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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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シリンダー内の日常編5

 悶々としたままベッドに入ったのでなかなか寝付けなかった。結局は出した結論は養父さんに相談することだった。明日は学校の帰りに宇宙港へ行って話をしよう。そう決めると気が軽くなったのか眠りに落ちた。


 翌朝眠い目を擦りながら学校へ向かった。昨日は悩みすぎて課題ができなかったので、朝から自習室に行き課題を片付けた。座学系の授業は基本的に課題しかないので、課題をやらなければ単位は貰えない。家でやってもいいし、学校でやってもいい。端末から学校IDにログインするだけで教科書は閲覧できるし、送られてくる課題も見ることができる。ただ学校に通うことに重きを置かれているところもあり、課題の提出は学校でなければできない。またその他実技系の授業は学校の設備を使わなければ難しいものが多いので、必然的に学校に出てくる必要がある。

 昼からは実習があるので、午前中に昨日の課題と今日の分の課題を終わらせた。今日は早い時間の昼食になったので昨日と打って変わって食堂は混み合っていた。なんとか昼食のセットを取り席を探しているとネイトとガールフレンドの隣が空いていた。

「やぁ、ネイトとリンダ。隣いいかな。」

「えぇ、どうぞ。」

「ありがとう。」

 俺はネイトの隣に座った。ネイトはスポーツマンなのでモテる。ガールフレンドも多い。

「ねぇ、グレン。最近の映画で面白いのない?」

 どうやらネイトとリンダは映画を見に行くようだ。

「見てないけど、新しいマーベルヒーローのは面白そうじゃないか?」

「アライグマのやつね。確かに面白そうだったわね。」

「あとは21世紀の時代劇かな。政治ドラマのやつ。」

「どちらかならマーベルね。わかりやすいし。」

「だそうだぞ、ネイト。」

「じゃあ決まりだ。」

 ネイトとリンダは食べ終わった食器を持って立ち上がった。

「もう行くのか?」

「あぁ、今日の分の授業が終わって暇だなって話をしてたんだ。」

「なるほど。二人とも終わったから映画か。」

「そう言うこと。じゃあまた明日な。」

「バイバイ。」

 ネイトとリンダは食器を片付けて帰っていった。俺は昼食を食べ終わると実習のため無重力棟へ向かった。

 

 無重力棟はその名の通り宇宙空間における実習を行うための施設だ。その場所は運動場よりさらに下の階層にある。その実態はシリンダーの壁がシリンダーから分離することで無重力状態となる船のようなものだ。エアロックや倉庫内を模した施設など、かなりの施設がひしめき合っている。時間ごとにシリンダー壁面から離れ無重力状態になる。また時間になると壁面に戻るのだ。かなり大掛かりな施設であるが、シリンダーと一緒に回転している限り無重力状態にはならないし、宇宙港からわざわざ外に出るのも時間がかかるため、このような形式になっているらしい。使う上での難点は遅刻すると置いていかれてしまうし、終わったあともさっさと帰らないともう一コマ終わるまで戻れないと言うところだ。

 今日は船外服を着ての溶接実習だ。時刻になると無重力棟との通路は閉鎖される。そしてゆっくりと壁面がさらに外側にせり出していく。十分せり出したところで分離し、壁面はそこに取り残される形になる。そうなると無重力状態だ。俺は履き替えておいた宇宙靴で床面に張り付いた。宇宙靴は磁気を発生し、床面や壁面に張り付くことができる。足を上げようとすると磁力が弱まり床から外れることで無重力化でも歩くことができる。

 俺は歩いて船外服の更衣室に移動した。更衣室は混みあっていたが仕方がない。無重力状態で着ないと重くて大変だからだ。俺は素早く船外服に着替え、溶接実習が行われるエアロックに向かった。エアロックに着いてしばらくすると先生がやってきて今日の課題の説明がされる。課題は溶接で鉄柱を3本固定することだった。昨日のことを忘れるべく一心不乱に課題に打ち込んだ。なんとか時間内に鉄柱を固定することができた。

 今度は壁面がシリンダーに接合するまでに船外服を脱いでおく必要がある。かなり忙しい。接合するまでになんとか脱ぐことができた。

 無重力棟での実習が終わり、今日の分の課題も提出を終えているので学校は終わりだ。俺は宇宙港へ向かうべくトラムに乗った。そこからリニアに乗り換え『エーリュシオン』がある船庫へ向かった。『エーリュシオン』はルナ・ラグランジュ・ポイント1へ配送する荷物の積み込み作業を船員総出でやっていた。明日には出航し、1日目でルナ・ラグランジュ・ポイント1に着いて2日目に荷下ろしと荷積みを行う。3日目には帰路に就くという慌ただしい日程になっている。俺は荷積みの手伝いをし、積み込みが終わった後、俺は養父さんとトニーに相談があると言って食堂に集まった。

 

「相談っていうのは何だ?」

 養父さんにそう切り出されて、俺は昨日アンシュに言われたことを伝えた。ヴァレリーは危険なのですぐさま手放した方がいいと言われてことを。

「なるほどな。」

 話終えると養父さんはそう言って考え込んだ。

「トニー。アンシュって奴は信用できるのか?」

「変わり者ですけど、腕と常識はあるやつですよ。」

「そうか。一応伝手を頼って『タロース』とヴァレリーは売れそうだ。」

「本当に?」

「あぁ、ルナ・ラグランジュ1でも交渉してくる。」

 そうか。売り手が決まりそうなんだ。俺は少しほっとするとともに一抹の寂しさを覚えた。

「お前の意見はどうなんだ。」

「俺は家族に危害が及ぶのなら軍に渡すのも仕方ないと思ってるよ。」

「でもお前はヴァレリーのことを…、その気に入っているだろう。」

「確かに俺はヴァレリーのことを好きかもしれない。でも家族とは比べれないだろう?」

 そう言うと養父さんは少し考えてから

「グレン。俺はお前のことを本当の息子だと思っている。だからお前がやりたいと思うことを応援するのも親の努めだし、やってはいけないことを諫めるのも親の努めだと思っている。」

 養父さんはこちらをじっと見ながら後を続けた。

「『タロース』だけ売って、ヴァレリーを残すこともできる。まだもう少し時間はある。お前が本心はどうしたいのかよく考えておけ。後悔しないようにな。」

 そう言うと養父さん達は皆で飲み行った。明日からしばらくは飲めないからだ。俺は注文していた『タロース』のための保守部品が届いているかを確かめるため備品倉庫に寄った。荷物はいくつか届いていた。そしてふと荷物の向こうにいる『タロース』を見上げる。

(俺は本当はどうしたんだろうか?)

 物言わぬ『タロース』は応えてくれない。目を閉じて『タロース』に乗って戦った時のことを思い出す。命のやり取りをしていると言うのに恐怖心より興奮が勝っていた。そんなに好戦的な性格だとは思っていなかったが、あの体験は何事にも代えがたかった。

 そしてこのままヴァレリーと『タロース』に乗っていたいと思っている自分が居た。それはスペース・トルーパーという特性上、戦闘にまつわる仕事に就くことになる。うちの船だけでなく他の船の護衛とかだろうか。護衛の会社もあるから『タロース』とヴァレリーとを持ち込みで就職できないだろうか。そんなことを考えていたが、アンシュの言葉が思い出される。《あのガイノイドは危険すぎる。すぐに手放した方がいい。》と。また養父さんの《お前が本心はどうしたいのかよく考えておけ。後悔しないようにな。》もまた自分の心を揺れ動かした。

 今日も結論は出なかったが、本心は確かめられた。家に帰ったら護衛の会社について調べてみようと思った。

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