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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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火星圏遠征編19

 昨日は早く休んだせいか俺は標準時刻で早朝と言える時間帯に目が覚めた。

「おはようございます。よくお休みでしたね。」

「おはよう。ヴァレリー。」

 短い捕虜生活だったが、さすがに敵地ではリラックス出来ずあまり寝つきは良くなかったようだ。疲れが溜まっていたのだろう。それに比べて『バルバロッサ』は実家のような安心感がある。

「しかし腹が減ったな…。」

 昨日は何も食べずに寝てしまったので起きて早々に空腹を覚えた。俺は腹ごしらえをするために、ヴァレリーと連れ立って食堂へと向かうことにした。

 食堂は以前と変わりなかった。ただ『パワーバー』のフレーバーのラインナップは変わっていた。以前は偽装のためEU系統に統一されていたが、今はUS系統のものもある。俺は食べたことがないアジアンテイストのフレーバーを選んで、飲み物のカフェ・オ・レを持って席に着いた。

 早朝過ぎるのか食堂に人影はなかったが、辛いのか酸っぱいのかよくわからないフレーバーの『パワーバー』を齧っていると人影が一人、食堂に入ってきた。

「お久しぶりね。」

「ウルズラ…。」

 食堂に入ってきたのはウルズラだった。ガイノイドであるので当たり前ではあるが、その美貌は2年前とまったく変わらぬ輝きを放っていた。

「食堂に用があるのか?」

 ガイノイドは当然食事を必要としない。食堂に来る理由などないはずなのだ。

「マスターに食事の調達を命じられたのよ。」

「なるほど。」

 ヴィルヘルムは自室で食事を摂るつもりらしい。ウルズラは『パワーバー』と飲み物を調達すると食堂を出て行こうとした。しかし出ていく直前で停止すると、踵を返して俺のところへやってきた。

「マスターが貴方に会いたがっているわ。」

「俺に?」

 どうやら通信でヴィルヘルムに俺と会ったことを報告したようだ。しかし何の用があるのだろうか。

「標準時の14時以降ならスケジュールに空きがあるわ。よかったら訪ねてきてね。」

 そう言うとウルズラは食堂から出て行った。特に予定もない俺は時間になったらヴィルヘルムを訪ねて行こうと考えた。


「よく来てくれた。」

 標準時14時になり、ヴィルヘルムの部屋を訪ねると、部屋の主は立ち上がって歓迎してくれた。ヴィルヘルムの部屋は士官部屋の3倍ほどの広さがあった。だが仕事用と思われる机が鎮座しており、それほど広さは感じない。俺とヴィルヘルム、そしてヴァレリーとウルズラの4名が入ると手狭にも感じた。

「お久しぶりです。お変わりないようで。」

 ヴィルヘルムの容姿は2年前と変わっていなかった。若々しいその姿はとても60歳を超えているようには見えない。どう見ても30歳前後の青年だ。

「まぁ、座ってくれたまえ。」

 俺はヴィルヘルムの机の前に用意された椅子に腰掛けた。ヴィルヘルムの後ろにはウルズラが控えており、ヴァレリーも俺の斜め後ろに控えるように立っていた。

「この部屋は人と会うような作りではないのでね。不便かもしれないが、勘弁して欲しい。」

「いえ、大丈夫です。」

「それは結構。来て貰ったのは他でもない。依頼したいことがあるんだ。まずこれを見て欲しい。」

 ヴィルヘルムが端末を操作すると壁面にポスターのようなものが表示された。

「これは…。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』住民募集?」

 『ノーヴィ・チェレポヴェツ』はマーズ・ラグランジュ・ポイント1にある『シリンダー』の名称だ。つまりユーラシア連邦に属する都市になる。そこが住民を募集していると言うのだ。

「そうだ。流石にUSでは募集していないようだが、MEやEUではかなりの国で人を募っていることが確認されている。」

「一体何のために?」

 ユーラシア連邦は大国だ。人口もUSよりも遥かに多い。国から募集すればかなりの人数が集まるだろう。

「ユーラシア連邦は彼らの主義主張を国外に広げることを国是としていてね。その一環だろう。なんでも"働かなくても暮らしていける理想都市"だそうだ。」

 ポスターのようなものにはそのようなキャッチコピーが書かれていた。

「それで依頼と言うことは…。」

「君に『ノーヴィ・チェレポヴェツ』へ潜入して調査して貰いたい。何が在って、何が無いのか。できれば経済活動の状況などが好ましいね。」

「なるほど。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』で商機があるかと言うことですか?」

「その通りだよ。飲み込みが早くて助かるよ。」

 どうやらヴィルヘルムは『ノーヴィ・チェレポヴェツ』での商売の可能性を探りたいようだ。

「しかしなんで俺なんです?俺は顔が知られていますよ。」

 そう。俺はクサヴェリーに顔を知られている。入国しようとすればまた捕虜にされる可能性すらある。

「いや、君が適任だ。ナノマシンを使って顔を変える技術が確立できていてね。」

「なんですって!?」

 ヴィルヘルムが言った言葉は衝撃的だった。直感的にできなくはないと言うことはわかる。だがそんなに簡単にできることなのだろうか?

「レベル3でなければ顔を変えるのは難しいので、むしろ君にしかできない。うちの乗組員の情報がどこからか漏れていないとも限らないからね。」

 そう言われると俺が一番適しているように思える。ふむ。どうしようか…。『ノーヴィ・チェレポヴェツ』の生活については少し興味があった。

 何故ならユーハンが以前に言った育ってきた環境の違いというものが、ずっと気になっていたのだ。これはユーラシア連邦を知る千載一遇のチャンスかもしれない。

「わかりました。潜入調査の依頼を受けます。」

「そうか。受けてくれるか。大変助かるよ。」

 ヴィルヘルムは満面の笑みだ。

「それでは顔を変えるためのノウハウをウルズラからヴァレリーに渡そう。」

 そうヴィルヘルムが言うとウルズラがヴァレリーの方へと歩み寄った。そして2人は握手をした。どうやらそれで情報の受け渡しが可能なようだ。

「ところでグレン君はヴァレリーと通信はできるのかね。」

「できますがお互いが接触しているか、スペース・トルーパーを介してですね。」

「そうか。ならばウルズラ。通信用器官のノウハウもヴァレリーに渡してくれ。」

「了解しました。」

 ヴィルヘルムがそう言うと、また別のノウハウも頂けるようだ。

「この器官があれば接触なしでヴァレリーと通信ができるようになる。ただ距離は無限と言うわけではないがね。」

 そんな便利なものがあるのか。ヴィルヘルムはナノマシンについて積極的に開発を行っているようだ。

「何か伝えたい時はヴァレリーを介して、我々と連絡を取って欲しい。」

「わかりました。」

 こうして俺は『ノーヴィ・チェレポヴェツ』への潜入が決まった。

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