理想都市編3
標準時の6時半に目覚ましで起こされた。部屋の家具はほぼ備え付けで目覚まし時計はベッドヘッドに付いているのだ。
手早く身支度を整え、『パワーバー』を齧りながらゴルジェイを待つ。ゴルジェイは7時ちょうどに迎えにやってきた。
[準備はいいか。]
[たぶん。]
[市民カードと弁当だけ持っていれば何とかなる。それだけは忘れるな。]
[わかった。]
俺は弁当用の『パワーバー』と市民カードを持つと部屋を出た。そしてそのまま『トラム』に乗り宇宙港へと向かった。宇宙港から運搬船に乗り資源衛星まで移動する予定だ。そこで採掘作業を行う。2時間毎に30分の休憩が入って8時間。休憩と移動時間を含めると10時間ほどの拘束となる。
[あれが運搬船だ。]
形は実家の運搬船である『エーリュシオン』に似ている。しかし土木作業に使われているからだろう、塗装はところどころ剥げており無骨な印象を受けた。その壁面には掘削用の遠隔操作機体が張り付いていた。あれを船から遠隔操作しながら採掘作業を進めるようだ。船には続々と人が乗り込んで行く。俺たちもその流れに乗り船へと乗り込んだ。
船内はご多分に漏れず狭い。人がやっとすれ違えるほどの廊下を進むと船の中央側にブースが並んでいた。
[そこに入れ。俺は隣に入る。]
俺は指示されたブースへと入った。そこには変わった形の座席が置いてあり、前面にはモニターが付いていた。とりあえず座席に座ってみたがどうすればいいかが分からなかった。するとゴルジェイがブースに入ってきた。
[まず手元の端末に市民カードを読み込ませろ。]
俺は指示通り市民カードを端末にかざした。前面モニタの電源が入り、地図のようなものが表示された。
[あれが今日の作業場所だ。]
ゴルジェイは地図上でマーキングがされているところを指さした。
[俺の機体番号は38だ。機体に大きく書いてある。仕事が始まったら俺についてこい。]
[わかった。]
[仕事の内容は現場で教える。資源衛星に到着するまでとりあえず安全ベルトを付けて、機体の初期設定とチュートリアルを見ておけ。]
ゴルジェイはそう言うと座席に掛けてあったインカムを俺に渡し、ブースから去っていった。俺は言いつけ通りに安全ベルトをし、インカムを付けると座席にある操縦桿を握った。
《トニー。私の呼称を決めて下さい。》
操縦桿を握ることで遠隔採掘機のAIが起動したようだ。ご多分に漏れずイメージ・フィードバック機体のAIとは音声でやり取りをするので呼称を設定してやる必要がある。
[君は【シスター】だ。]
《呼称を【シスター】で登録します。》
これでシスターと呼びかければ反応するはずだ。その後シスターに問われるまま、初期設定を進めていった。設定している間に加速の力が体に掛かるのを感じた。どうやら船が出発したようだ。
《これで初期設定は完了しました。続いて操作チュートリアルを開始しますか?》
[はい。]
《コネクトを開始して下さい。チュートリアルが開始されます。》
[コネクト開始。]
俺はシスターの指示通りコネクトを開始した。すると視界が宇宙空間へと切り替わった。そしてシミュレーション内での操作説明が始まった。
資源衛星に着く頃には操作チュートリアルは終了していた。遠隔採掘機は採掘業務に必要な動きしかない特化型のため、スペース・トルーパーに比べれば随分と操作は簡単に思えた。スペース・トルーパーは攻撃を読まれないようにするため、動きには汎用性が求められる。そのため操縦のハードルはどうしても上がってしまうのだ。
船が完全に停止すると、シミュレーターの風景から現実の遠隔採掘機から見える風景へと切り替わった。少し離れたところに資源衛星が見えている。どうやら俺の採掘機は船の上面に居るらしい。辺りを見回すと次々と掘削機が船を離れて行っている。
その中に番号が38と書かれた機体がいた。あれがゴルジェイの機体だろう。
[シスター。機体を船体から切り離してくれ。]
《切り離します。》
機体が切り離されると体が浮遊するかのような、いつもの宇宙空間の感覚が襲ってきた。俺が船から離れたのを見てか38号機は、資源衛星に向かって進み始めた。俺はゴルジェイの指示通りその機体を追って行った。
機体は資源衛星の中に入り、曲がりくねった坑道を進んで行く。そしてついには行き止まりへと到着した。
《今日はここで採掘を行う。》
そう言うとゴルジェイの機体の腕の先に付いた刃物のような形状のもので岩盤を切り裂き始めた。
《AIからの情報で鉄鉱石の場所はわかるはずだ。それに向かって掘り進んで行く。》
確かにゴルジェイが切っている岩盤の奥に鉄鉱石があるとの表示が出ていた。
[なるほど。]
《採掘係と運搬係に分かれて作業することが多いが、今回は教育を兼ねているのでまずは一緒に採掘を行う。ある程度掘り出せたらそれを船へと運ぶことにする。》
[了解。]
俺はさっそく目の前の岩盤に向き直ると
[シスター。採掘準備。]
とAIへと指示を出した。すると視界の端にある機体ステータスで準備ができたことを知らせてくれた。俺は早速AIのガイドに沿って採掘作業を開始した。
《よし。一旦船へ戻ろう。》
どれぐらいの時間採掘していただろうか。俺たちの周りには無数の岩の欠片が漂っている。ゴルジェイの機体が片方の手を展開すると岩が腕にくっ付いてきた。どうやら磁力で鉄鉱石のみを引き付けているようだ。
[シスター。運搬の準備をしてくれ。]
《了解。》
俺の機体の腕も展開され、鉄鉱石を引き寄せ始めた。そして俺たちは鉄鉱石を船へと持ち帰った。休憩を挟みながら何度か作業を繰り返す内に本日の業務時間は終了した。
《お疲れ様。初めてとは思えない腕前だったな。思わず熱中してしてしまった。少しやりすぎたかもしれん…。》
ゴルジェイからは褒められたが何故か雰囲気は少し暗かった。遠隔採掘機が全て船に戻ると、船は『ノーヴィ・チェレポヴェツ』に向けて出発した。座席前のモニターには今日の採掘結果が名前と共に表示されていく。俺とゴルジェイのコンビは他を圧倒する量を採掘したようだ。
[おい!新入り。]
船を降りたところで見知らぬ男から声を掛けられた。俺も人の事は言えないだろうが、少し訛りがあるようだ。俺を呼び止めた男は黒髪でアジア系の顔立ちをしていた。おそらく中華系のユーラシア連邦人だ。そいつはいきなり俺の胸倉を掴んできた。
[調子に乗んなよ!お前のせいでノルマが増えるやろうが!]
俺が何のことかわからず目を白黒させていると
[すまない。俺が監督できていなかったからだ。]
ゴルジェイが謝りながら俺との間に割って入ってくれた。
[ゴルジェイ。しっかりしてくれ。明日のノルマ増えてまうぞ。]
[あぁ分かっている。ちゃんと説明しておくから、今日は勘弁してくれ。]
ゴルジェイがそう言うと男は俺の胸倉から手を離した。
[ほんまにしっかりしてくれよ。明日もやったら承知せんからな。]
そう言うと男は俺から離れて行った。
[なんです?あれ?]
[帰りながら話す。]
すまなさそうな顔でゴルジェイはそう言った。帰り道でゴルジェイが話してくれたのは、その日の採掘量で翌日のノルマが決まると言うことだった。今回は俺たちがノルマを遥かに超える量を採掘してしまったことで明日のノルマが増えてしまうことを怒っていたらしい。ノルマが増えすぎると目標未達が増えてしまい、査定に不利に働くようだ。そのため採掘者たちでノルマを調整しながら仕事をしているようだ。
[すまなかったな。最初に説明しておくべきだった。そして俺が途中で採りすぎに気づくべきだった。]
[俺は気にしてません。]
[そうか。助かる。明日は採掘量を調整しよう。]
今日はゴルジェイと棟の前で別れた。俺は家に帰ると『パワーバー』で食事を摂り、ヴァレリーとの通信回線を開いた。
《なるほど。採掘作業にはノルマがあるのですね。》
「他の作業も最低ラインのノルマはあるようだ。」
全ての市民には何かしらの仕事が割り振られているようだ。スサンナも子供が学校と幼稚園に行った後に作業が割り振られていると言っていた。最低限のノルマを達成すれば『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の生活が維持できるように調整されているのだろう。今日の報告もヴァレリーにはまたヴィルヘルムへとレポートを提出して貰うことになっている。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の情報は仔細に伝えておくべきだろう。
こうしてヴァレリーとの会話を終えて、俺は寝床に就いた。




