理想都市編4
翌日の採掘作業はゴルジェイからノルマを下回るようにと言われる中での作業だった。他の作業員全員も暗黙の裡にノルマ未達成をするとのことだ。これで翌日のノルマが下がるらしい。
作業が終了し、今日の作業結果を確認すると俺はかなり下の方に位置していた。ゴルジェイ曰く昨日突出した分を下げる必要があるとのことだったので目論見通りだろう。だが帰り道のゴルジェイは何故か怒っているようだった。
[何で怒ってるんだ?]
[今日の採掘結果の上位は中華系の奴らばかりだっただろう?]
そう言えば結果の上位は中華系の名前ばかりだったような気がする。
[うん。]
[ここぞとばかりに稼いで来やがった。本当に小狡い奴等だ。ノルマはちゃっかり下回っているようにしていたところも勘に触る。]
協約を破ったこちらの弱みに付け込むような行為を行ったようだ。だがこちらが先に協約を破っている。
[仕方ない。こちらが先に協約を破ってしまったのだから。]
[あぁ、だからあいつ等に弱みを見せた自分にも腹が立つのさ!]
どうやらゴルジェイは中華系の人間とは仲が良くないようだ。大分とストレスをため込んでいるように見える。
[よし。今日は飲むぞ。付き合え。]
[何がよしかはわからないけど、付き合うよ。]
ゴルジェイは、にやりと笑うと手持ちの端末を操作した。
[スサンナの許可は取った。食料局へ行くぞ。]
俺たちは食料局がある駅で『トラム』を下車し、食料局で酒を調達しにやってきた。
[ゴルジェイ。炭酸水も贅沢品か?]
俺はふと思いついたのでゴルジェイに尋ねてみると
[贅沢品だな。どうしたんだ?]
[俺にはきつい酒だから割って飲もうかと思って。]
と提案した。
[なるほど。安い物だから奢ってやろう。]
そう言うとゴルジェイは酒と炭酸水を調達した。今日は荷物が少ないので手持ちで持って帰るようだ。受領口と書かれた場所でしばらく待っていると、壁面にある番号が次々と変わっていく。ある番号に変わった時、ゴルジェイは端末に市民カードをかざしにいくと梱包された荷物が出てきた。ゴルジェイはそれを大事そうに抱えて持ってきた。そしてまた俺たちは『トラム』に乗り込み、ゴルジェイの家への帰途についた。
[帰ったぞ。]
[[おかえりなさい。]]
今日もボリスとグレープの兄弟が出迎えに玄関までやってきた。ゴルジェイは息子二人を抱き寄せる。
[お邪魔します。]
俺はボリスとグレープにそう声を掛けた。二人は俺を見て頷いた。どうやら前回ほどは警戒されていないようだ。それどころかボリスから
[前の国の話をしてよ。]
と催促までされた。しかし俺は少し困ってしまった。前の国は書類上EUであるが、本当はUS出身であり、EUはそんなに詳しくない。ボロが出ないとも限らないのだ。それにユーラシア連邦内でEUを持ち上げるような発言はしない方が良いだろう。ボリスがEUに行きたいとなったりしても困る。それで興味を引く話となると俺には無理難題にも等しかった。
[前の仕事の話をしてくれ。俺も聞きたい。]
俺が戸惑っているのを見て取ってゴルジェイがそう助け船を出してくれた。この国では労働は尊いものとされている。働いている話は無難な上に苦労も多いからEUに行きたいとはならない絶好の題材かもしれない。
[わかった。ご飯を食べながら話そう。]
俺は食事中に運送業の話をした。交代制の寝ずの番があること。宙賊に襲われる恐怖なんかを面白おかしく話した。家族の事や偽名の元ネタであるトニーのことを思い出し、少し感傷的な気分にもなった。中でも宙賊が集まる『シリンダー』の話は結構受けがよかった。しかし伝聞形式だったので与太話だと信じて貰えなかったが。
[ボリス、グレープ。そろそろ寝なさい。明日も学校よ。]
[[はーい。]]
二人は素直に寝室へと移動していった。ボリスは
[トニー。また何か話してね。]
と言って去って行った。
[素直ないい子たちですね。]
[そうだろう。]
そう言ったゴルジェイの顔は優しい笑みを浮かべていた。
[子供はいいぞ。トニーも早く作れ。]
[はい。でも結婚もまだなので。]
相手が居なくてもUSでは卵子を購入すれば人工子宮を使って子供を持つことができる。しかしユーラシア連邦ではどうなんだろうか?USでも贅沢の極みだ。ここでは想像もつかない。
[今23歳か。25歳になれば妻候補の斡旋が来る。]
[斡旋?]
[そうだ。国から独身同士を紹介される制度がある。]
[そんな制度が…。]
どうやらユーラシア連邦には国を挙げてのお見合いがあるようだ。
[祖国にはないのか?]
逆にゴルジェイは意外そうな顔をした。
[国が運営しているものはない。提供している企業はある。無償ではなく有料のサービスだ。]
[伴侶を見つけるのにも金が必要なのか。それは大変そうだな。俺もスサンナと斡旋で出会ったんだ。]
[そうよ。トニーも斡旋できっといい人が見つかるわ。]
スサンナも同意した。ユーラシア連邦では一般的な出会いの方法のようだ。公共の福祉の一環であるという考え方なのだろう。やはりそこかしこにUSと連邦の違いはあるようだ。
[もうこんな時間だ。帰ります。]
[そうか。明日は仕事が休みだ。しっかり休め。]
[はい。それではおやすみ。]
俺はゴルジェイの家を辞去し、自分の部屋へと戻った。手早く寝支度を整えるとヴァレリーとの通信を開始した。
《ヴァレリー。聞こえるか?》
《はい。グレン。聞こえます。》
俺はヴァレリーに今日あったことを報告した。そして国を挙げて人口を増やそうとしていることも伝えた。
《人口を増やすことは火星圏では生活資源の関係上リスキーだと思うんだけど、ヴァレリーはどう思う?》
《確かにそうですね。しかし『ノーヴィ・チェレポヴェツ』まだまだ拡張の余地がある設計に思いえます。》
確かに『ノーヴィ・チェレポヴェツ』は『サークル』に2つの『シリンダー』しかない。最低2つは『シリンダー』が追加できることを考えると、人口は倍になっても大丈夫なように計画されていると見るべきだろう。労働力が増えれば近隣宙域の開発も進めやすいのかもしれない。
《そう言えばヴィルヘルムとクサヴェリーの会談は順調なのか?》
『ノーヴィ・チェレポヴェツ』について3日が経った。そろそろ話がまとまったなら帰ることも考えなければならない。
《それが明日にならないとクサヴェリーが戻らないそうです。》
《まだ戻ってなかったのか。》
どうやらUS軍が激しく追いすがっているせいでクサヴェリーはまだ『ノーヴィ・チェレポヴェツ』に戻れていないようだ。
《あとウルズラが気になることを言っていました。》
《気になること?》
《はい。アーシュラの反応が『ノーヴィ・チェレポヴェツ』にあると言うんです。》
それは一体どういうことだ?アーシュラはクサヴェリーの専用戦術AIだ。一緒に船に乗っているはずで、戻っていないならばここに反応があることはおかしい。しかし俺ははたと気づいた。
《ヴァレリー。クサヴェリーの船でアーシュラを見たか?》
《いえ。見ていません。》
そうだ。俺もアーシュラを見ていない。クサヴェリーはスペース・トルーパーに乗っていたがアーシュラの姿は一度も見てない。応接室でも見ていないし、クサヴェリーに執務室にも行ったがそこにもその姿はなかった。こうなるとウルズラの言う『ノーヴィ・チェレポヴェツ』と言うことが現実味を帯びてきた。しかし俺たちはその理由にはまったく思い当たらなかった。




