヴォルフ』1機と戦術AIの資料、そして手本となるパイロット1名らしい。教導部隊だと明らかにオーバースペックだ。

 しかし1機だけ購入であるのに、部隊設立とはどう言うことなのだろうか。機会があればヴィルヘルムに聞いてみよう。

「しかしMEか。あまり良い印象がないな。」

「暗殺集団に殺されかけましたからね。」

「ヴァレリーも誘拐されかけたしな。あと『トルトゥーガ』に攻めてきていたよな。」

「そうですね。でもあれは今回の依頼国ではないようです。」

 ヴァレリーの誘拐を企て、俺を殺そうとした暗殺集団はME出身だった。ただあれがMEの企てなのかユーラシア連邦の依頼なのか、はたまたクサヴェリーの差し金なのかはわかっていない。

 一概にMEと言ってもピンからキリまである。宗教が一緒である国が緩やかに連帯しているだけで、実は反目している宗派同士の国もあると言う。その辺りは門外漢である自分ではさっぱりわからないのだが、一括りにはできないらしい。

 昔は産油国が多かったので経済的にも裕福な国が多かったとのことだが、現在は宇宙から無限に電気エネルギーを得られることもあり、原油の需要はそれほど高くはない。経済的余裕がなくなった結果、国が荒廃したところも多い。それ故、金で殺人を請け負う輩や『トルトゥーガ』の財を狙い国があるようだ。

「依頼国は『イーンスラ』だっけか。」

「はい。」

 ヴィルヘルムは依頼内容と依頼国だけは教えてくれていた。『イーンスラ』はMEの中でも特別だ。島国からなる赤道近くの小さな国だが、最初の軌道エレベーターの候補地に手を挙げ、軌道エレベーターの莫大な権益を手に入れた。当時はリゾート地として生計を立てていた国であったらしいが、当時の為政者は先見の明があったのだろう。今ではMEの中で一番裕福な国だ。

 更にその利益を使い『マンホーム』をぐるりと囲んでいる『リング』の建造にも参画し、またその利益を使ってルナ・ラグランジュ・ポイント1に『サークル』を持つ国となっている。

 大国と権益を分けられる程に政治的プレゼンスもあることから、宇宙に進出してから一番出世した国と言っても過言ではないだろう。またMEの中では宗教色が薄く、それもMEとして異色と言っても過言ではない。、

「確かにあまりMEっぽくない国だな。」

 俺は端末で『イーンスラ』の資料を眺めながら呟いた。

「そうですね。MEの中では特殊な位置づけですね。」

 軍備に関してもかなり力を入れているようだ。US軍に戻れない今となっては、『イーンスラ』軍に所属しておくことは悪いことでは無いように思えた。

「ヴァレリー。大尉が行かないとなったら『イーンスラ』行こうと思う。」

「良いと思います。クサヴェリーと戦うためにはどこかの軍に居た方が良いでしょう。私は勿論お供しますよ。」

「ヴァレリー、ありがとう。」

 クサヴェリーと戦う機会が巡ってくるかはわからないが、『バルバロッサ』では下手をするとクサヴェリーと共闘する可能性すらある。それよりはユーラシア連邦から距離を取っている国の軍に所属するのが望ましい。『イーンスラ』はその条件に当て嵌まる。


 結局『バルバロッサ』を丸ごと派遣する事は叶わず、フリードリヒ大尉は教官役を辞退した。俺はヴィルヘルムに『イーンスラ』へ行く事を告げることなった。その後、再びヴィルヘルムの執務室へと呼び出された。

「助かるよ。『イーンスラ』は取引先としては優良なのでね。」

 ヴィルヘルムは取引がまとまることが嬉しいのか笑顔でそう答えた。

「行くのは良いんですが、疑問点があるので質問してもいいですか。」

「構わないよ。なんだね?」

 俺は以前ヴァレリーと話す中で気になったことを質問した。

「『イーンスラ』は、強化ナノマシンパイロット部隊を作るんですよね?『ヴォルフ』1機だと少なくないですか?」

「あぁ、その事か。」

 ヴィルヘルムはその辺りの事情も知っているようだ。

「自国生産のスペース・トルーパーが上手く開発できていないようだ。『ヴォルフ』は解体されてリバース・エンジニアリングされるために購入されたものだ。」

「なるほど。」

 それで合点は行った。『ヴォルフ』はあくまで参考資料として買われたと言うことだ。確かに出自が怪しいスペース・トルーパーを自国の兵器として運用するのは難しいだろう。

「『イーンスラ』はかなり進んだ国だ。強化ナノマシンパイロットにしても、対応したスペース・トルーパーにしても大分前から開発していたようだね。」

「だが開発が上手く行っていないので参考に情報が欲しいと。」

「他国から仕入れるのは難しいだろうからね。」

 ヴィルヘルムはにやりと笑った。US軍やユーラシア連邦が機密の塊である兵器の情報を売ってはくれないだろう。だが『トルトゥーガ』であれば金さえ積めば売って貰える。

「了解です。あとは偽造身分証が欲しいのです。出来れば年齢が30歳ぐらいのを。」

「確かに20歳そこそこの若造が教えると言っても説得力がないか。分かった。必要なものとして用意させよう。顔はどうする?」

「変えますので適当なものでいいですよ。ハンサムなのがいいですけど。」

「わかった。便利なものだな。」

 ヴィルヘルムは苦笑しながら言った。ヴィルヘルムから提供された技術であるが、これまでかなり重宝している。こうして『イーンスラ』へと行く準備が着々と進められていった。

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