理想都市編5
今日は仕事が休みの日だ。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』は2日働くと1日休みが貰える。概ねどの職業もそうらしい。
[休みの日なのにすいません。]
[これもホストファミリーの仕事だ。気にするな。]
俺とゴルジェイは『トラム』に乗っている。俺が遊興街の見学に行きたいと頼んだのだ。遊興街とは、中央官庁街と住宅街との間にある贅沢品を扱う店が集まっている街だ。扱う物はサービスであったり物品であったりするが全て贅沢品であり、ポイントがなければサービスを受けることも物を手に入れることもできない。俺は一応いくばくかのポイントを貰っている。何かしらを買ったり体験することができるだろう。
『トラム』は間もなく遊興街に到着し、俺たちは街に降り立った。街にはかなりの人たちが居た。
[店は基本的に予約が必要だ。とりあえず一回りしてみるか。]
[はい。]
俺たちは2人で街を散策した。
[表通りは、レストランや服飾なんかの店が多いな。]
[なるほど。]
確かに家族で楽しめそうなものは表通りにあるようだ。他に映画館やアミューズメントと言ったものも表通りだった。表通りを一通り見終わった後は裏通りにやってきた。
[こっちは裏通りだ。風俗店や酒を提供するような店はこっちだ。]
一本道を入るとかなり雰囲気が怪しくなった。俺はそこで意外なものを見つけた。
[生身の風俗店があるのか…。]
USの風俗店も免許制だが、ガイノイドを相手にするドール・ハウスと呼ばれる風俗店しかない。他は全てアングラだ。
『ノーヴィ・チェレポヴェツ』では贅沢品を手に入れるためのポイントは個人間での譲渡ができない仕様となっている。そのため遊興街にある全ての店は公営と言っても差し支えない。つまりは公的な娼館があると言うことだ。
[祖国にはないのか?]
一瞬ないと言いそうになったが、EU内の国にはあるところがあるため、『サークル』単位であればあるはずだ。
[あるが行ったことがない。]
[そうか。興味があるなら行ってみるか?待っててやるぞ。]
ゴルジェイは真顔でそう言ってきた。冗談なのか本気なのかはわからないが、おそらく本気で言っているようだ。
[いや。遠慮しておく。]
[そうか。]
その後、裏通りも一通り見て回った。女性とお酒を飲むところなどがあるようだ。向こうには女性向けの風俗店や男性とお酒を飲むところもあるらしい。
[そろそろ、飯にするか。]
説明されながら回ったからか既にお昼時となっていた。
[何か食べたい物はあるか?]
[中華を食べてみたい。]
[わかった。]
そう言うとゴルジェイは携帯端末を操作し始めた。しばらくすると
[メニューを選べ]
と携帯端末を渡された。ポイントを見るとゴルジェイがいつも交換している酒と比べてもリーズナブルな値段だ。高級店ではなく普段使いするような庶民派の店のようだ。俺はメニューを選んでゴルジェイに端末を返した。
[それじゃあ店に行こう。]
店に着くと店頭の受付でゴルジェイが市民カードをかざす。すると部屋番号とそこまでの道順が表示された。俺とゴルジェイはその指示に従って席に移動した。席は半個室のような作りになっていて、ゴルジェイと二人で席に着いた。
そして席について5分もすると配膳用ロボットによって料理が運ばれてきた。料理はそこそこの味だった。USで食べた物はもう少し高級な店だったので美味しかった記憶がある。
[やはり料理店は中華系とロシア系が多いのか?]
食べながら俺はゴルジェイに質問した。
[そうだな。だがカレーやエスニックもあるぞ。]
結構食べ物に多様性はあるようだ。それは移民が広い地域から来ることを想定しているのかもしれない。
[そう言えばカジノを見なかったな。]
[ここでは賭博はご法度だ。]
[そうなのか。]
公営カジノがありそうだと思ったが、意外にもないらしい。
[この後はどうするんだ?]
[街の事は大体わかったから帰ろう。]
俺がそう告げるとゴルジェイは頷いた。
[そうか。で遊興街はどうだった?]
[そうだな。賭博はできないようだけど、何でもある印象だな。]
[他国のトニーから見てもなんでもあるようならば、やはりここは理想の都市だな。]
ゴルジェイは満足そうに頷いた。
[理想の都市?]
[そうだ。前に居たルナ・ラグランジュ・ポイントの『サークル』に比べれば雲泥の差だ。]
[そうか。]
俺は深くは追及しなかった。ユーハンも同じようなことを言っていたからだ。他のユーラシア連邦の『サークル』に比べれば、ここの生活はかなり高い水準にあるようだ。
US基準の俺からするとちょっと変わったところはあるが、USの都市と遜色がないと思っている生活は、ユーラシア連邦の人間からすると理想の都市なのだ。そこに俺は彼らとの大きなギャップを感じた。
帰りの『トラム』の中で大きな建物を見つけてはゴルジェイにそれが何かを質問した。例えば遊興街と住宅街の間にある大きな建物は病院だった。人が多いところに隣接するように造られているようだ。他にも住宅街と住宅街の間には学校や公園、体育館と言ったものが並んでいた。
『シリンダー』内は計画された都市なので造りはUSとてあまり変わらない。ただ建物の見た目などは『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の方が画一的であり統制が取れているように見える。悪く言えば味気がなく、自分がどこに居るかがわかりにくそうだ。
[ではまた明日。7時に迎えに行く。]
[わかった。また明日。]
ゴルジェイとは建屋の前で別れた。そのまま俺は自宅へと帰ってきた。俺は部屋で未だに点けていないディスプレイを起動した。ディスプレイからはニュース番組が流れてきた。俺は端末を操作すると放送されている番組を確認した。『サークル』のニュース番組やユーラシア連邦全体のニュース番組、あとは教養番組やドラマなどが放送されているようだ。
どの番組も中央政府の意向が色濃く反映されているように思えた。他国の情報はかなり薄い。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』で生活するには不要な情報とされているのだろう。
他にも家に設置されている端末から書籍が閲覧できるようだが、キリル文字も簡体字も読めない俺に取っては読書は難しかった。
これからどうしようかと考えていた矢先、呼び出し音がなった。どうやら来客のようだ。玄関のカメラが映し出す人物は俺の知らない女性だった。
[何か御用ですか?]
俺がカメラ越しに聞くと女性は
《監査官です。お話があるので玄関を開けて貰えませんか?》
そう言って身分証のような物をカメラに見せた。はっきり言って文字は読めないが身分証にはその女性の顔が表示されていた。そう言えば移民局の職員がどこかのタイミングで監査官がやってくると言っていたのを思い出した。
[わかりました。今開けます。]
俺はそう言って玄関の鍵を開けに行った。




