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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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火星圏遠征編6

「最近何か船内が慌ただしくないか?」

 訓練終了後、皆で食堂で食事を摂っていた時、唐突にアーヴィンがそんなことを言い出した。

「慌ただしい…ですか?」

 俺には特に思い当たることはなかった。船内はいつもと変わりなかったはずだ。

「あぁ、戦闘前の緊張感に近い感じがするな。」

 ラリーも何か感じているらしい。

「マース・ラグランジュ・ポイント1までは、まだ2か月はあるわよ。」

 シェリルが言う通りマース・ラグランジュ・ポイント1までは2か月は掛かる距離だ。作戦の準備を始めるにしても慌てるような期間ではない。

「じゃあ別の船だな。」

 ラリーは一人で納得したように呟いた。別の船とはどう言うことだろう?

「私たち以外にマーズ・ラグランジュ・ポイント1を目指す船があるってこと?」

 シェリルが発した言葉に俺とアーヴィンがはっと息を飲み、全員がラリーを見た。

「可能性の話だ。有っても不思議はないだろう。」

 ラリーが悠然と答えた。確かにユーラシア連邦は火星圏に拠点があるため、当然物流は発生するだろう。そして火星周辺の資源のためにユーラシア連邦と組もうと考える国があってもおかしくない。そう言った国の船である可能性も十分にある。

「どうなんですか?隊長。」

 ラリーがスヴェン隊長に話を振ると、俺たちは一斉にスヴェン隊長の方を見た。隊長は澄ました顔でブラックコーヒーを啜り、

「ノーコメントだ。」

と答えた。

「おう、ビンゴか。俺の勘も捨てたもんじゃないな。」

 アーヴィンは目を丸くしながら天を仰いでいる。隊長の返答は他国の船を見つけたことによってUS軍は対応を迫られていることを示唆していた。

「言い触らすなよ。」

 三々五々解散する際に隊長は皆に釘を刺してきた。まだ一部の人間しか知らされていないようだ。


 その日以降つぶさに船内を観察すると、確かに一部の人間だけが慌ただしそうに働いていることに気がついた。それほどの数ではないので俺はアーヴィンに言われなければ気づかなかっただろう。アーヴィンとラリーの観察眼には恐れ入る。

 そして1週間が過ぎた頃、

《今日は訓練前にミーティングを行う。》

とスヴェン隊長が厳かに宣言した。それぞれがスペース・トルーパーのコックピットに居る状態でのミーティングは、他国の船についての情報と作戦だった。

《船籍がユーラシア連邦のものと確定した。恐らく補給物資を運ぶ船団だと言うことだ。その数およそ100隻。》

「輸送船が100隻ですか?」

《護衛艦隊も併せてだ。護衛艦は10隻程度でほとんどが輸送船のようだ。》

 それでも大規模な船団だ。火星と<マン・ホーム>の公転周期を考えると2年2か月毎の最接近に物資をやり取りするのが一番効率が良い。US軍とてそれ故にこのタイミングでの侵攻となったのだ。

《この船団を強襲することが決定した。作戦開始は4週後を予定している。》

 ディスプレイには星図が表示され、『リオ・グランデ』艦隊と敵の輸送艦隊の航路が表示された。ユーラシア連邦の船団が先行しており、『リオ・グランデ』がそれを追いかける形だ。 4週間後にはその船団に追いつくような図となっていた。そこはマーズ・ラグランジュ・ポイント1までも4週間程の距離であり、近すぎず遠すぎずと言った距離だろうか。

《作戦要領はファイルを各端末に転送しておくので読んでおくように。明日からは今回の作戦行動のためのシミュレーションとなる。じゃあ本日の訓練を始めよう。》


 本日の訓練はつつがなく終了した。

《明日からは6部隊合同の訓練となる。時刻は標準時10:00からだ。遅刻しないように。》

「了解。」

《了解。》

《それでは本日は解散とする。》

 さてじゃあヴァレリーと作戦要領を読んでおこうか。

「ヴァレリー。今回の作戦要領を出してくれ。」

「わかりました。」

 コックピット内の壁面に作戦要領が映し出された。スヴェン隊は先行打撃部隊に組み込まれているようだ。先行打撃部隊は大半が『アスク』で構成されている。この打撃部隊で敵の護衛艦隊を壊滅させる目論見のようだ。

「敵機の数は30機程度の予想か。」

「そうですね。だから倍の先行打撃部隊を60機にしているのでしょう。」

 倍ならば相手が多少多くても対応できるだろう。いくつかの戦闘推移図のパターンを確認する。明日の合同訓練はこれらのパターンの中から選ばれたシナリオで進められるはずである。

「今日はこれぐらいにしておこうか。」

 ヴァレリーと全てのパターンについて確認検討を行った。

「はい。ではまた明日。」

「お疲れ様。ヴァレリー。」

 俺はヴァレリーに別れを告げると『リオ・グランデ』にある自室に向かった。

 しかし制圧した後の輸送船はどうするのだろうか。作戦要領には事後処理については言及されていなかった。上層部もまだ決めかねているのかもしれない。マーズ・ラグランジュ・ポイント1に到着させないのが一番良いが、どうやって実現させるかが問題だ。輸送船を回航させるにしてもそれを行う人員を割くことは難しいだろう。輸送船90隻分の荷を『リオ・グランデ』に接収することも不可能な分量だ。輸送船の操船のために応援を頼むにしても、到着に5か月は掛かる計算であり現実的にではない。

 本命のマーズ・ラグランジュ・ポイント1の制圧作戦に投入予定の人員は多ければ多いほどよい。輸送船団のために中途半端に減らしてしまえば、失敗のリスクが上がってしまうからだ。それらを考えるとやはり火星圏は人が住むには遠すぎるのではないだろうか。

 しかし放置しておくわけにもいかない。このままだとこの船団を追い越し、US軍が先にマーズ・ラグランジュ・ポイント1に到着する。クサヴェリーとの戦闘中に追いつかれれば挟撃される恐れがある。そうなれば被害は甚大なものになるだろう。

 なんとなく全てがクサヴェリーの思惑通りな気がして、少し嫌な感じがした。

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