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お前の設定添削してやったぞ


さて、実体がない空気みたいな存在にも関わらず、それほどまでに恋い焦がれて、想い続けた相手である『東前門むぎ』が、入学式の当日、入学許可証を手渡す校門の前で突如颯爽と目の前に現れたのだから、


まぁーその当時の俺は運命ってものを信じずにはいられなかった。


そりゃそうだろう。感覚的にはほぼ、ゲームの世界から二次キャラが飛び出して来たという状況に近い。しかも、めちゃくちゃ好きだったキャラクターがだ。


無論、それよりハードルは高い。二次キャラはゲームのなかでは確かに人間だが、『東前門むぎ』はその瞬間まで一次元、点ですらなかった。存在するのかしないのかわからないものを何次元と言い表すのかはわからないが、とにかく『無かったもの』が突然色をつけたのである。形を持ったのである。


こんなもん、運命以外の何者でもない。いや、もはや運命以上の何かかもしれない。

当時の俺は当然の如くそう思った。みた瞬間そいつが『東門前むぎ』だとわかったのも、その感覚を助けた。だってそりゃそうだろう、一度も会ったことの無い、声も聞いたことの無い人間を、瞬間にそいつだと判別できたんだから。


ファンタジーか何かの一幕にいるような気分にもなるさ、赤い糸で繋がっていて、なんてくっさいくっさい展開もそんなもん信じてしまうさ。


しかも、しかも。これがめちゃくちゃな美人だったんだ。お約束のように。いや、約束なんだろうなもう。そうでなきゃダメだってことを世界が知ってるみたいに、そいつは超絶な美人だったんだ。


腰までかかった長い黒髪はせおはやみ、大きくて切れ長の勝ち気な瞳は岩にせかるる瀧川の、口許に浮かべた薄い唇の微笑と一切の無駄を削ぎ落としたかのような長身ベストプロポーションは割れても末に逢わんとぞ思う!崇徳院!


あんまり驚いたもんで、しかもその美貌に圧倒されたもんで、その場で立ち尽くすしかなかった俺に『東前門むぎ』はその微笑を笑顔に変えてこう言ったんだ。


「ラブレターの人ですね」


どうだ?あり得んだろ?でも現実だったんだよ、こんなの運命感じずになに感じる?昔絶対なにかあったんだよなって考え始めるよね、だって相手は俺のこと知ってるんだもの。よくある話だと、どこかであっていてお互い忘れられなかっただとか、子供の頃知らずのうちに命を助けたとか、あるいはSFチックな奴だと彼女は神のような存在で世界が三年前に始まってそこから歴史がおっとこれ以上はまずいかな?まぁ、そんな感じに、この世の物理法則をもぶっ飛ばして常識を覆して、世界の教科書に書いてあったかのように前々前世から繋がっていていたんじゃないかと、そう思うわけだ。


相手に認知されていた、こっちは三年間恋い焦がれていた。さて次の瞬間どうなるでしょうか?1+1より簡単な足し算だ、2H2とO2の化学反応式より簡単な2H20だ。


答えは告白だ。好きって伝えるんだ、いや実際のところ三年間ずっと病的に伝え続けていたわけだけどな!


ダムを決壊させるのは以外と簡単で、どっかに一ヶ所針でついたような穴を開けてやればそこから水圧で穴が開いて最後にはドカドカ壁が崩れて崩壊する。東前門むぎは確実に俺の第一精神ダムに針どころではない穴を開けた。溢れ出すのは好きという感情だけだ。ちなみに第二ダムは存在しない。



「ずっとあなたが好きでした!結婚してください!!」



俺の口は確かにそう叫んだね。ああ、もちろん周囲の人間どもは俺を相当奇怪な目でみていたさ、狂人だと思われていたかもしれないね。いや、思われていただろうな。実際今のあだ名は「プロポーザー」だ。何でもerつければいいってもんじゃねぇだろうによ。


ここまでずっと好きだと伝え続けてきた相手に今更言葉の添加物は必要ない、本当に美味しいワインは一切余計な混ぜ物をしていない。飲んだことないし格付けチェックも出たことないけど。


シンプルイズベストな言葉で俺は彼女に想いを伝えた。学生結婚はムリ?あとで考えるわそんなもん。知るか。


そうしたら『東前門むぎ』は……風に撫でられて顔の前にかかった前髪をさらりとかき上げて笑っていたね。えげつなく様になっていた。横に送風機かなんかあったんじゃねぇかってくらいベストタイミングのベスポジだったし。


それから、スタッカートを刻むかのように軽やかな足取りで近づいてきて、無言で俺の手を取って、そのまま校舎裏まで引きずって行ったんだ、俺のこと。


もう、心臓が口から飛び出てトランクひとつでロマン飛行でもするかと思ったね。彼女の一挙手一踏足全てに運命を感じずにいられなかった、なぜなら、彼女が俺のことを運命の相手だと認識していなきゃ普通にこんなことするわけないだろうっていう、機能的推理が働いたからだ。


木陰にかかって少し薄暗い校舎裏、足元には散ったばかりの桜の花びら。あとはもう彼女がOKというだけだっただろう。運命を感じて信じて疑わなかった俺にそれ以外の答えを疑う頭はまるで存在しなかった。まあ二つも三つも頭持ってないけどな、ETじゃあるまいし。


両手を握ったまま離さない彼女。彼女の水晶みたいにきれいな瞳から目を離せない俺。


次第、二人の顔の距離は、縮まって、狭まって………


三年間心と心で通じあっていた者同士に言葉は必要ない、


ここまできたらやることはひとつ、お互いの感情の交換を普遍的な恋愛行為で果たすだけ。もうあと一センチで唇と唇が触れあう、心拍数がベートーベンのデデデデーンのデーンの部分くらい跳ねあがった、


その瞬間のことだ!



「やっぱり、ある」



東前門むぎはそのちいさなおくちでそう呟いたんだ、ああ、実際のところ1ナノメートルくらいは唇触れあったかもしれない。だけどひとつ確実に言えることは、彼女は感情の交換を求めた訳ではなくて、俺の首筋に何かを探してそれを見つけたということだけだった。


まるでスクイズを外すウエストボールみたいに、彼女の顔は左に反れた。そして「ある」と言った何かを確認したらクスッと笑って、繰り返す、クスッと笑って、


それから俺をものすごい力で吹き飛ばした。その瞬間頭のなかに浮かんだものをここで紹介しよう、大関魁皇だ。それぐらいものすごい突き飛ばされ方だったということだ。


「は?!何?!」


夢から覚めたみたいに、デデデデーン終わってテテテテレテレテテテッテッテーンが始まったみたいに胸の鼓動もおさまって、


心外という冷や水をぶっかけられた俺。ワケわからんでしょう、だって相手は運命の女の子。前々以下略から赤い糸で結ばれていた、想いこがれて相手も想いこがれていた筈の運命共同体なんだから。


もうチューしてエンディング、それが台本通りというものだ、安めの少女漫画の実写映画なら絶対そうなる。


………はずなのに!何なんだ?!さっさと接吻しろカマトトぶってんじゃねぇ!!


そんなこんなで心マーブル模様、困惑只中榊原忠長な俺。



そんな木偶になってしまった俺に、


東前門むぎは、


春のそよ風のような、


柔らかくて優しくて、頬を撫でていく、そんな慈母の微笑みを浮かべて、


さっきより距離はあるけれど、けれどきっちり俺に向かい合って見つめあってーーー





「ーーーさぁせんっしたぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」





ーーーそう叫んで土下座し始めたのである。



繰り返す。



膝を地面につき腰を折って頭を地面に擦り付けて、


土下座したのである。



「………………え、何をしてるの?」



……頭が真っ白になって、目の前の現実が現実ではないように感じられた。さっきまでとは全く別の意味で。


明日世界が滅びるよりも信じられない出来事が目の前で起きたのだ。ああ、むしろ世界が滅びるなんてのは意外と簡単なことだろう、世界終末時計は何年か連続で二分前を示している、アメリカかロシア、中国のどれかの国が仮にヒューマンミスのひとつでも起こして核ミサイルぶっぱなしたとしたら、世界が七回消滅する量の核兵器はこの空を飛び交い一瞬にしてこの地表を焦土と化すこととだろう。


だが、美の化身アフロディーテもひざまづいて靴の先っちょ舐め始めるかというほどの美少女がパンチラ上等大和田よろしく見事な土下座をやらかして見せる場面に立ち会うことなど、この世に生きていてあり得ると思えるだろうか。アリエールはピュアグリーンだが、あり得ないものはありえないのである。


しかも、長い。とにかく長い。頭をあげろと言わなければそこでそのまま根を張って樹齢100年くらいの木になってしまうのではないかと思うぐらい、頭を上げようとしないのだ。


さすがにこの状況は納得しがたいものがあったし、仮に他人に見られでもしたらそれはそれでかなりヤバい気もしたので、


「や、あの、落ち着いて、とりあえず頭上げて」


とさっきまで運命がどうとか赤い糸がなんたらとか三年前に歴史が始まって時間平面上がヒューマノイドインターフェースとか言ってた自分が信じられないくらい常識的な態度でそれを諌めてみたら、彼女は俺の両肩をガッと、雑巾絞るくらいの力で掴んできて、


それはもう切実、この国には攘夷が必要だと獄中から叫び訴える吉田松陰ぐらい切実な表情で、こんなことを言ってきたのだった。



「ほんっとに、ほんっとに、ごめんなさい!!


私、あの、とんでもないこと、取り返しのつかないことをあなたしてしまったの………!!


信じてもらえないかもしれないけど、その、私、その、何ていうか……なんて表現したらいいのかわからないんだけれど、


この世の設定を書き換えられる?っていう能力の持ち主で」



「…………は?」



ーーー文字通りのは?だった。


目の前の美少女は、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースが可愛らしく思えてくるほどアホらしく、そして常識外れな……というか人間の常識で計れ無さそうなことを言ってきたのだった。ああ、赤い糸がもはや一般常識に思えてくるほどだった。


だが、彼女は切実な訴えをやめることはない。さながら吉田松陰のように。



「この世を一冊の本だと考えてほしいんだけど、作者を神様だと仮定して。それで、神様はこの世を面白おかしくするために色々フラグを仕込んでその人ひとりひとりに『設定』を与えるの。たとえば、織田信長だと破天荒な風雲児、的な、そんな感じの。本人がその設定をどう歩むかは本人次第なんだけど、そうやってある程度人格とか性格とかを決めておくことで世の中のストーリーにミキサーをかけるっていうか、考えようによっては一本道に誘導するっていうか。


ほら、漫画家とかにキャラクターが勝手に動いてそれを絵にするだけ、っていう人、いるでしょ?あんな感じ」



「いや、待っ、ちょ、好き」



「私はたまたま神様に選ばれて、生まれつきその設定を書き換えられる能力を持ってたんだけど。それは神様が世の中のストーリーにミキサーかけるための作為的なイレギュラーだったのね。


子供の頃、まだそれがどういうことかわかっていなかった私は………その、面白がって好き放題他人の設定をいじくったの。別に、会っていなくても、その人をイメージするだけで書き換えの対象にはできるから、写真とかがあれば日本全国誰でもどこにいても弄れるのね。だからこの間総理大臣になったナンとかとかいう政治家、あれは私がそうなるべくしてなるように設定いじったからなったの、理由は特になかったわ。」



「その話信じる信じないは別にしてとんでもないことやってんな、あと、好き」



「それで……そう、あなたのこと。私、人の設定弄れるから……殆ど他人の感情コントロールできるようなものなの。だから、意中の人間を……その、自分を好きにすることだって、やりようによっては簡単にできる。」



「…………好き。」



さっきから俺が好き好き言ってるのはもう語尾みたいなもので、思考とは別の次元の問題だ。吸った息は吐かなければならないが、これはもはや吐息みたいなものなのだ。この日はラブレターを書いていなかったから溜まってたのもあるだろう。実物を目の前にして気持ちを吐き出さないわけにはいかなかったのだ。


で、思考回路の方はというと割と彼女の話にしっかりとついていっていた。普通なら田中将大が26勝1セーブで無敗でシーズンを終えたという話くらいバカらしくて信じられない彼女の身の上話も、その田中将大伝説がマジのマジであるように、これまでの自分の奇行を思い返せばそれもあり得るかという頭にはなっていた。


すなわち。


彼女が俺の……設定かなんかを書きかえて、彼女を好きになるように仕組んだという説である。


そう考えれば『走れメロス』冒頭メロスがどのように激怒したかを詳細に書き記してそれが物語の半分をしめようかという彼女の長い前フリも、説明がつくし繋がる。



「でね、私、その……傍若無人っていうか、そんな感じだったから………ちょっと気になった人、みんな私のこと好きになるように設定いじくって自己顕示欲に浸るっていう遊びを」



「おいちょっと待てふざけんな好き」



「そしたら面白いくらいみんな私のこと好きになっちゃうから普通の吸い甘いに飽きちゃって」



「はた迷惑が過ぎるだろ、でも好き。


………っと待て、話を総合すると、その段階で俺の設定書き換えたって事なら、


何だな、俺はあんたに会ったことないはずだと思うんだけど、実はあんたは昔俺にあっていて………それで多少、気になっていた、ってことに……」



急にロマンスの神様が帰還する。どうもありがとう、この人でしょうか、と。


今の彼女の説明ならそうにしかならない。つまり、彼女は昔から自分のことを好きだったということだ、めちゃくちゃな形ではあるがラノベ的王道展開が俺のところにも帰って来ーーー



「ううん、全然違うの。そうじゃない。


だからね、私、普通の恋愛に飽きちゃったから、うーん、その、もっとドラマチックに………どこかの知らない人と運命の赤い糸で繋がっていて、ラブレターだけは来るけど会えはしない、それが高校で偶然出会える的な展開を望んで、


それで………全く無作為に適当にイメージした人の設定を『どこかで私を待ち焦がれている人』っていうものに書き換えて、それで………


たまたま、想像したのがあなただった、ということで」



「待て、したら何かい、俺はがらがらクジで引いた六等賞みたいなもんか」



「うーん、いい得て妙!」



「ふざけんなボケ!!結婚しろ!」



ーーーなかった。地面に叩きつけられたグラスのように粉々に砕け散るロマンスの神様。バイバイありがとうさようなら。


冗談じゃない、というのが正直なところだ。今の彼女の言葉をそのまま受けとるとしたら、小六の少女漫画に毛のはえたような妄想に抽選で付き合わされたようなものだということだ。成績落として。睡眠時間削って。中学青春ラブレターに費やして。



「お前、わかってるのか?その糞みたいなワガママ願望のせいで俺は四六時中一年中、誰ともわからないお前のことを好きで居続けたんだぞ?!どんだけ胸の張り裂けそうな感情抱いて悶々としながら生活してたか、わかってんのか?ラブレター届いたろ、山ほど!!!すき!!!」



「そう、ラブレター!!


ある日を境に、私のところに……えげつない量のラブレターが届くようになって、最初はあの……ほら、千葉県のYさんが人気キャラ投票の手紙送り間違えたのかと思ったんだけど宛先が私だし、何か内容も引くくらいじょ……情熱的で……」



「言葉を選ぶな、皆までいうな。わかっとるわ」



「………それでようやく、事の重大さに気づいたの。私、見も知りもしない人にとんでもないことやらかしてしまったんじゃないかって。人の人生狂わすレベルのえげつない記憶改竄してしまったんじゃないかって……」



「うん、まぁそのものズバリだよね。大好き。」



「だからサァァァァセンシタァァァァァァァァァァァァァァァ!!ごめんなさいで済まないのはわかっているからんっとにモッシワケアリァセンッシタァァァァァァァァァァ!!」



急に体育会系に変身したかと思うと地面にゴツゴツ額を打ち付け始めた東前門むぎ。


こっちとしては事情はともあれ好きな女がその尊顔を自傷し始めた訳で、当然止める。「アホ!そこまでしなくていい!」と今度はこっちが曙になったつもりで彼女を地面からはたきあげる。


額から血がどくどく垂れ流れる顔を上げた彼女は半泣きだった。痛くて泣いているのか申し訳なくて泣いているのかはまるではっきりしなかったが。



「左衛門三郎くんには、本当に申し訳ないことをして……あんな、あんな気の触れたラブレターを数千枚も書かせてしまって」



「謝ったり貶したり忙しいやつだなおい」



「ごめんなさい、私のクソくだらない娯楽に付き合わせてしまって、ホントにごめんなさい………」



「自覚はあるのか……」



ぶんぶかぶんぶか頭を上下して謝り続ける東前門むぎ。もはやヘヴィメタバンドのヘドバンか何かかと思うほどのシェイクアンドシェイク。


正直、腹が立たないわけもなく、それが作られた(と今判明した)彼女に対する恋愛感情との間でせめぎあって胸が苦しくなりはしたが。


はっきり言って、そうまでわかっていればう解決はすぐそこ、とても簡単なことだった。三年間抱き続けた好きという想いが消えてしまうというのはなんとも切ないというか、名状しがたい苦しみを胸に与えてきたが、どのみちその感情すら作り物の混ぜ物とわかった今となっては選択の余地はない。


こんなことですまされるほど軽いことでは本来ないのだろうが……過去は取り戻せない。過ぎ去った時間は戻りはしないのだ。



「まぁ、お前のために失った俺の時間の補填はあとで考えるとしよう。だからその激しい謝罪をまずやめろ。


そして、やること、やれ。」



「やる、こと………?」



「設定弄れるんだろ?はよ俺の設定元に戻せ。」



「…………。」



彼女は、目線を反らして、釣り上げられたばかりのアジのように青ざめて震え始めた。置物なら数億の価値もつこうかという美少女にはあまりに不釣り合いな例えかとも思ったが、実際そんな風だったのだからしかたない。


その時点で俺の胸には嫌な予感が去来していた。そして、その予感が現実になる予感も同じように積み重なってきていた。



「………まさか」



「設定の書き換えっていうのは…電車で例えると、ポイントのようなもので……枝分かれはできるけれど、元の路線には戻れないんです。前に進むしかないの。だから、一度書き換えたら………修正は………」



「…………。


………したら、何か?」



「……………。」



「俺はこのまま一生お前のことを壊れるほど愛し続けて3分の1も伝わらない状況を続けなければならんと」



「サァァァァセンシタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」



「もういい!やめろ!!綺麗な顔が壊れる!!」



再び額を打ち付け始めそうになった彼女を、俺は全力で止めた。案外自分が冷静だと思ったのは、有名ラーメン店でスープが残りラストの時にオーダー間違えられて、今から作り直しますので五時間いただけますかと言われたときに出されたラーメンを大切にしようという感情が働いた、


まさにそんな感じで彼女を大切にしようという思考が生まれたからだった。もう、彼女を好きでいつづけなければならないと決まった以上、彼女をこれ以上傷物にするわけにはいかない。



「取り返しの!取り返しのつかないことを!!」



「あー全くだ!取り返しのつかないことだ!だけどもう修正効かないんじゃしょうがないだろ!!紛い物の感情だろうが何だろうが、今のお前は俺にとって三年間待ちわびた女なんだよ、


ああ運命だと思った女だ!全然違ったけどな!!畜生め、これ以上怪我されてたまるか、体大事にしやがれってんだよ!」



全くひどい話だ。運命もへったくれもあったもんじゃない。ドラマチックでロマンチックだと思っていた展開は全てこやつの仕組んだ必然でしかなかったのだ。まるでアホらしい話である。本当に偶然の重なったボーイミーツガールなんてありはしないのだ、どこかに確実に人間の意思は働いている。そんなものを偶然の邂逅だなどとは言わないだろうし、それを奇跡とでも呼ぼうもんなら理想に脳ミソがやられてしまっているのだろう。


現実得てしてこんなものだと言い張るにはあまりにも奇怪な現実ではあったが……しかしあえて言おう、現実得てしてこんなものなのだ。



「左衞門三郎くん………」



「アホみたいな話で呆れ返るばかりだけどな、もうこっちも割りきるしかないんだ。


幸いというかな……作りもんだろうが何だろうが、俺が東前門むぎを三年間想い続けてきたことにはかわりないし、好きだという気持ちも変わりねぇ。もうこれを突き通すしかないともなれば、やれることはそうそう多くない。」



「…………。」



「東前門さん、俺とお付き合いしてください。ずっと前から何でかよくわからないけど好きでした。


今もどこがどう好きなのかいまいちピンとこねぇんだけど………」



こうするしかない、と思う。選択肢がない。幸いは重なるようだが、東前門むぎは美人だ。えげつない美人だ。立てばゼフィランサス座ればサイサリス、歩く姿はデンドロビウムだ。断っとくがバラの名前である。0083のオーパーツどもではない。


普通に生きてたら関わることなどなかっただろう。自分でいうのも何だが東前門の書き換えがないストーリー下でなら俺は間違いなくモブAだ。シンデレラで言ったらネズミ役が関の山だっただろう。それがなんの因果かシンデレラの舞踏会に引きずりあげられたのである。分不相応とはまさにこの事だが、逆に千載一遇のチャンスという捉え方も……できなくはない。


紛い物の感情が作り上げた恋心だとしても、貫徹することもまた、悪くはない。それでこの美の化身と付き合うことができるなら………結果オーライに持ち込むことは必ずしも不可能ではーーー



「でも、そうと解れば、俺、幸せにーーー」



「ーーーごめんなさい」



「なんでやねん」




ーーー断っとくが、大阪生まれではない。


私、生まれも育ちも千葉船橋です。 性は左衞門三郎、名は緑、人呼んで普通の子と発します。皆様共々ベッド・タウン立ち並ぶ大千葉に住居罷りであります。不思議な縁もちましてたった一人の想い人のために粉骨砕身、ラブレター書いて参りました。西へ行きましても、東へ行きましても、

とかく学校学校の先輩方、教師の方々に御厄介かけがちなる学生でござんす。


しかしそれでもポロリと出たるは大阪弁。最近はテレビでよく聞く故かすっかり標準語の仲間入り。


予想外の出来事が起きたときにはまんず便利な言葉でござんす。ええ、そうです、目の前の娘っ子があんまりにも頓珍漢なことを申すものでして……



「………ごめん、聞こえなかった」



「ごめんなさい、と言いました………」



「嘘でしょ?え?待って、こんだけ勝手に迷惑かけといて?」



「…………。


好きな人と付き合いたいので………」



「ファーーーーーー」




瞬間出っ歯にもなろう。こんなもん。


アホかのジェットストリームアタックである。三連発である。俺を踏み台にしたぁ!?の気分が今ならよくわかる。




「ふっざっけんな、てめぇの勝手で俺にあんだけやらせといて自分は選り好みかい!!」



「選り好みというか……私、あなたのことよく知らないので……名前ぐらいしか、正直。


だから、無理やり付き合ってもたぶんあなたの期待に応えられるような対応ができない………」



「対応、対応っつっちゃったよこの子」



「なんで、ベタなんですけど友達からとかなら……」



「……………。」




塩対応されるよりはマシなのだろうか。前例もソースも醤油もないからなんとも言いがたいどころではある……が。


微かな迷いは、次の彼女の言葉で少し解決への糸口を見た。



「あなたの首筋……アザがあるんです。それは、私が設定を書き換えた証拠です……。


………それがあなたにもたらした影響については、責任を感じています。ですから……ですから、私が作ってしまったあなたの、私への想いには……真摯に向き合おうと思っています。だから、決して……後ろ向きな意味でとらえないでほしい……友達からっていうのは……今の最上級なんです。」



「…………妥協点だと?」



「まぁ、そんな感じです………」



彼女は再び視線を反らした。申し訳なさが滲み出るような態度だった。


冷静になって考えてもみれば、確かに同情ついでとか責任感で付き合われるのもまぁ面白くはない。友達から、というのは彼女なりの配慮ということになるのだろう。そういうことなら、多少仕方ないのかなとも確かに思う。勢いで付き合えとは言ってしまったが、よくも考えれば俺も……彼女のことをよく知らないのは変わらないわけで、そういう状態で無理やりつきあって性格の不一致ですぐに別れようもんなら後の人生最悪である。


片想いに費やした三年間は、あくまで片想いの3年間だ。相手にとってはまだ10分くらいでしかない。こっちとあっちでは……時間の尺度が違う、というのも、落ち着いて考えれば……道理なのだろう。


………しかたない、ということなのかもしれない。



「わかった。それで手を打とう……これから、よろしく。」



「ご迷惑は挽回できるように頑張りますから……」



伏せがちな瞳。やはり申し訳なさはそんざいするのだろう。このままで付き合われるのは少々難かと、そんなことを思う。つまり、妥当ということなのか………



「じゃ、ま……戻ろうか。受付…とりあえず、あれを受けないことには、ね」



「そう……ですね」



なんとなくぎくしゃくする会話。三年間待ちわびてこれか、という気はするが。何もかもは仕方ないの一言に尽きる。あの感じだと、下手をすれば謝るだけ謝ってそれでそそくさと消えていく可能性すらあったかもしれない。それを思えば、まだ………




大きな桜の一本木が新入生を出迎える校門に戻ってくる。洋々たる、とは言えないだろうが、高校生活の入り口が口を開けて待っていた。


東前門むぎを横に携えて上る階段、歩く廊下。さっき、告白を敢行した時に一瞬見た願望と、ニアミスの現在。可能性があるだけまだ……及第点というところなのか。


他愛もない話をしながら、必要な手続きを済ませて、一年生の教室のある棟へ。


すると、目の前に一枚、張り出された紙が現れた。クラス分けを記したものだった。



「俺は……一組。」



「私は、あ、三、組、ですね」



「いきなり離ればなれってか……ついてないね。」



「………」



苦笑で返したら、思ったより彼女の表情は暗く重いものだった。ぎょっとする。さかなクンではないがギョギョギョーー!である。どうした、何か気にくわないことでもあったのか……



「今から仲良くなる努力する訳じゃないですか」



「まあ、そうだね」



「クラス離れてると結構機会削がれるじゃないですか」



「それもそうだね」



「絶対一緒のクラスの方が都合いいですよね」



「まあ、確かにね」



「クラス分けした教師の設定変えてやったらどうにかなるかな……」



「えっ」



ーーーそれってどういう、と聞こうとした頃にはもう彼女は隣にいなかった。スタスタと歩いて来た道を戻っていくと、猛ダッシュで教職員棟の階段をかけ上がっていった。唖然としてその場に突っ立っていると、五分後くらいに満足そうな表情で今度は悠々と階段を降りてくる東前門の姿があった。



「もう大丈夫です、これからよろしくですね」



そう言ってニッコリ笑った東前門。超絶美しスマイルには違いなかったが、それは酷く冷たく恐ろしいもののようにも感じられた。


大体からして、大丈夫とはいったいどういうことか………いまいち釈然としないまま教室への路を歩く。東前門は一体、誰に何をやったのか………




………その答えは三日後に出た。初めての全校集会の事である。


校長が突然、『クラス選択化学校社会 』なるものを宣言し、生徒による担任選びを導入、つまりクラス間の自由な移動を許可したのだ。




「だから大丈夫っていったでしょ?」



四日後にはとなりの席に彼女がいた。正直ゾッとした。



この席を得るために彼女が何をしたのかは、ついぞ本人には聞けなかった。





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