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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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理想都市編9

《グレン?大丈夫ですか?》

「…あぁ、大丈夫だ。」

《バイタルは正常値なのに動かないので心配しました。》

 しばらくの間、放心状態だったようだ。疲労感のせいだろうかすごく体が重く感じる。本当にバイタルは正常値なのだろうか。今すぐ布団に入って寝入ってしまいたいほどだ。

「ヴァレリー。機体チェックをしてくれ。」

《確認します。》

 左腕は切り落としているが、移動には支障がないはずだ。推進剤もまだ残っている。『バルバロッサ』まで届くかわからないが、それは機体チェックが終わってから確認しよう。

《移動には支障ありません。戦闘は無理かと。》

 片腕を欠きバランスが崩れている上に銃も投げ捨ててしまった。プラズマブレード1本で戦えないわけではないだろうが、戦闘はしない方が無難だろう。

「『バルバロッサ』と合流したい。残推進剤で戻れるか計算してくれ。」

《了解です。…。余裕ですね。ここから十分届きます。》

「そうか。よかった。」

 その報告に俺はほっと胸を撫でおろした。

《はい。ガストーネ中佐は回収しないと言っていましたが、『バルバロッサ』はほとんど加速していないようです。》

 ヴァレリーは嬉しそうにそう付け加えた。どうやら中佐は俺たちの帰りを待ってくれているようだ。

「それはありがたいな。早く帰ろう。」

《はい。》

 しかしその時警告音が鳴った。

《スペース・トルーパーが3機接近中です。》

 素早く警告音の正体をヴァレリーが説明してくれる。

「方向は?」

《US軍とクサヴェリー艦隊との戦場からと思われます。》

 『ノーヴィ・チェレポヴェツ』からではないようだ。ミサイル迎撃にもスペース・トルーパーが出てきて居なかったことから、全戦力を以ってUS軍と対峙しているようだ。それだけ今の『ノーヴィ・チェレポヴェツ』には戦力の余裕がないのだろう。

 だとするとUS軍が突破してきた線は薄いだろう。自軍を世界最強だと自負しているが、火星圏に来てからは精彩を欠いている。クサヴェリーの部隊が被害状況を確認にきた線が濃厚だ。

「とりあえず逃げた方がよさそうだな。」

 『バルバロッサ』が遠回りした航路を採ったおかげで鉢合わせしなくて済みそうだ。俺たちは『バルバロッサ』に向かって移動を始めた。

《スペース・トルーパー。こちらを追ってきます。》

 しかしスペース・トルーパーはこちらを追ってくるようだ。

「このまま見逃してくれればいいものを…。」

 俺は舌打ちしながら悪態をついた。自分で蒔いた種だ。『バルバロッサ』にまで引き連れて行って、巻き込むわけにはいかない。俺は移動を諦めてスペース・トルーパーが追いつくのを待った。

《そこのスペース・トルーパー。所属を名乗れ。》

 追いついてきたのは『スヴァローグ』だった。予想通りクサヴェリーの部隊の機体だ。しかも機体の意匠と声に聞き覚えがあった。おそらくユーハンだ。こちらは顔を変えた際に声も変えているので向こうからはわからないはずだ。

「当方は『バルバロッサ』の機体だ。」

 負い目と疲労のせいでかなり不機嫌に答えてしまった。迷惑は掛けたくないが、嘘をついても仕方がない。『バルバロッサ』はリースマン商会の船だ。取引関係のある会社の船であるので厳しく追及されることはないと踏み、名前は使わせて貰った。

《この宙域で何をしている。機体も損傷しているようだが…。》

 確かにこんなところに損傷したスペース・トルーパーが居るのは不可解だろう。だから俺は嘘偽りなく答えることにした。

「ミサイルの迎撃時に損壊した。ミサイルの処理が終わったから帰投するところだ。」

《ミサイルを迎撃しただと?》

 通信の向こうがざわつくのが感じられた。

《何のためにだ?》

「別に人助けに理由なんて要らないだろ。」

 俺は苛立ち交じりに答えた。通信の向こう側が更にざわつく。

「せっかく火星くんだりまで来たのに取引先が無くなると困るだろ。」

 俺は少しバツが悪くなって、もっともらしい理由を言い訳のように付け加えた。

《3発を1機で処理したと言うのか?》

 相手は未だに懐疑的だ。それはそうか。普通には専用武装を持ったスペース・トルーパーを並べて弾幕を張るのだ。

「その通りだ。3発とも処理した。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』が無事なのが証拠だ。」

 俺の答えにあちら側の通信は紛糾しているようだ。動かぬ証拠はあるが、にわかには信じ難いのだろう。俺的にはどうでも良いので早く帰らせて欲しい。

「もう帰ってもいいか?」

 我慢しきれず俺がそう切り出すとユーハンが

《事実関係を確認したいので、『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の宇宙港まで同行願いたい。》

と言い出した。

「『バルバロッサ』はもう出港している。こんな辺境の取り残されても困る。」

 疲労のせいか段々とイライラしてきた。

《船ごと戻って貰います。》

 ユーハンらしいまじめな言い分だ。普段の俺なら気にも留めないだろうが、今日の俺は虫の居所が悪かった。俺はプラズマブレードを引き抜くと

「通さないつもりなら力ずくでも押し通る。」

と言い放った。

《グレン。戦闘は無理です。》

 ヴァレリーがすぐに窘めに入った。しかし俺が武器を構えたことで両者の間に緊張感が走る。カリーナ相手は無理だろうが、ユーハンなら相手になるのではないだろうか。

《…わかりました。お通り下さい。》

 しかしユーハンは、理由はわからないが折れてくれたようだ。俺はプラズマブレードを格納すると

「感謝する。」

と礼を言った。すると

《こちらこそ『ノーヴィ・チェレポヴェツ』を守って頂きありがとうございました。》

と礼を言われた。少し面映ゆい。

「そうだ。クサヴェリー大尉に言伝を頼めないかな。」

 俺は照れくささを隠すために、クサヴェリーに苦言を呈しておくことを思い立った。

《はい。どうぞ。》

「戦争をコントロールするのは難しい。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』が無くなれば元も子もない。もう少し上手く立ち回れと伝えておいて欲しい。」

《…。わかりました。》

 今の伝言でもしかしたらユーハンに正体がばれたかもしれない。しかしまぁ良いだろう。伝えたいことは言ったので、俺は『バルバロッサ』に向けて移動を開始した。

 ユーハンたちは追ってくる気配はない。しばらく見送っていたようだが、『ノーヴィ・チェレポヴェツ』に向かって移動を始めた。

 こうして俺たちは無事『バルバロッサ』へ帰投した。

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