火星圏遠征編13
《もう1回!もう1回お願いします!》
シミュレーションが終了し、視界は既にコックピット内だ。あまりにもあっさりと終わってしまったため、カリーナは不完全燃焼のようだ。
「クサヴェリーが約束を履行してからだ。」
俺がそう言うとクサヴェリーが通信に割り込んできた。
《ならばまずは約束を履行しようか。カリーナとユーハンは私の執務室までグレン君を連れてきてくれ。》
《了解しました。》
コックピットを降りた俺は再び手錠を付けられ、クサヴェリーの執務室に連れて行かれた。
「兵士には外で待っていて貰え。」
クサヴェリーはそう指示すると、室内には俺とクサヴェリー、そしてカリーナとユーハンの4人だけとなった。執務室の中はそれほど広くないため、兵士3人が入れるほどのスペースはなかった。
「座る場所がなくて申し訳ないね。応接室だと兵士も入れてしまうので聞かれると困る。」
クサヴェリーは椅子に腰かけながらそう言った。その前には机が置いてあり、俺とお供の2人はその前に立っている形だ。
「聞かれるとまずいのか?」
俺が皮肉っぽく聞いくとクサヴェリーは
「今日はグレン君と腹を割って話そうと思ってね。内容的にあまり吹聴して回るものでもないだろう?」
とどこ吹く風と言った様子で答えた。
「この2人はいいのか?」
「あぁ、その2人は問題ないよ。」
どうやら2人はクサヴェリーにとって腹心の部下らしい。
「じゃあ話して貰おうか。お前の目的を。」
俺がそう言うとクサヴェリーは少し深く座り直し、十分な間を置いてからこう言った。
「人類を太陽系の外に連れて行くことだ。」
「は?」
俺はあまりにも突拍子もない内容に、間抜けな返答しかできなかった。
「驚くのも無理はないが私は本気だよ。」
確かに嘘を吐いているようには見えない。だがこいつはクサヴェリーだ。大言壮語で煙に巻こうとしているのではなかとの疑念が沸き上がった。
「嘘ではない証拠は?」
俺がそう問うとクサヴェリーは少しおどけたような表情で答えた。
「私が火星圏に居ることは証明にならないかね?」
「確かに地球圏からは離れているが逃げてきただけだろ?」
俺がそう答えるとクサヴェリーの表情は不敵な笑みに変わった。
「それも理由の一つではあるけどね。停滞していた火星開発が一気に進んだと思わないかい?」
「それはそうかもしれないが、別の目的で火星圏に来たかもしれないだろ。例えば資源を集めて地球圏に売るとか。」
「そうではなくて、太陽系外へ行くための資源を集めるために火星に拠点を築いたのさ。」
クサヴェリーはあくまで太陽系外へ行くことが目的だと主張を崩さない。
「じゃあなんで『セイズ』プロジェクトを立ち上げた。あれはイメージ・フィードバック手術によるパイロット能力のばらつきを是正する技術を検証するプロジェクトだったのだろう?」
俺がそう問うとクサヴェリーは待ってましたとばかりに少し前傾姿勢に座りなおした。
「それはあくまで建前さ。軍から予算を引き出すには彼らが困っていることを解決する手段を提供するに限る。本来の目的はナノマシンによる延命技術の確立だ。軍ならば軍人と言う最高の健康体を検体に使えると言うメリットもあったからね。」
「ナノマシンによる延命だと?」
「そうだよ。人類が太陽系の外を旅するのに人の一生は短すぎる。人間はたかだか100年しか生きられない。大幅に引き延ばす必要がある。そのために『セイズ』プロジェクトを利用したんだ。」
「でも実際にパイロット能力は向上しているだろう?」
「そりゃそうさ。能力が向上するのは本当だ。嘘を吐いて予算を取っても研究は続けられないだろう?ただUS的には少々期待外れだったようだね。君も知っての通りプロジェクトは凍結されてしまった。」
クサヴェリーは少し残念そうにそう言った。
「プロジェクトが凍結されなければUSで研究を続けていたと?」
「勿論!あそこは中々居心地が良かったよ。」
俺の問いにクサヴェリーは嬉々として答えた。
「じゃあ何故裏切ってユーラシア連邦へ亡命した?」
「それは心外だね。こちらは一応成果を提供していたけれどもプロジェクトを凍結されてしまったんだ。研究が続けられる目がなくなったら他へ移って研究を続けるものだろう?」
クサヴェリーは悪びれた様子もなく答えた。
「ヴァレリーたちも太陽系外へ行くために必要だと言うのか?」
「あぁ、勿論。君も彼女たちの有能さはよく知っているだろう?従来のアンドロイドと一線を画している。宇宙空間であるならば電気エネルギーは無限に作れる。それならばアンドロイドは無限に活動できると考えてよい。これほど人類が太陽系外に行くために適したパートナーは居ないだろう。」
クサヴェリーは気分が良いのかどんどんと饒舌になっている。
「じゃあスペース・トルーパーはどうなんだ?従来の物で十分だったんじゃないのか?」
俺の問いにクサヴェリーは一度首肯した。
「確かに宇宙空間での作業にスペース・トルーパーは最適とは言え、従来の技術で十分ではある。だが戦争を起こすにはどうしても新型のスペース・トルーパーが必要だったのさ。」
「戦争を起こす?それが太陽系外へ出ることとどう関係するんだ?」
急にきな臭い話になり、俺は戦争を起こすことと太陽系外へ出ることの関係性がわからなかった。
「戦争はね。技術を発達させるには最適な環境なんだよ。」
クサヴェリーは笑顔であったがその笑みには邪悪なものが宿っているようだった。
「そんなことはないだろう。平時だって技術は進歩する。」
「いやいや全然違うよ。『マウス』から『クロウ』に変わるのに何年掛かっただろうね。そして新型の確か『アスク』か。『クロウ』から『アスク』に変わるのに何年掛かった?結果は明白だろう。急激に技術が進んでいると思わないかい?」
「それはそうだが、兵器だから戦時中は進化するのが当たり前だろ。」
俺が反論すると
「なるほど。じゃあ今USにナノマシン強化を施されたパイロットは何人居るだろうね?100人?200人?ユーラシア連邦にも同じだけ居ると考えてごらん。一気に検体が増えただろう。そうなればナノマシンによる寿命の延長のためのデータが取れるわけだよ。」
と兵器以外のデータが取れると言う事を言ってきた。
「なんで寿命が絶対延びると言い切れる?」
「別に延びない人間はそれはそれで貴重なサンプルとなる。だが私の技術を使っている限り延びていると思うよ。」
「お前の技術を使っている保証はないだろう。」
「そこが戦争状態であるところの妙でね。時間がないから基礎研究に時間を割いている暇なんてなんだよ。既にあるなら利用するに決まっている。幸いそちらには2体も戦術AIが残っていたからね。十中八九どちらかのクローンを量産しているはずさ。」
俺は沈黙するしかなかった。確かにUS軍の量産型戦術AIはサンドラのクローンだ。
「そこまで読んでサンドラとヴァレリーをUSに残して行ったのか。」
「さぁ、どうだろうね。」
俺の問いにクサヴェリーは笑顔でそう答えただけだった。それを見た俺は今までの行動が全てクサヴェリーの掌で転がされていただけのような感覚に陥った。




