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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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シリンダー内の日常編6

 宇宙港の備品倉庫からリニアとトラムを使い帰ってきた。夕食の時に明日は『タロース』の整備のためにヴァレリーを借りたい旨を養母さんに伝えた。養母さんは快く許可してくれて、明日学校から帰ってきたら一緒に宇宙港へ行くことになった。

 夕食後、明日の課題もそこそこに警備会社について調べてみた。パイロットの募集要項を見る限りでは退役軍人しか採らないようだ。やはり民間会社ではパイロットの育成は難しいらしい。ただパイロットは圧倒的に不足しているので募集要項にはどの国の軍であったかは不問とするところが多かった。

 どうやらこの進路は難しそうだ。なれるとしてもうちの会社で警護をして何回か宙賊を撃退するなどの経歴が必要になるだろう。とても現実的ではない。他に何か良い案がないか考えたが特には思い浮かばなかった。


 翌朝、登校前にヴァレリーに今日の予定を伝えに行った。ヴァレリーはずっと1階の事務所に居るので見たりはしていたが、会話をするのは2日ぶりだ。

「ヴァレリー。注文していた保守部品が届いているから今日は『タロース』の整備をしたいんだ。」

「了解しました。では副社長に休暇を申請します。」

 副社長とは養母さんのことだ。

「もう話はつけてあるよ。学校が終わったら迎えに来るから。」

「わかりました。お待ちしています。」

 ヴァレリーは眩しい笑顔でそう応えた。


 今日は朝から課題の提出を済ませると、更衣室で着替えて運動場で筋トレをした。運動場には特に知り合いが居なかったので、一人で黙々と身体を鍛える。シャワーを浴びて、次の授業の船外作業機の実習に向かった。


「よぉ、グレン。」

「やぁ、ダニー。1限目は何してたんだ?」

「自習室で課題をやってた。グレンは?」

「運動場で運動だよ。」

「なんだ言ってくれれば先にそっちに行ったのに。」

「課題は先に片付けておいた方がいいぞ。」

 課題はある程度の期間中にやればいいのだが、ある程度計画を立てて消化しておかないと積み重なって大変なことになるのだ。

「まぁ、そうだな。既に俺はカツカツだし。」

 どうやらダニーの立てた計画に余裕はないようだ。ダニーと雑談している内に教室が開いた。今日もグレック先生が担当で課題の説明が始まった。

「前回の教習コースがクリアできていない者は前回のコースをもう一度だ。前回のコースをクリアしている4名は新たな教習コースをやって貰う。」

 俺は前回とは違うコースになるらしい。各々が席に着き、前回合格者は座席番号を申告して新たな教習コースを指示された。

「初めてで4名合格はかなり優秀なので次の教習コースは難しくしてある。無理して一発クリアしなくていいからな。また前回コースをクリアしたものから新しいコースに挑戦して貰うので、終わったら先生まで申告するように。それでは始め!」

 俺は機体のチェックを手早く終えると機体とコネクトした。新たなコースが視界右上のミニマップに表示される。確かに前回コースより大分難易度が高そうだ。俺は気合を入れると教習コースの攻略を開始した。


 数分後、俺は前回とは違う感覚に襲われていた。機体が前回よりずっと滑らかに動くのだ。船外作業機の操縦に慣れてきたからだろうか。当初のコースの見た目よりは断然簡単に教習コースをクリアしていった。授業開始15分経たずに俺は新コースを攻略した。

「グレン君。クリアしたのか?」

「はい、先生終わりました。」

 グレック先生の表情は驚愕に包まれていた。初級コースの中でもかなりの難易度のコース設定にしたようだ。前回クリアした他の3人は苦戦していた。

「グレン君。引き続きそのコースを周回していなさい。」

「わかりました。」

 機体の操縦は正直楽しい。俺は新コースを3周して授業を終えた。


 授業が終わった後、ダニーと一緒に昼食を摂ることにした。セットを取って席に着くなりダニーが今日のことを聞いてきた。

「グレン。一体どうなってるんだ。」

「才能が開花してしまったのかもしれない。」

「ちょっと常軌を逸しているぜ。今日のコースはお前以外誰もクリアできなかったんだぞ。」

 結局はクリアしたのは俺だけだった。皆、口を揃えて難易度が上がりすぎだと言っていたが、俺は特にそうは感じなかった。

「別に前回の教習コースとはそうは変わらないと思うんだけどな。」

「俺も前回コースが終わったから新コースも挑戦してみたが、断然難しかったぞ。どうなってんだ?」

「イメージフィードバックの操縦って感覚的な部分が大きいから上手く説明できないなぁ。」

「それ完全に才能があるやつの台詞だよ。」

 感覚的な部分が多いから言語化は本当に難しいのだ。

「次回までにどう言えば伝わるか考えとくよ。」

 また考えることが増えてしまった。


 昼食後、俺は自習室で明日の課題をすることにした。ダニーは運動場で筋トレするとのこと。

 自習室で明日の課題を終わらして、わからないところは明日の先生の空き時間を検索して予約を入れておいた。授業は全て終わったので俺はトラムを使い家路についた。


「ただいま。」

「おかえり。」

「おかえりなさい。」

 1階の事務所に顔を出すと養母さんとヴァレリーが仕事をしていた。

「ヴァレリーはもう上がっていいわ。」

 養母さんがヴァレリーに声を掛ける。

「わかりました。グレン。準備するので少しお待ち下さい。」

 ヴァレリーはそう言って隣の小部屋に行ってしまった。しばらくして出てきた彼女は汚れても良いように作業着を着ていた。ヴァレリークラスの美女が着れば作業着さえも様になっているから不思議なものだ。俺も作業用の上着を用意し、ヴァレリーと共に『タロース』の待つ備品倉庫に向かった。


 今日の『タロース』の整備作業も前回の通信機の時の作業と同様に、ヴァレリーが整備の実務を俺がその作業の助手というポジションだ。外した装甲板がどこかへ行ってしまわないように固定したり、ヴァレリーが必要な道具を渡したりであったりと言った雑用がメインだ。

 しかしスペース・トルーパーは複雑な機械だ。ヴァレリーは戦術用AIのはずなのに整備までできてしまうとは…。万能すぎるのではないだろうか。作業をしながらそんなことを考えていると昨日のアンシュの言葉が蘇ってきた。《あのガイノイドは危険すぎる。すぐに手放した方がいい。》

 確かにヴァレリーはスペース・トルーパーの整備もできるし、養母さん曰くうちの会社の経理もソツなくこなしているらしい。軍用とは言え多機能に過ぎる。それこそさっきのダニーの言い分ではないが常軌を逸している。アンシュが言っていた旧来機とはまったく違うアーキテクトに由来しているのかもしれない。


「グレン。その装甲板を取って下さい。」

 ヴァレリーの声が俺を思考の淵から呼び戻した。

「あぁ…。」

 俺は装甲板を渡した。ヴァレリーはじっと俺を見ながら

「どこか調子が悪いのですか?」

と聞いてきた。

「いや、大丈夫だよ。少し考え事をしてただけさ。」

「そうですか。学校も始まって少しお疲れなのかもしれませんね。装甲板を取り付けたら一段落するので休憩しましょう。」

「わかった。」

 ヴァレリーは手際よく装甲板を付けていく。程なく作業が終わった。

「終わったので休憩しましょう。」

 ヴァレリーがそう言った瞬間、遠くで爆発音が聞こえ宇宙港が振動した。

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