火星圏遠征編10
『ヘーニル』は敵巡宙艦に収容された。動けない『ヘーニル』は、敵新型のスペース・トルーパー2機によってコックピットを格納庫の通路に接続された。そのまま敵機は左右に分かれて銃を突き付けている。両腕共に破損しているので、まさに手も足も出ない状況であるが、ユーラシア連邦はかなり警戒しているようだ。
《パイロットに告ぐ。武装解除を受け入れ、今すぐコネクトを解除せよ。》
オープン回線で通信が入り流暢な英語で武装解除を勧告された。ネイティブもかくやと言う発音だ。俺も士官学校で多少は語学を学んだが、ユーラシア連邦の言葉を話してもネイティブには程遠いだろう。俺は指示に従いコネクトを解除した。
《次は手を上に挙げて、コックピットから出てくるように。》
「行こう。ヴァレリー。」
俺はヴァレリーを促すとコックピット・ハッチを開け外に出た。通路の中は空気があるらしい。最初にヴァレリーが外に出るとざわめきが起こった。続いて俺がコックピットから外に出る。外には銃を持った兵士が取り囲んでいた。出てきた俺たちに兵士が纏わりつきボディチェックを始めた。
「銃器はないか?」
ボディチェックをしていた兵士が少したどたどしい発音で聞いてきた。
「コックピット内にある。」
俺も怪しい発音で回答した。兵士が1人、コックピット内を捜索しに入っていった。
「条約に則った捕虜の扱いを要求する。」
俺は捕虜になった場合の決まり文句を言った。
「それは勿論。出来れば客人として持て成したいところだよ。グレン君。」
後ろに控えて居た人物が流暢な英語で回答しながら前に進み出てきた。
(俺の名前を知っている?)
聞き覚えのある声に俺は総毛立つのを感じた。
「クサヴェリーか?」
俺はなるべく感情を押し殺した声で聞いた。そこには2年前にグレッグ軍曹に見せられた姿と変わらないクサヴェリーがパイロットスーツ姿で立って居た。
「知っていてくれて嬉しいよ。ここでは何だから中でゆっくり話をしよう。」
人の好さそうな笑顔のはずが俺には薄ら笑いをしているようにしか見えなかった。
エアロックを経て、俺たちは船内に連行された。俺もクサヴェリーもパイロットスーツは脱いでいる。俺の手には手錠が付けられており、ヴァレリーについても一応手錠が付けられていた。ただガイノイドは人間に対して反抗ができないため形式的なものだろう。
クサヴェリーと大柄の男性、あとはあまり兵士ぽくない小柄な女性が脇を固めて先頭を歩き、俺たちはその後ろを兵士に囲まれながら歩いている。
「ここだ。」
クサヴェリーが部屋の中に入って行った。俺たちが通された部屋は、想像していた場所とは違い客人を迎え入れるような応接室のような場所だった。中央には長毛の絨毯が敷かれおり、大きなソファーとガラスの机が鎮座していた。軍艦内にこのような場所があること自体が不自然に思えたが、場所が変われば習慣も変わるようにユーラシア連邦の船では普通なのかもしれないと思い込むことにした。
「まぁ掛けてくれたまえ。」
クサヴェリーに勧められたが少し逡巡した。クサヴェリーが座ったので、俺も渋々豪奢なソファーに腰を掛けた。俺の隣にはヴァレリーが立っていて、正面にはクサヴェリーが座っている。そしてその後ろには先ほどの大柄な軍人然とした風貌の男と、小柄で細身のおおよそ兵士らしくない女性が立っていた。俺たちの後ろには銃を構えた兵士が2人立っており、俺とヴァレリーの手には手錠がされたままだ。豪奢な応接室と手錠を掛けられた俺がとても場違いな気がしてきた。
「今日は最良の日だね。グレン君とヴァレリーを手に入れる事ができるとは。」
クサヴェリーはヴァレリーについて以前に自分の元に来て欲しいと言っていた。だが俺も手に入ったとはどういうことだろうか。俺が沈黙していると特に気にする風もなくクサヴェリーは話を続けた。
「しかしヴァレリーを取り戻すのに8年か。あとはサンドラだが、彼女は厄介な奴に引き取られたらしいからすぐには難しいかな。」
厄介な奴とはクリストフのことだろう。クサヴェリーはUSの状況も把握しているように思えた。
「さて、ヴァレリーは返して貰うとして君の処遇だ。」
クサヴェリーはぐっと身を乗り出し、俺の目をじっと見ながら問いかけた。
「こちらに寝返らないかね?正直に言うと君のデータが喉から手が出るほど欲しい。厚遇は約束しよう。」
俺はあまりのことにあっけに取られてしまった。まさか転向を提案してくるとは思わなかったのだ。そして俺を手に入れたい理由もわかった。
「あまりあんたの下では働きたくないな。」
俺は不敵な笑みを浮かべながらそう答えた。
「ほう。それは何故だい?」
クスタヴィーは興味深そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「あんたの元部下たちの評判が悪かったからな。」
そう言われてクサヴェリーは、
「大方、キム少尉かバーナード少尉だろう。あいつらは口が悪い。」
クサヴェリーは余裕の表情を変えずに答えた。
「いや、テオ博士が言っていた。」
俺はあまり悪態など吐かなさそうな人物を選んでみた。
「そうか。はははははっ。彼にか。それは私も嫌われたものだな。」
そうするとクサヴェリーは自嘲気味に笑った。
「虫も殺さないような優男だ。彼に言われたのなら君も私の下に就くのが嫌かもしれないな。だがまだ時間はある。明日また聞くから考えておいてくれ。」
そう言うとクサヴェリーは立ち上がり、後ろに控えていた小柄な女性の兵士に俺を営倉に入れておくように指示を出した。
「ヴァレリーはこちらへ来い。」
俺がヴァレリーを見るとヴァレリーも俺を見ていた。俺は小さく頷くと、ヴァレリーはクサヴェリーについて部屋を後にした。
「ではこちらへ。」
小柄な女性は俺を促して部屋を出た。俺の右横には銃を構えた兵士が2名ついている。前を歩く女性は俺の方をちらちらと伺いながら歩いていた。何か気になることでもあるんだろうか?
営倉の前に着き、女性は営倉の扉を開けた。そして何度か逡巡したあと意を決したのか女性は俺の方を見て質問を投げかけてきた。
「ど、どうしたらあんな動きができるのですか?」
「あんな動き?」
俺は何のことを聞いているかがよくわからなかった。
「さ、さっきの40機に囲まれた戦いです。」
あれか。
「企業秘密。」
俺はそう答えると営倉の中に入った。答える気がない回答だ。兵士の一人が手錠を外し、飲み物と食料を渡してくれた。あとは扉が閉められるのを待つだけだが、女性が再び口を開いた。
「どうすれば教えて貰えますか?」
えらく食い下がってくるな。教える気はないから飲めそうもない条件でも出しておくか。
「ヴァレリーを返してくれた教えるよ。」
これは流石に無理だろう。そう思っていたら何故か小柄な女性は嬉しそうな顔で
「分りました。では明日にでも連れてきます。」
そう言うと営倉の扉は閉められた。




