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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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火星圏遠征編7

「グレンももう移動するのか。」

 俺は『リオ・グランデ』の自室を出たところでラリーに声を掛けられた。ラリーの手には軍支給の標準バッグが握られていた。俺も今、同じバッグを持っている。俺たちは次の作戦開始までに居住する部屋を『リオ・グランデ』からプレジデント級航宙母艦の『ウィリアム・タフト』の部屋へと移さなければならないのだ。

「ラリー。ここは居心地が良すぎるからね。早く航宙母艦の部屋に慣れておかないと。」

「それは同感だな。ここに比べればあっちは独房だ。」

 ラリーは冗談めかして言った。俺たちは『ウィリアム・タフト』の居住スペースを目指し歩き始めた。

 あと2日足らずで『ウィリアム・タフト』は『リオ・グランデ』との接続を解除し、ユーラシア連邦の輸送船団へ攻撃を掛けるための作戦行動を開始する。

 元々作戦行動時には、艦船は独立して行動する必要があるため、それぞれのスペース・トルーパーが格納された艦船に乗船予定になっていた。それが輸送船団攻撃の作戦実施のため前倒しになった格好だ。

「『リオ・グランデ』の映像ライブラリは最高だったのにな。アレを揃えた奴は、映像作品をよく理解している奴だ。」

 ラリーは映像作品については一言あるらしく、ライブラリを網羅せんという勢いで視聴していたようだ。俺もわかりやすく面白いものを紹介して貰ったが、素晴らしく面白かった。

「結局全部見れた?」

「いや、さすがに無理だった。持ち出せる分はコピーしてきたし、残りは帰りの楽しみに取っておくさ。」

 ラリーは端末を指さしながら満面の笑顔だった。さすがラリー。抜け目がない。

 そうこうしているうちに『ウィリアム・タフト』の居住スペースに到着した。チームで部屋割を決めているので俺とラリーの部屋はアーヴィンの部屋を間に挟んで隣あっていた。

「じゃあまたな。」

 そう言うとラリーは自分の部屋に入っていった。

「はい。ではまた。」

 俺もラリーの独房と呼ばれた部屋に入り、荷解きを始めた。



 『リオ・グランデ』を離れて2日経った。プレジデント級航宙母艦2隻とアパラチア級巡宙艦2隻からなる初期打撃艦隊は順調に敵船団との距離を詰めており、間もなく攻撃圏内に到達する予定だ。

 輸送船に比べて軍艦は断然足が速い。輸送船団側もUS軍の艦船が接近してきていることに気づいているだろうが、大所帯故速度を上げるなどの対応もできていないようだ。

 マーズ・ラグランジュ・ポイント1へ応援を頼もうにもまだ1か月分の距離がある。応援が駆け付けた頃には全てが終わったあとだ。


 俺たちスヴェン隊は全員スペース・トルーパーのコックピットで待機している。発進前のチェックも終わっており、あとは作戦の発令を待つだけだ。他のパイロットたちも同様にその時を待っているはずだ。

 さすがに実戦前なので全員が緊張感に包まれており、ピリピリとした雰囲気が伝わってくる。部隊内通信でも誰もジョークも飛ばさない。

 そんな緊張感の中、通信を知らせる警告音が鳴った。

《現時刻をもって『蛇の丸呑み』作戦を開始する。諸君の健闘に期待する。以上。》

 短く告げられた作戦開始の合図によって皆が一斉に動き出した。発進オペレーターの指示により、カタパルトに乗ったスペース・トルーパーは次々と射出されていく。

《スヴェン5。カタパルト3へどうぞ。》

 あらかじめ予告されていた通りの発進カタパルトでの射出のようだ。俺は目の前にあるカーゴに機体を載せて固定した。カーゴは格納庫からカタパルトへと機体を自動で移動させる。

《カウントダウン。開始。10、9、…》

 カタパルトに到着前からカウントダウンが始まる。カーゴがカタパルトと接続された時には

《…3、2、1.射出。》

とカウントダウンが進んでおり即座に射出されるのだ。急激な重力が体に掛かり、俺たちは輸送船団がいる方向へと射出された。


「グレン。少し緊張していますね。」

 ヴァレリーが俺のバイタル・サインから緊張の兆候を見つけたようだ。

「久しぶりの実戦だからね。」

 戦場にはもう2年も出ていない。<ルナ>戦争以来大規模な戦闘はなかったため、実戦経験を得る場としては宙賊狩りぐらいしかないだろう。

「グレンなら大丈夫ですよ。」

「そうだな。あれだけシミュレーションもしたんだ。ヴァレリーと一緒なら負ける気はしないよ。」

「はい。私たちは無敵のバディですから。」

 その時通信が入ってきた。

《スヴェンリーダーより各機へ。これよりフォーメーションAで攻撃を開始する。》

《了解。》

「了解。」

 この部隊では時間があったため、かなりの回数の訓練ができた。今まで俺が所属したどの部隊よりも練度が高いだろう。フォーメーションAはアーヴィンの突破力を生かす陣形で、脇を俺とラリーが固め、少し後方からシェリルとスヴェン隊長が援護を行う形だ。

《目標捕捉。》

 かなり遠くにスヴェン隊の攻撃目標である巡宙艦が見えてきた。それには攻撃目標であることを示すマーキングが表示されている。そしてその巡宙艦の前にはユーラシア連邦の主力機である『ジラント』がこちらを迎え討つかのように展開していた。


《ショウタイムの始まりだ!》

 アーヴィンが雄たけびを上げながら敵へと突っ込んでいく。敵の攻撃を軽快に躱しながら敵機へと突撃していった。アーヴィンの攻撃を皮切りに戦闘が開始された。『ジラント』は主力機とは言え『アスク』と比べると旧型機に等しい。スヴェン隊の攻撃圧力の前に1機、また1機と落とされ残りはすでに4機となっていた。もうすぐ味方の第2陣が合流し、更に攻撃の手が増える予定だ。相手の全滅も時間の問題のはずだった。しかし

《前方からスペース・トルーパー。数5。形式不明。》

 シェリルからの通信は不穏な空気を纏っていた。

《形式不明だと?新型か?》

《待てよ!全部の巡宙艦に対して部隊が割り当たってるはずだろ?浮いてるって言うのはどういうことだ?》

 観測の結果、輸送船団の護衛には巡宙艦が5隻随伴していることがわかった。作戦ではその5隻全てに対して、割り当ての部隊が存在しているはずだ。遊軍がいるということは割り当てった部隊が全滅したか、観測された以外にも軍艦が居るかのどちらかだ。

《おいおい…。こいつは不味いんじゃないか…。》

 いつも感情を表に出さないタイプのスヴェン隊長の声が明らかに強張っていた。

《形式不明機を多数確認。輸送船から出撃しているようです。》

 当初の予定では敵機が30機、US軍が60機と倍する戦力で戦う予定であった。しかし輸送機から出てきた形式不明機の数は既に60機を超えていた。

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