火星圏遠征編15
俺とヴァレリーはお互いの腰に手を回し、抱き合うような姿で宇宙空間を飛んでいる。フリードリヒ大尉の乗ったスペース・トルーパーは、俺の肉眼では既に判別困難な距離まで移動していた。
「まさかフリードリヒ大尉に助けられるとはね…。聞きたい事がいっぱいだ。」
素直にフリードリヒ大尉が生きていた事は嬉しい。『コンスタンツ』や『バルバロッサ』のメンバーも生きている可能性が高い。しかし何故3年近くも音信不通だったのだろうか?
他にも何故火星圏に居るかもわからないし、どうやって俺があの船に捕まっていることがわかったのだろうか。疑問は尽きない。
《フリードリヒ大尉が会敵しました。数は2。》
「ヴァレリーは見えるの?」
《さすがに私のカメラでも観測は難しいです。戦況モニタとカメラ映像をウルズラが送ってくれています。》
「ウルズラ!?」
俺はその名前を聞いて驚いた。それはヴァレリーの姉妹機とも言える戦術AIの名前だったからだ。紆余曲折を経て『トルトゥーガ』に拠点を置くリースマン商会の会頭であるヴィルヘルムがクサヴェリーから譲渡されたもので、その価値からしても『トルトゥーガ』から動く事はないと思っていた。
《はい。通信シグネチャも間違いなくウルズラです。》
ヴァレリーは通信の識別コードがウルズラのものであると断言した。となるとフリードリヒ大尉と一緒にスペース・トルーパーに乗って戦っているというのはウルズラなのだろう。どういう経緯か全く予想ができず、謎は深まるばかりだ。
《受信している映像をお見せしましょうか。》
ヴァレリーは送られて来ている映像を俺に見せてくれるらしい。
「頼む。」
《わかりました。》
そう言うとヴァレリーは俺の手を握った。一瞬の間を置いて視界が切り替わった。
「こいつは…。」
フリードリヒ大尉と戦っている機体には見覚えがある。1機は確実にカリーナだ。もう1機はユーハン機の意匠とは違った。だが通常機とも意匠が違う。カスタム機であるならばエース格かあるいはクサヴェリー機だ。
フリードリヒ大尉はすでに交戦状態に入っているようだ。対峙しているのはカリーナ機で流石の動きをしていた。もう1機は積極的に戦闘に絡んでいないようで不利な状況ではないが、フリードリヒ大尉はカリーナの猛攻を辛うじて耐えていると言った印象だ。
俺の記憶のフリードリヒ大尉とカリーナとではかなりパイロット能力に差があるはずだ。大尉は防御に特化した戦い方をしており、よく耐え凌いでいた。
しかしなかなか決着がつかない事に痺れを切らしたのかもう1機が介入しだした。
「向こうも焦っているのか?」
《そのようですね。US軍が奮闘しているのでしょうか?》
ここからでは荷電粒子砲がある宙域の戦闘状況はわからない。US軍と荷電粒子砲の防衛隊が交戦中のはずだ。艦船が攻撃されたことで援護のために慌てて戻ってきたのだろう。敵機が1機なのでエースであるカリーナをぶつければすぐ片が付くと考え、少数で戻ってきたと思われる。少数で戻ってきたと言うことは戦闘が継続しており戦況が拮抗していることの証左だろう。そしてすぐに片が付くとの予想を覆し、大尉が健闘していることで痺れを切らしたのかもしれない。
大尉は待ってましたとばかりに、もう1機の敵との戦闘を選択した。一気に距離を詰めカリーナが手を出し難いようにしている。こうなるとフレンドリーファイヤーを恐れてカリーナは手を出し難い。案の定カリーナは先ほどまでとは打って変わって消極的な攻撃しか出来なくなった。
「上手いな。」
実に手練手管に長けた戦い方だ。しかし相手も負けじと攻勢に出てきた。カリーナには劣るがそれでも中々の動きだ。またもフリードリヒ大尉は防戦一方になるかと思われた。
しかし大尉は信じられない反応を見せ、敵の攻撃を躱したかと思うと反撃で敵機に弾を命中させた。更に追い討ちで銃を持つ方の腕までも切断してしまった。
「凄い…。」
あまりに鮮やかな反撃に感嘆の言葉しか出なかった。フリードリヒ大尉は最初からカリーナではない方をターゲットにするため、あえて負けそうな演技をしていたのだ。それが的確にハマった。
フリードリヒ大尉が撃墜せんと更なる攻撃を仕掛けようとした時、カリーナ機が強引に間に割って入った。カリーナ機は味方機を庇ったため被弾した。腕を切断された機体は一目散に逃げだした。状況的にはカリーナのお荷物にしかならないので正しい行動だろう。
カリーナは被弾した機体を必死に操りながら味方機を逃がそうとしている。被弾した機体は明らかに調子が悪そうだ。先ほどまでのキレが影を潜めていた。
味方機がかなりの距離を稼いだことを確認してカリーナも撤退を始めた。大尉も最初こそ追う素振りを見せたが、最終的には見逃した。
クサヴェリーを倒すには千載一遇のチャンスであったが、フリードリヒ大尉の中では俺たちの保護の方が優先順位が高かったのだろう。大尉の完璧な戦闘プランに俺は舌を巻くしかなかった。そして大尉は俺たちの元へと戻ってきた。
《待たせたな。》
「いえ、お見事でした。」
俺は素直にフリードリヒ大尉を称賛した。大尉は俺たちの移動速度に相対速度を合わせると、再びスペース・トルーパーの手の内へと回収してくれた。
《敵の数が少なくて助かった。US軍が奮戦してくれているおかげであちらも時間が無かったようだ。》
「ご謙遜を。余裕があるように見えました。」
俺がそう言うと大尉は少し嬉しそうに
《お前からそう見えるなら、修行の成果が出ているのかもな。》
と答えた。
《さてもう少しそこで辛抱してくれ。今から『バルバロッサ』へ戻る。》
「了解です。」
やはり『バルバロッサ』も無事のようだ。それを今知れただけでも俺は救われた気がした。




